第30話 また「ただいま」を言える場所へ

 私の癇癪が収まった後、少しやり取りをしてからその日は解散ということになった。今回稼いだお金は額が多いため一旦ギルドに預かってもらっている。200万を賠償金、残りの額を武具にあてるつもりであり、その旨も伝えている。


 そうしてギルド長とゴドウィン副長と話をつけ、宿へと続く道を私達は今歩いていた。


 ――ったく。赤ん坊じゃねぇんだしピーピー騒ぐのやめろっつの。あー痛い痛い。


「貴方がいつも余計なことを言い続けるからでしょう、駄棒。少しは慎みというものを知りなさい」


 相変わらず頑丈で非力な女の手では壊せないということを改めて認識させられつつも、いつか絶対に壊すと誓いながら。そんな私に声をかけ辛そうにベティはチラチラと視線を向けていた。


「あの、お嬢様……ここ、一応人が……」


「……そうでした。あまりにうかつでしたわね」


 この駄杖の声は私にしか聞こえないという心底厄介な性質があったということを失念してしまっていた。周りの人からは頭のおかしい人を見るような目つきで見られ、先程ギルドの応接室で感じていたのと同じくらいの羞恥心がまたしてもこみあげてくる。


 ――ハッ。いい気味だ。俺様をちゃんと敬う気概が無いからこんな目に遭うんだよ。ほら今すぐ態度を改めろ? ん?


 そしてここぞとばかりに駄棒は私を全力で煽りに煽ってくる。叶うことならば今すぐ言い返したいですし、地面に叩きつけて踏みつけたいところ。けれどそんなことをやってしまえば奇人変人のそしりは免れないため、そうしたいのを我慢しながらベティと話をして誤魔化す。


「そういえばベティ、決心はついたかしら?」


「決心、って……そんなの無理ですよぉ。残った魔石を全部私が使うだなんて」


 ベティは気弱にそう返すが、こればかりは何としてもやってもらわなければならない。今回の件で頼りになる前衛がいないだけでここまで面倒になるのかと痛感したからだ。


「タンクであれ、遊撃であれ、貴女がいるだけでかなり私も助かるんですよ? いくらこの駄棒がいるからといっても強力な魔法の発動には時間がかかりますし、数小節を2人がかりで発動したらそれに専念しなければならなくなるかもしれないのだから」


 今語ったことが私とアイルの弱み。様々な手を使えるとはいえ、結局のところは私達は『魔法使い』でしかない。魔法をひとつ発動してしまえばそれだけに意識を集中しないと発動し続けられない。


 ダンジョンの最奥で戦ったのがゴブリンの群れ、ハーピーやマーマンといった近距離での戦闘が得意な種族ばかりだから助かったのだ。もし仮に背中の針を飛ばすブラストヘッジホッグや、石に岩を投げつけてくるアーマードエイプといった遠距離攻撃も使える魔物の群れであったのなら対応が間に合わなくて負けたかもしれないのだから。


「で、でもぉ……」


「私と一緒に戦いたいんでしょう?――だったら私の隣に並び立って。貴女にはそうなってほしいの。駄目、かしら」


 それでも尻込みするベティに私は再度声をかければ、何かを言いよどむ様子を見せてから大きくため息を吐いた。


「……わかりました。ありがたく使わせてもらいます」


「えぇ。しっかり強くなってちょうだい」


 私のお願いを聞き入れてくれた辺り、やはりベティとしても思うところがあったのでしょう。困った様子ながらもベティの瞳の輝きが増したのを見て、思わず口角が上がってしまいそうになる。


「ですが、今度はお嬢様が強くなってくださいね。私のステータスじゃたかが知れてますから」


「さっきも言った通り、私だけが強くなってもやれることは限られてるの。貴女が強くなるだけで私も強くなれる。だから自分のことを卑下するのはやめなさい」


「はい、お嬢様」


 『貴女が強くなるだけで私も強くなれる』と言った瞬間、ベティの目の輝きが一段と強くなったのを見て更に言葉をかけたくなったけれども今はしない。きっとベティのことだから恥ずかしがって縮こまるだけ。


 そう考えながら道を歩いていけば、もう目の前に私達が利用している宿がある。ほんの少し歩みが速くなったのを感じつつ、ベティが開けてくれたドアを私はくぐった。


 手早くチェックを済ませ、1階の端にある私達の部屋へ向かう。そうして歩いていると時折床板がきしむのだが、その音が私に早く部屋へ行けと命じているようでどうにも焦れてしまって落ち着かない。


 こうして無事に戻って来たこと。お金を稼げたこと。お金の使い道。とにかくお父様に話したいことばかりで頭の中がいっぱいだった。ふとお父様に相談もせずに手に入れたお金の使い道を決めてしまったことを思い出して自己嫌悪に陥りつつ、その失敗もちゃんと伝えるべく私はあてがわれた部屋のドアをノックする。


「――セリナ、ベティ!」


 2回ノックした直後にドアは開かれ、お父様が飛び出してきた。心底不安そうなお顔はすぐに喜びと安堵に満ちたものになり、心配して待ってくださったお父様を私はベティと共に抱きしめる。


「良かった……! お前達が、お前達が無事で……!」


「えぇ。ごめんなさい、心配をおかけしました」


「旦那様。帰りが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」


「いい。いいんだ……お前達が無事であってくれれば」


 少し涙声になっているお父様を落ち着かせるべく私とベティは声をかける。話したかったことの段取りもある程度決まっていたけれど、今はその通りに言うのも野暮だろうと考えて、ただ私はベティとともにこう伝える――。


「ただいま戻りました、お父様」


「今戻りました。旦那様」


 ただ、『ただいま』と。また一緒の時間を過ごせることを伝えるあいさつを。その瞬間、私もベティも涙があふれた――。

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