第29話 やっぱり締まらない話し合い

「確かにちょっと前まで普通に貴族やってた人間が真っ当な金銭感覚身に着けてるはずが無いしな……そのことが頭から抜けてた」


「セリナ殿、君が挙げた素材を使った武具の用意はここでも可能だ。ただ、やるにしても手持ちのお金では1人分でも足らないほどなんだ」


「そん、な……」


 ペネロペ副長とギルド長が追撃をかけてきたせいで思わずめまいがしてしまう。


 ……確かに、確かに家に商人が訪れた時は特に値段も聞かずに買っていたけれども、まさかそのせいでここまで言われるようになるとは私としても考えていなかった。


「……お嬢様、これから勉強していきましょう。私も武具の素材の値段がわかっていなかったので恥をかかせてしまいましたし」


「そうね……私と一緒に色々と学びましょう、ベティ」


 手を握ってきたベティと共に私はそう誓い合った。確かに今までは値段を気にせずに買い物を楽しんでいたか、手持ちのお金でどうやりくりするかを考えていただけだった。だからこそこうして恥をかいてしまったのだ。


 今回の失敗を糧に今後恥をかかないように色々と学ばなければと私達は決意した。幸いここにいる2人なら私達の失態をいたずらに吹聴することはないでしょうし。


「それじゃここらで色々と勉強がてら素材の相場の話でもしようか」


 私達の話が終わると同時にギルド長もそう提案して下さった。ギルド長の心配りに頭を下げて感謝を示し、私はその提案を受け入れさせてもらうことにする。


「このまま放り出すと詐欺師に引っ掛かりそうだしな。まぁそこらは私よりもギルド長の方が詳しい。話は聞いておけ」


「お気遣い感謝いたします、ギルド長。ぜひそうさせていただきますわ……そうなると、流石にいただいたお金全部を予算とするのは厳しいですね。3分の1の100万ケイン、これならどれだけのものが作れますか」


「そうだな。それぐらいの予算となると――」


 そうしてギルド長は丁寧に私達に説明をして下さりました。この金額で全部オーダーメイドで作るのならばレベルが15前後の魔物のものになるらしく、また出来合いの防具をサイズ調整したものならばレベル20程度のものも購入が出来るとのこと。


「……なるほど。でしたら余程サイズが合わない限りは私もベティもアーマードジャッカル辺りの素材で出来た武具の購入がいい、ということですね」


「そうだ。まぁアーマードジャッカルはこの前攻略が終わったダンジョンで市場にそこそこの量が流れたからな。私達のツテを使ってあるかどうか確認しておく」


「私達のためにお気遣いいただき、感謝しますゴドウィン副長」


 自分の無知さ加減に嫌気がさしはしたものの、それが私とベティを助けてくれる訳でもない。余計な知識をひけらかしたことも反省しつつ、伝手を使って在庫の有無を確かめてくださるゴドウィン副長に感謝する。


「気にするな。私としても有能株な人間と真面目な奴には力をつけて生き残ってもらいたいからな」


「それが私とベティの助けになるというのならば幾らでも頭を下げます。この程度安いものです」


「……やっぱり私の目に狂いは無かったな」


 あちらからすれば実利をとったという形だとしてもそれが私達にとってはありがたいことには変わらない。満足げにつぶやく副長に頭を下げつつ、ここ最近は魔鉄や精霊銅などの金属類の相場の動向やそれに関する武具や補助具の値段の推移に関しても聞かせていただきました。


「……なんとなく想像はつくのだが、さっき挙げたワイバーンやドレイクの素材を使った武具の情報はどこからだろうか」


「……社交界です。そこで戦功を挙げて男爵となった方からの受け売りでして」


 ……なおその際、先程恥をさらすことになった原因の出どころに関してもギルド長に尋ねられました。


 今や『狂獣』と呼ばれているエドリック、彼を含めたブラッドウィン家やフロントスカー家の人間の話を雑に覚えていたせいです。後はサロンなどで話題になったのを話半分程度に聞いていたのが悪かったとしか言えません。


「……そうか。そっちはそういうので成り上がった訳じゃないんだな」


「……はぃぃ」


 ゴドウィン副長の気遣いが痛い。さっき受け売りだと誤魔化したのも見抜いた上で気遣われているのがわかってしまった。


「あー、そうか。なら仕方がないな。今後その情報が必要になるかもしれないし、何かあったら副長が紹介した店の人間を頼りなさい。きっと親切に答えてくれる」


「ありがとう、ごじゃいましゅ……」


 もう嫌。消えたい。たすけてベティ。声をあげて泣きたいのを必死に我慢して、ひたすら相づちを打つことに専念する。だってそうしないと恥ずかしさでこのまま死んでしまいそうだったからだ。


「あわわ、お嬢様ぁ……」


 ――メンタル脆ぇなコイツ。足の一部吹っ飛んでも歯ぁ食いしばって耐えたくせにこういうのダメか。まぁいいとこのお嬢様は恥かくのは大っ嫌いだろうし――おいやめろ! いつも以上に力入れてんじゃねぇ!!


 ベティが寄り添ったせいで一層涙がこぼれそうになった。あと駄棒ゆるさない。ぜったいこわす。とにかく力を加えてアイルを折ろうとしている私を見て、ギルド長を副長がため息を吐いたことに私は気づかなかった。


「……まぁ改める気概はあるようだし、追々どうにかしていけばいい……か?」


「ズレてるの金銭感覚だけだしな。どうにかなるだろ」


「本当にか? 貴重なマジックアイテムをあの子は壊そうとしてるんだが」


「セリナが言うには恐ろしく口が悪いらしい。まぁただのじゃれ合いだ。ほっとけ」


 ギルド長と副長が何かやり取りをしていたことにも、ベティとゴンザレスさんが心配そうにこちらを見ていたことも気づかないまま私はただこの駄棒をへし折ろうと力を入れる――今になって後悔する。ちゃんと力の強化値も振っておけばよかったと心の底から。今度こそやると決意しながら必死になって両手に力をこめ続ける。


 ――ふざけんな! いい加減俺をぶっ壊そうとすんのやめやがれ!! ぜってぇ壊れはしねぇけど痛いのは痛いんだからな!!


「うぅ~!!」


 私の癇癪はしばらく続き、落ち着いた頃にはもう夕日が傾いてしまっていた。時間をいたずらに消費してしまったことに気付き、またしても顔を真っ赤にすることになったのは言うまでもない。

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