第27話 評される快挙
「すいません、お待たせしま……何かありましたね?」
「えぇ。ですが大したことではありません」
驚愕やら興奮やら困惑やらでコロコロと表情を変えている少年を最後に一目見てから、先程ギルド長と副長に取次に行ってくださった職員に向き直る。
「つかぬことをお聞きしますが」
「なんでしょうか、セリナ様」
「冒険者の方から荷物持ちを依頼することは出来ますか?」
先程までわめいていたあの少年に意趣返しが出来るかどうかを尋ねると、職員の方は少し渋い表情でこう答えた。
「……荷物持ちの人間は依頼の難易度に応じてギルドが選びます。判断基準はこれまでの貢献度、レベルやステータスに応じてですね。これも貴重な荷物持ちの人間を守るためです」
向こうの言い分を聞いて私は納得する。貢献したパーティーの分け前をもらえない代わりにギルドの方でしっかりと保護される。おそらく私怨で潰されることへの対処も含めてなのだろうと私は納得する。
職員の方は何とも言えない目つきでこちらを見ており、私もそれについて言い返せなかったため、目をそらすしかなかった。
――あーあー残念だったな。思いっきり怖がらせようって魂胆が外れたじゃねぇか性悪。
黙りなさい駄棒。
事実その通りなのだ。相も変わらず人の嫌なところを突いてくる駄棒に余計に腹が立ってしまうも、私もいささか頭に血が上ってしまっていたことに気付いて反省する。
「……先程は妙なことを尋ねて失礼しました」
「いえ……まぁあちらの荷物持ちの方も何かトラブルを起こしたみたいですし、後は私達の方で処理しておきましょう」
気分を害してしまったかもしれないとおわびすると、職員の方も空気から何があったか察してくれたらしく、そう返してくださった。途端、先程まで大口を叩いていた少年が声にならない声を出していたがもう私は相手にしなかった。
「あ、あ、その、お、俺、俺は――」
「あーあ。ティム、そっちももう少し賢く立ち回っといた方が良かったよ」
「ハッ。あのダンジョンを数日そこらで攻略し終えた姐さん相手にケンカ売るからこうなるんだよ」
「ホントバカよねー。まーた短気で信頼不意にしちゃてさぁ」
外野と一緒に野次を飛ばしたスカーレットに思わずため息が出そうになったものの、ひとまずそれを抑えながら私は彼女に声をかける。
「……ありがとう、スカーレット。いつかまたお世話になる時があったらお願いするわ」
「今度は命がけじゃない仕事や酒の席だけで頼むよ……じゃあな、お嬢様」
そうして私はギルドの職員の方とベティに目配せをし、『討伐報酬の換金はこっちでやっとくよー』というスカーレットの言葉を背にしながら先導する職員の後をついていく。そして応接室の扉を開いて通されれば、そこには既にナイスミドルの紳士とゴドウィン副長そしてゴンザレスさんが私達を待ってくださっていた。
「よく来てくれた、セリナ殿。私が本ギルドの長を務めているミカエル・ライニスだ」
「待っていましたよ。ではそちらに腰かけてください」
身なりの良さはもちろんのこと、物腰が穏やかであるにもかかわらずどこか芯の強さを感じさせる御仁だと雰囲気から私は感じた。
「し、失礼します……」
「では失礼します」
向こうの会釈に合わせてこちらも頭を下げると、促された通りベティと共に先に腰を下ろさせていただく。するとあちらの方も笑みを浮かべながら私達に感謝の言葉を真っ先に述べた。
「まずは今回のダンジョン攻略、本当にありがとう。おかげでこのイリリークに新たな災いの種が撒かれずに済んだ。いくら感謝しても足りないぐらいだ」
「いえ。私としても相応の見返りをそちらが提示してくださったおかげです。ねぎらいの言葉はともかくとして、感謝されるほどではありませんわ」
向こうからかけられた感謝の言葉に私はあくまでも当然のことだとして返す。あちらとしては大いに助かったのは事実であったとしても、それもベティとお父様との生活、そして自分の身を守るためにはするべきことを成しただけでしかないのだ。
「いえ。今回の事態の収束はセリナ様の尽力抜きでは語れません。本来ならばギルドが総力をあたって解決すべきことでした。他のダンジョンや外に出た魔物の対処などで手が回らない状況であったとしてもです」
「であれば問題ありません。事前に相応の報酬を提示していただいたのですし、それの支払いと履行をしてくださったのなら私としては何も申しません」
ゴドウィン副長も敬語で色々と述べてはきたものの、既に副長と取り交わした契約がある。成功報酬として約300万ケイン、今私達が宿泊している宿を向こうひと月分の支払いが。確か今回の依頼を完遂するまでの治療院の話もあったものの、それまで請求するのは酷な話だと思いながら私は向こうの出方を待った。
「なるほど。中々に謙虚だ。これほどの快挙を遂げたというのに力を驕ることもないとはな」
「元、ではありますが貴族ですので」
ギルド長からのお褒めの言葉に私は薄く笑みを浮かべ、扇子を広げる代わりに口元を手で隠しながら返した。
……正直『元』貴族になる経緯を思い返せば心底業腹ではあったし、それが口元にも一瞬表れたが相手には絶対に見せない。社交界にいる内に身に着けたスキルを活用しつつ、今後ともお世話になるギルド長に良い印象を与えられるよう振舞った。
「全く、ペネ……ゴドウィンから聞いた話ではなかなかに面白い相手だと聞いていたが、こちらの期待をいい意味で上回ってくれたじゃないか」
ほうほう……で、一体何を言ったのでしょうか? 話の内容次第では未来永劫恨んでやりますわペネロペ副長。抗議の視線をペネロペ副長に向けようとすると、いきなりアイルまで口を挟んできた。
――だってよ。良かったじゃねぇかお嬢様。きっと面白おかしく色々と言われたんだろうぜ。
やっぱりこの駄棒は絶対に破壊しましょう。とりあえず冬になったら火のついた暖炉に投げ捨てることを私は決意しつつ、ペネロペ副長の方に視線を向ける。するとあちらもわざとらしい笑みを浮かべながらギルド長の方を見た。
「ほほほ、何をおっしゃってるんですかギルド長……だから上の名前出すのやめろ。今この場で辞表叩きつけてやってもいいんだぞクソジジイ」
「やめろ馬鹿もん。今お前が辞めたら仕事に押し殺されるわ……っとと、申し訳ないね。ただの馴れ合いだ」
……なんとなく今この2人の関係性が見えた気がします。というかあの名前を出したら誰であっても遠慮なく噛みつく性分は早めに直した方がいいのではと考えていると、ペネロペ副長がゴンザレスさんに視線を向けた。
「ではゴンザレス、報酬の用意を」
「了解しました。副長」
そしてゴンザレスさんがテーブルの上に重たそうな革袋をいくつも並べていく。あの袋ひとつに一体どれだけの金貨が入っているかと考えると思わず緊張してしまう。これほどのことをほんの数人でやってのけたと思うと達成感も尋常ではなかった。
「すごい、ですね……こんな大金……見たことないです」
「おめでとう、セリナ殿。魔力回復のポーション3本分天引きしてはいるが、約束通り285万ケインを支払わせてもらおう」
私の胸に押し寄せるあまりに大きな感情。きっと冒険者の誰もがこんな光景を求めているのだと思い、湧き上がって止まらない興奮と喜びに頭がおかしくなってしまいそうになる。
「……謹んで、頂戴させてもらいます」
自分の手で、これほどの大金を稼いだことをしたのだということを実感しながら、震える手で私はそのずっしりとした革袋を受け取るのだった。
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