第26話 騒動終えてまた騒動?
しばし駄棒と争い、結局私の力では壊すのが不可能だとわかった後、ダンジョンを脱出した私達はそのまま真っ直ぐ冒険者ギルドへと戻っていった。
「お、おい……マジでやりやがったぞ」
「ここまで早く攻略しちまうなんて……貴族様ってのはスゲぇな」
最初に私達が訪れた時に冒険者から向けられていた好奇や冷やかしの視線。今それは驚きや称賛、ほんのわずかではあるものの嫉妬といった感情に変化していた。
「……すごい視線ですね」
ダンジョンの入り口にはギルドの人間やあまり質の良くない装備をしていた冒険者の一団がいた。話を聞くとそろそろダンジョンのレベルアップが起きる頃合いだったらしく、特別手当を払った職員とパーティーが観測に訪れたのだそうだ。
その際ダンジョンの最奥で回収した様々な魔物の部位やダンジョンの核の破片を見せ、攻略が完了した旨をギルドに伝えてもらおうと早馬を使ってもらったのである。
「当然でしょう。小銭稼ぎ程度ならともかく、ダンジョンの核の破壊をこんな少人数で成し遂げた冒険者なんて数が限られてますもの。向けてくる視線が変わるのも当然よ。ベティ」
社交界にいた頃と似た空気を感じ、懐かしさと偉業を成したことの達成感を噛みしめながら私は受付に並ぼうとする。すると職員のひとりから声をかけられ、もしやと思ってそちらの方に振り向く。
「セリナ様とそのパーティーですね? 今すぐギルド長及び副長に取り次いでまいりますので少々お待ちいただけますか?」
「迅速な対応感謝いたします。ではお願いできるでしょうか?」
既に早馬を出してたおかげか、受付に取り次ぐ必要も無くそのままギルドのトップと話が出来るようになっていたようだった。ギルドからの配慮に心の中で感謝しつつ、私は微笑みながらそれに応対する。
「かしこまりました。急いで戻ってまいりますので少々お待ちください」
そうして品が崩れない程度の早足で奥へと向かっていく職員を見送っていると、スカーレットがちょんちょんと私の肩を指でつついてきた。あまり優雅さを感じない意識の引き方にため息がこぼれそうになりながらも、一体どうしたのやらと彼女の方に視線を向けた。
「なんか、その……落ち着かないんだけど。お嬢様はどうして涼し気な顔してんの? 私嫉妬と殺意向けられてて死にそうなんだけど? そっちの名前出して追っ払っていい?」
こういった視線にあまり慣れていない彼女なりに助けを求めていたようであった。そうとわかったのならば話は別。居心地が悪そうにしているスカーレットにどうすればいいかを伝えていく。
「流石に私の名前はやめてちょうだい。まだまだ地盤が盤石ではないですし、下手な不興を買う可能性だってあります。ですからギルドの方に頼りなさい、スカーレット」
「そんなぁ……わ、私色々と頑張っただろ? ちょっとぐらいどうにかしてくれよぉ……」
しかし彼女としては今すぐどうにかしてほしかったようで、私にすがりつこうとしている様子。やはり一度成功を収めた以上、他からも声がかけられる可能性が高くなるからこそ嫉妬を寄せるのでしょう。それは理解出来ました。
「ちゃんと口添えはしますが……仕方ありませんね」
――ホントお前無駄に面倒見いいよな。大して得にもならねぇだろうに。
「黙りなさい駄棒」
こういうトラブルは今後も起こり得るでしょうし、自力で解決できるよう立ち回るべき。けれども目を潤ませてすがりついてくる彼女を見て仕方ないと思いながら、私はスカーレットに視線を向けてくる相手を一瞥する。
「ありがとうお嬢様! 恩に着るよ!」
「まったくもう……そこの皆さん、文句があるのでしたらギルドに直接話をしなさい。そのような振る舞いは己の品格を落とすしかありませんよ」
少し目を細めてそう言えば、スカーレットに視線を向けていたと思しき大半の人間はすぐに視線をそらした。それでもまだ敵意のこもった視線を向けて来た数人に私はこう伝える。
「今回、私の荷物持ちを担当してくれたスカーレットはあくまでギルドが私とベティ、そして彼女本人の実力を鑑みて斡旋したものです。それが悔しいのでしたら相応の成果を挙げられるよう努力なさい」
あくまで彼女が私達と行動を共にしたのは相応の実績あってのこと。もしそれに嫉妬したというのならばギルドにかけ合うなり、成果を出すなりすればいいだけでしかない。彼女がただおこぼれに
「――尤も、そうなった場合は楽が出来なくても文句は言えませんよ? もしかしたら、今回のようにダンジョンの核の破壊に付き合わざるを得ないかもしれませんから」
だから私はこう付け加える。事実、賠償金返済のために今後もダンジョンに潜り続けなければいけないし、レベルが上がったのなら高難易度のものや今回のような緊急の依頼を受けることも私は視野に入れている。ならば当然危険な目に遭う可能性だって高くなることぐらいは承知でいてもらわなければ困るのだから。
「……そっちが守ってくれるんだろ? だったら――」
「もちろん全力は尽くします……ですが、そんな甘えがそちらでは通用するのかしら?」
すると私の言葉に余程苛立ったのか、荷物持ちと思しき男の子が声を軽く荒げながらこちらを見てきた。もちろん私はそれに真正面から応じる。
「甘えってなんだよ。冒険者だったら俺たち荷物持ちを守るのは……うっ」
すると食い下がってきた彼に向けて敵意がこめられた視線が向けられる。荷物持ちの世界であってもそういった形の甘えは許されないようだということを理解しながら、私は彼に告げる。
「な、なんだよ……! お、お前らだってアイツみたいにいい目にあいたいって思ってるんだろ! ごまかすなよ!」
「さも多くがそう思っているとばかりにご自分の考えで代弁しないでいただけますか?」
「っ!?」
貴族であれ冒険者であれ荷物持ちであれ、自分の立場を利用して甘い汁をすすろうとする相手に優しく接するほど私はお人好しではない。私が敬意を払うのはあくまで己の領分をしっかり果たす相手だけだからだ。それを果たす気が見られない様子の少年に私はただ冷徹に自分の意見を述べていく。
「スカーレットは相応の働きをしました。私がこの場所に流れ着いて間もなく、まだ信用も何もない中でやれることをやってくれました」
「あ、あはは……照れるね」
「ぐ、偶然ギルドから仕事をもらっただけだろ! だったら俺だって――」
「えぇ、そうです。ただギルドから斡旋された仕事というだけで彼女は十全に仕事をしてくれました。討伐証明のための剝ぎ取りも、魔石の回収も、すぐに倒れてもおかしくなかった私のサポートさえも」
未だ騒いでいる子供に向けて私は淡々とスカーレットがしてくれたことを語る。少なくともギルドはあの時の私の実力に見合った働きの出来る人間を連れてきてくれて、彼女もまた相応の働きをしてくれた。だからこそ私は彼女のお願いを聞いたのだ。
「あー、そのー……お嬢様ぁー? ちょ、ちょっと私恥ずかしいんだけど……」
「でしたらそこの貴方。貴方はスカーレットと同程度に仕事は出来るということかしら? ゴブリンキング、チャンピオン、フォートレス、メイジ、それらの群れに加えてマーマンやハーピーが何匹も襲ってくるような状況で腰を抜かさずにいられるとでも?」
そう。彼女はあのとてつもない数の魔物を前にしても逃げることはしなかった。思い返せばあの数は絶望的。しかも後でダンジョンの核が魔物を出してきたことを考えれば私だけでは攻略は厳しかった。アイル、ベティ、スカーレット。この中で誰が欠けても絶対に攻略は不可能だったと振り返って思う。
「……そういえばいっぱいいましたね。うぅっ、思い出しただけで震えが……」
「いやベティ、今更でしょそんなの。お嬢様に命令されたらどこだってツッコむだろ?」
「当たり前じゃないですか? スカーレットさんも何を言ってるんです?」
「ほれみろ」
ベティが果敢にダンジョンの核へと向かっていく様を思い出して誇らしく感じ、スカーレットの献身に改めて心の中で感謝する。
――ま、当然俺のことは全身全霊で感謝してくれてもいいんだぜ? な?……おい、なんで黙ってやがる。返事のひとつぐらいしやがれ。おい!
……やかましい癖に肝心なところは黙っている駄棒は横に置いておいて、悔し気にこちらを見てくる少年に私は意識を向ける。
「で、出来らぁ! お、俺を甘く……なんだよぉ! 俺をそんな目で見るんじゃねぇよ!!」
「……わかりました。では次は貴方をつけてもらえるようかけ合ってみましょう。期待していなさい?」
ただそう伝えると私は応接室へと続く廊下に視線を向ける。先程のギルド職員はもうこちらへと向かってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます