第25話 幕が下りた後で

 ――やっとか!……ったく、面倒にも程があったな。


 ダンジョンの核が砕けると共にアイルは魔法の発動を止めた。もう脅威になるものはないと判断したアイルに全てを任せ、私はその場に崩れ落ちる。


 ――それとスカーレットだったな? 今すぐセリナを担いで俺をダンジョンの核のとこまで連れてけ!……ってしまった。俺の声お前以外に聞こえないんだった。


 そこでアイルは私を気遣ってスカーレットに声をかけてくれた。それはいいのですが、この杖が言う通り私にしか聞こえない大声で叫ばれても私の頭が揺れて意識が飛びそうになるだけだったからやめてほしかったのだけれど。


「――っと!……大丈夫、なワケないか」


「いきてる……のが、ふしぎなくらい、ですもの」


 正直呼吸をするのもやっとだった。今もまだわずかずつに体から何かが抜けていく感じが続いている。前に死にかけた時のような感覚に近く、むしろあの時以上に『死』が目の前へと近づいているような気までしていた。


「わた、しを……ダンジョンの、かくのちかくへ……」


「はいはい了解!……絶対ペネロペ副長とギルマスに追加報酬たかってやる」


 私に肩を貸し、アイルをもう片方の手で握りながらスカーレットは少しずつダンジョンの核へと近づいていく。私に肩を貸しながらのせいか歩みは遅く、今この時ばかりは自分の体の重さを呪った……別に太ってる訳ではないですが。太ってませんが。


「おーいベティー! その壊れたやつ持ってきてくれー!」


「ぁ……お嬢様! スカーレットさん!」


「早くしてくれー! もうお前のとこのお嬢様ヤバいんだよー!」


 核を壊して気が抜けたのか、呆然としていたベティにスカーレットは声をかけた。死に体の私にも響くほどの大声は心ここにあらずなベティにも届いたようで、すぐに私達の下へ一番大きな破片を抱え、重たそうに歩きながらこちらへと近づいてきてくれた。


「アイル……おね、がい」


 ――へいへい。じゃあ俺を核のどこにでもいいから当てろ……それと、悪いけどな。もう少しだけお前の命を削るぞ。


「好きに、なさい……」


 魔物に襲われることなく無事にベティと合流すると、スカーレットに横たえさせられてアイルを握らせた私はこの杖の指示を聞いた。そして震える手でダンジョンの核に魔法の杖を当てると、途端その破片が暖かな光に包まれていった。


 ――魔力よ集いて形を成せ、我はドワーフの子、我が意はドワーフの意である。


 光に包まれた破片は詠唱と共に少しずつ形を変えていき、段々と縮んで丸くなっていく。


 ――我の魔の手はドワーフの腕、つちであり金床であり炉である、今ここに新たなる生を授ける。


 私の中から少なくない力が抜けていくと共に核の破片は小さな丸い球へと変わっていった。


 ――変成せよ、『リメイクアイテム』


 魔法を発動する言葉が出ると同時に球はアイルの下部へ――魔石をセットしていた箇所へとふよふよと飛んで収まっていく。その瞬間、私の中から何かが抜け出ていく感覚が消えた。やっと、やっと終わったのだと私は強く実感した。


「お嬢様!!」


 ――おっと。ここで死んでもらっちゃ困んだよ。最後の仕上げといこうか。


「お、おいおい! ここで寝るな! 死んじまうぞ!」


 緊張の糸が途切れてとてつもない眠気に襲われた時、ベティとスカーレットの心配する声と一緒にアイルが何かをしようとしているのもわかった。一体何が起きるのかと意識が薄れゆく中思っていると、アイルは再度魔法の詠唱に移っていく。


 ――魔力よ集いて形を成せ、万魔の記録者アイル・オーテンの力を今ここに示す。


 その瞬間、杖から莫大な魔力があふれ、今度は私を包み込んでいった。


「な、何が……」


「すご……」


 ――命より魔の力生じるならばその逆もまた然り。


 まだ魔法として形になっていないのにわかる。ただの魔力の奔流でしかないというのにそれが秘めている力というものが感じられる。改めて私が手にしたこの杖が破格の存在であるということを思い知らされた。


 ――我と契りを結びし者に力を与えよ、一時のみ位階を上げよ、加護よここに、『ブーステッドボディ』


 私の中を何かが巡っていくと共に体がじんわりと温かくなり、段々と熱を帯びてくる。それと共に意識もハッキリとしてきて、慣れたはずの左ももの痛みも改めて感じ取るものの思考の妨げにならない程度のものに収まった。


「これ、は……一体」


「お嬢様!」


 左ももの傷がじわじわと治っていく感覚も感じ取ったところで私の中に疑問が芽生えた。私は治癒や補助といった魔法に適性は無かったはず。もし治癒魔法が使えたのならここに来て早々死にかけた時点で使っていた。なのに今アイルが発動した魔法はそれら2つに類するものだったのだから。


 ――俺様はな、ドワーフに作られたマジックアイテムだ。別に契約者の適性のある魔法をなぞるだけじゃねぇんだぞ? お前が使えない治癒も補助も1割増しにはなるが、使うことぐらいは出来る。


 どういうことかと考えているとアイルが早速その答えを示してくれた。なるほど流石はドワーフの作ったアイテムだと思って納得……しかかった瞬間、私は思わず苦笑いが浮かんだ。


「大丈夫かいお嬢さ……おい、どうした。渋いツラして?」


「……ねぇアイル、でしたらどうしてそのことを私に明かさなかったのかしら? 確かに魔力が垂れ流しもいいところの状況で不必要に手札を明かしたらまずいことになるのは理解できます。理解できますが……アナタ、また黙ってましたわね?」


 そう。またこの杖は自分のことを隠していたのだ。確かにそのおかげで助かりはしている。攻略前の時点でこの2つも条件付きとはいえ使えると知っていたら判断を誤っていた可能性が無いとは言い切れないのだから。


 ――そりゃあな。適性の外の魔法は今この状態になってやっと発動出来るようになるんだよ。見た目じゃわかんねぇだろうけど他も色々と不具合が出てたからな。


 しかも言い分は一応筋通っている分、余計に質が悪い。ふつふつと湧いてくる感情を抑えながらも私はこの杖に問いかける。


「お、お嬢様……? お、お顔が……」


「……なるほど。言い分は理解しました。で、それは本当なのかしら?」


 ――は? なんで俺が嘘を吐く必要があるんだよ? そんなに俺が信用ならねぇってのか?


 ……が、この棒はどうして自分に非があるのだとばかりに聞き返してきたため、更なる苛立ちを抑えつつも、冷静であることを心掛けながら私は再度尋ね直す。


「少なくとも契約した当初の欠陥は隠してましたよね?……もし今回も自分のためだけにそうしていたのなら、私も怒っていいとアナタは思わない?」


「おーいお嬢様ー、なんか顔ヤベーぞ。すっごいツラしてんぞー」


 ――あぁ、あん時のことか。もう謝っただろうが。それにこれは出来ないから黙ってただけだろ。


 けれどもまぁ憎たらしい態度で言い返してきたこの棒に思わず手が出かけてしまう……どれ程口が悪かろうと、この棒のおかげでこうしてダンジョンの早期攻略が出来たのは事実。この程度の怒りは吞み下せる。社交界にいた時よりも感情は御しやすい。そう考えて心を静め――。


 ――ネチネチネチネチうるっせぇなぁ。終わったことをいちいち蒸し返すんじゃねぇよ。そんなんじゃあお前、身近な人間に逃げられ――痛ぇ!!


 ――られず私は即座にこの駄棒をへし折ろうと力を加えた。絶対許さない。よくも言ってはならないことを口にしましたわね! 火かき棒にする必要もない。今この場で壊してやる!!


「……よくも私の触れてはならないところに触れてくれましたね」


 ――やめろやめろ! 俺がいなきゃお前らメチャクチャ苦労してただろうが!! 一番の功労者の俺に対する仕打ちかそりゃ!? ホント心がせまいな!!


「心が狭い?……人間誰しもうかつにつついてはいけないところがあるのよ? それもわからないなんて所詮は物でしかないわね」


 ――その程度でキレるってか? 冗談じゃねぇぞ! あ、あれか? お前家族とか親しくしていた人間から逃げられた――。


「それ以上口にするなこの駄棒がぁーー!!!!!」


 ――ぎゃぁあぁぁあぁぁあ!!!


 許せるか。もう絶対に許すものか。言うに事を欠いてあの女と王族の自覚のないボンクラのことにまで触れようとしてくれた。その無神経さには心底虫唾が走る!!


 持てる力を全て使ってこの駄棒を壊そうとするも、痛いと連呼するだけで全然壊れる気配が無い。むしろ前以上に頑丈さが増した気がして余計に苛立って仕方が無かった。


「いや、えぇ……何がどうしてこうなってんだよ」


「あぁ、また……その、実は前にもこのようなことがありまして」


「え、マジ?……あの杖、確か心があるって聞いたけどさ、人格に難アリじゃねーか。売り飛ばした方がいいだろ」


 ベティとスカーレットが外で何かを言っていることも、社交界で鍛えられた耳には入っている。とりあえず2人に言い返すのは後にして、とにかくこの駄棒を壊そうと地面に叩きつけたり再度へし折ろうと力をかけ続けていた。


「ゴ……ゴロ、ズゥ……ゼッダイニ゛、ゴロ――」


「シァァ……」


「黙りなさい!!――撃ち放て、エアロブラスト!!」


 ――うるせぇ!!――撃ち放て、エアロブラスト!!


「「グェエェエェェエェ!?」」


 途中、ゴブリンキングとマーマンが起き上がって襲い掛かろうとしてきたけれど、即座に『エアロブラスト』を発動。


 駄棒と一緒に出した風の球を死にぞこないにぶつけ、壁際に追いやってそのまま何度も壁に頭や体を叩きつける。人のケンカの邪魔をする無粋な輩は死んでしまえばいいのですわ!!


「……やっぱアイツら仲いいんじゃ?」


「私もそう見えます……」


「聞こえてますわよ、ふ・た・り・と・も?」


「「ヒッ」」


 そして馬鹿げたことを言う2人にをし、私はこの駄棒を壊そうとひたすら尽力し続けた――。

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