第21話 最後の小休止にて(後編)

「ベティ、貴女の抱いた疑問はもっともです。私も学院で座学を受けてた際、他の学生の方と同様にその疑問を浮かべていました」


 事実、単にダンジョンにいる魔物を素早く倒すのならば、部屋を移動しながら詠唱を続けて出会い頭に放つのが一番でしょう。唱えた詠唱の長さ分、魔力と集中力を要するという難点を除けば、ですが。


 強い力で引っ張り続けている濡れた紙をいかに破らずに動くかのようなもので、アイルと出会う私であったとしても、ほんの短い距離ならばともかく通路を歩き切るまで維持するのは厳しいという自覚はあります。


 まぁあの『世界一魔法に愛された女』はそれを平気で何度となくやって私達と先生がたを心底恐怖させていましたが。


 ――ダンジョンも生き物みたいなもんだ。んで、核がある場所は人間の心臓に近いものがある。


 いけない。話がそれました。


 ダンジョンの核を破壊してもダンジョン内の魔物はその場で消えることはありませんが、大幅に弱体化する上に数日後に起きるダンジョンの崩壊と共に消滅するとのことです。そのダンジョンから出てきた魔物の場合は消えないとうかがいましたが、それはあくまで例外にすぎません。


 ――だから奴さんも本気で自分の身を守ろうとする。入ろうとした途端にその魔法をいきなり霧散させてくるんだよ。自分の持つ莫大な魔力をぶつけてな。


 そう。アイルの語った通りこれがあまりにも厄介な点。目の前で武器を抱えたまま自分に近寄ってくる相手であれば、たとえダンジョンであっても警戒するということです。


 しかもただ打ち消すのではなく、その莫大な魔力をぶつけられた際に一瞬で30ケロネム30mは吹き飛んでしまうとのこと。やられた相手はまず死ぬであろう反撃を食らってしまうということがあったからこそ、私を含めた学院出身者は誰もが知っていることです。


 アイルの語ったことも含めて私はベティに何故誰もやらないかについて答えていけば、ベティと同様に気になっていた様子のスカーレットも顔を青くしてこちらを見つめ返してきました。


「それじゃあもしやってしまったら……」


「ただ激痛に苛まれるだけならいいのですが、まず打ちどころが悪くて亡くなりますわね……もちろんやりません。ゴーレムとはいえ実物を見ましたから」


 国が保有する罠判別用のミスリル製ゴーレムを借り受けて実際にダンジョンでやってみたところ、推定300ケロマルグ300kgの人型の物体が宙を舞って8ケロネム8mほど飛んで地面に頭部を打ち付けたのを見ています。一体何の悪夢かと当時は思いました。


 ――ま、人間なら身構えでもしなかったら頭から壁に突っ込んで死ぬな。最悪胸から上が潰れて面白いことになるいでででででで!?


 その程度でミスリルのゴーレムはヒビひとつ入りはしなかったものの、しばらくの間は夢に出ました。それもそのゴーレムの立ち位置に自分がいて、それをなぞってしまう夢まで見たことだってある。だから私は絶対にやらない。あとそれを思い出させてくれたこの駄棒はとりあえず軽くへし折る。


 ――俺何か悪いことしたかぁ!? 八つ当たりすんじゃねぇぞクソアマぁ!!


 ベティに言われるまでそのことが意識の外に出てはいましたが、たとえ思い出せなくともやることは無かったでしょう。それだけあの時の恐怖は別格でした。


「そんなこと全然聞いてなかったんですけど……! よ、良かった……私、魔法が使えなくて……」


「私もだ……あーもう鳥肌収まらない」


 ベティもスカーレットも魔法が使えないと事前にわかっていたから教えなかったのでしょうが、もし仮にそんなことを黙ってやってしまったらどうする気だったのか。ペネロペ副長を心の中で恨みつつも、私はアイルに力を加えるのを止めて作戦会議を再開する。


「ともかく、私が時間稼ぎで魔法を連射します。アイルは切り札になる長い詠唱を、ベティは魔法を使ってくる魔物がいたら石を投げて気をそらすこと。スカーレットは……」


「わかりました。お役に立てるようがんばります」


「あー、じゃあ私の方からもお嬢様とそっちの杖に質問。ダンジョンの核を守ってる魔物ってその部屋から出てくる? 出ないんだったら私ここで待ってたいんだけど」


 私とアイルの役割をもう一度話し、握り拳を作って張り切っているベティにも協力を申し出た後でスカーレットの方から質問が来る。確か座学ではそれで問題なかったはずだと記憶をたどりつつも、念のためアイルに助力を求めるべく視線を向ける。


 ――ったく、ヒデぇ目に遭った……あ? ホントツラの皮厚いなオイ? あんなことやっといてよくまぁすぐに助けを求められるもんだよ。


「まぁいきなり無礼を働いたことは詫びます。とはいえこちらのトラウマを勝手に刺激してくれた恨みは晴らさせてもらいましたが」


 ――そいつは悪ぅござんした……ホントいい性格してやがるぜ、ケッ。


 即座に非難の言葉が飛んできましたが、確かに私が八つ当たりをしてきたのは事実。それはそれとして軽く私恨のままに動いたことも話したら中々の嫌味を返される。まぁ仕方ないと割り切ってじっと見つめると、アイルの方も先の質問に答えてくれました。


 ――確かに、そこの嬢ちゃんの言うのも間違ってはいないな。ただ、それも向こうが守りに専念せざるを得ない状況なのが前提だな。


「守りに専念せざるを得ない時のみ、ですか」


 口の悪い知恵者の答えにオウム返しをすると、あちらの方もそうだと短く返してその理由を説明してくれた。


 ――ダンジョンの核は身動きが出来ない自分を守るために無数に魔物を生み出すし、ソイツらは大体そのダンジョンで出てくる魔物の系統の最高峰かそれに近いものばかりだ。まず鼻が利くような奴らばかりだから隠れてたところで余裕が無い限りは襲ってくるぞ。


 尤もな理由を語られ、私もそれを2人に向けて話していく。3人で真剣な表情でアイルに向き合えば、あちらも同じく真剣な様子で説明を続けていく。


 ――向こうからすればお前達が戦えるかどうかなんてわかりなんざしない。一番重要な部分を守ろうとして部屋の外に出てくることだってあり得る話だ。これまで出て来た魔物の中で考えればホブゴブリンクラスの奴が飛び出してくるかもな。


 中々に絶望的な言葉に私は思わずつばを呑んでしまう。対処こそ出来る相手ではあるものの、それは遠くから一方的に魔法で倒しているからの話。他のパーティーのように相手の攻撃に耐えるタンクがいる訳でもない私達では襲い掛かられたらひとたまりもないでしょう。


「……ホブゴブリン程度の魔物が出て襲いかかってくる可能性がある、とアイルは語りました。スカーレット、逃げ切る自信はありますか?」


「無理だね。確かホブゴブリンってレベル13ぐらいでしょ? 私まだ7だけど。逃げ回ったって生き延びれる自信がないね」


 長くため息を吐くスカーレットを見て、彼女の一番安全な場所は私のそばしかないことを理解させられる。最悪彼女にも色々と手伝ってもらうしかないと思いながら私は彼女に声をかけていく。


「スカーレット、貴女は私のそばで魔石の提供を。きっとそれが一番安全でしょう。ただ……」


「だろうね。ま、最悪の場合はこっちだって逃げるさ……ハァ。冒険者の下積みとして知識やら経験やらを安全に積めるってのはなんだったんだろうなぁ」


 とりあえず私の言い分は聞いてもらえました。それとギルドはそうやって荷物持ちを集めていたのかと少し納得しました。


 とはいえ報酬があくまで1件ごとの定額で魔石も担当した冒険者のもの。ベティが荷物持ちになる際に説明された条件を思い出し、改めてブラックな職業だと私は改めて思う。


「なるほど。では荷物持ちの方はそういった理由でお仕事を務めているんですね」


「私の場合は金が大きいけどね。武器防具揃える金がいらない上に安全に稼げる。その上気に入られれば色々金になる話も聞けるし、何かあってもギルドが盾になってくれる。後は……こういう危険性が高い仕事だと弾んでくれるんだよ」


 ただ、思った以上に向こうも色々と考えてはいるようで。その上で餌を垂らし続ける辺り中々したたかであることを認識した辺りでアイルにセットしていた魔石が砕け散る。これ以上時間をかけられないと私は2人に声をかけた。


「ベティ、スカーレット。貴女達の命を私に預けてください」


「はい、お嬢様」


「あいよ」


「ではアイル、貴方も」


 ――へいへい。ゴブリンどもの汚い手に握られたくねぇし協力してやるよ。


 そうして仲間全員に声をかけ、スカーレットから渡された魔石をセットしながら私は最奥の扉に視線を向ける。これも賠償金返済のため、アイルに魔力を吸い取られ続けて死ぬのを防ぐため。戦う意思を新たにして私達は一歩を踏み出した。

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