第20話 最後の小休止にて(前編)

 各部屋の魔物を討伐しては小休止と自身の強化を繰り返しつつ、私達は地下の7階の奥まで進んでいた。


「――穿て、アクアジャベリン!」


 そして現れた魔物の群れの最後の1体、ゴブリンチャンピオンに5小節で詠唱した『アクアジャベリン』が突き刺さる。最初に戦った時は何度か撃ちこむ必要があったこの魔法も、長い詠唱が必要とはいえたった一度でその体を容易に貫くことが出来るほどに私は成長していた。


「お疲れ様でした、お嬢様」


「えぇ、これで終わり。後はもうこのダンジョンの最奥だけでしょう」


 5キロネム5m四方ほどの大きさの部屋の奥には赤黒い門扉に薄い膜のようなものが張り付いており、その膜が時折脈打つように鳴動しながらそこにたたずんでいた。


 ルミナスライト学院での座学での知識、これまで各階の部屋を繋ぐ通路にこういった構造物がなかったことを考えればこの先がレベルアップ寸前のダンジョンの核のある最深部だということは私にも理解できた。


「間違いないね。3階から4階辺りまでのダンジョンだけだけど、一番奥は大体あんな感じだ……流石にあんな気味の悪いもんは張り付いてなかったけどね」


 解体作業をしながらつぶやくスカーレットの言う通りだった。ダンジョンの内部が洞窟のようなつくりであったり神殿や塔のようなつくりであったとしても、ダンジョンの核がある一番奥はこのように門があると私は過去に学んでいたことを思い出す。


 ――あぁ、違ぇねぇ。レベルアップが起きそうになっている状態だとあんな風に門に膜が張るんだよ。ダンジョンの核がその分活発に動いている証拠だな。


 マジックアイテムである杖のアイルもこう述べていました。


 ダンジョンがレベルアップしそうになってる際、本来出てこない強さの魔物が現れることや、レベルアップが完了してしまった際魔物のレベルも3~5ほど上昇しているのが『アナライズ』鑑定の魔法でわかっているとのこと。


「……本当ですのね? くだらない嘘を吐いているならいつか火かき棒代わりに使いますわ」


 ――本当だっつの!……ったく、どうして信じてくれねぇかねぇ。


 これらは学院の座学で知りましたが、最深部である扉はどうなっているかに関しては流石にうかがったことはありません。まぁこの杖は私達を騙そうとした前科はありますが、こんなところで無意味な嘘はつかないでしょう。とりあえず私は信じることにする。


「またこの杖が何か変なことを言いましたか」


「えぇ。ダンジョンがレベルアップしそうになってるとああいう風になると述べていたのよ」


 ――ふっざけんな! 俺を信じやがれ! 人を嘘つき呼ばわりしやがって!


 スカーレットと同じく解体作業をしているベティに何があったかを伝えれば、彼女も少し面倒そうにため息を吐く。魔力を無尽蔵に吸い上げる欠陥をひた隠しにしようとしていたこの駄棒もよくしゃべるものだと思いながら、私は血を拭き取られた状態のゴブリンチャンピオンの魔石を杖にセットしていく。


「終わりましたね2人とも? ではダンジョンの核に挑む前の最後の強化といきましょうか」


 そうしてダンジョンの床に横座りをしながら待つことしばし、ベティとスカーレットが魔石と討伐証明の部位の確保が終わったのを見計らって最後のステータスの強化に移っていく。



名前:セリナ・ヴァンデルハート

性別:女性

年齢:17


レベル:9(0/106)

力:22

体力:25

魔力:54

敏捷:30


強化値

力:1(0/54)

体力:1(0/54)

魔力:3(0/127)

敏捷:2(0/95)


振り分け可能ポイント:0



 持てる魔石を可能な限りつぎ込んだ現在の私のステータスはこの通り。全ての魔物を倒し尽くしてもまだこの程度。魔力に関しては7小節の詠唱でも魔法をコントロール出来ると確かうかがっていたものの、自信はない。けれどもこれでどうにかやって勝つしかないと私は心を奮い立たせた。


(ここで諦めたら私はアイルに魔力を吸い尽くされて死ぬ。ならば前に進むだけ)


 ゴブリンチャンピオンの魔石は強化のための燃料として使ってもまだ砕けずにはいる。けれどあと数分もすれば砕け散るのは何となくわかりますし、杖のアイルもこれは長くて1時間程度しかもたないと述べていた。ならば前のめりになるしかないと改めて覚悟を決め、私は2人に向き合った。


「では作戦会議をします」


 魔物が湧き出る気配はない。ならば魔石のストックを少しでも残した状態で挑むべきだと私は判断し、最難関になるダンジョンの核撃破のための具体的なプランを話し合うことにした。


「まず部屋の中に突入後、中で待ち構えている無数の魔物相手に私が2小節か3小節で詠唱。私が可能な限り時間稼ぎをしますからアイルは5か6小節の詠唱をして殲滅。それをお願いします」


 ダンジョンの核のある部屋は無数の魔物が陣取っていると私は知っている。だからこそ高火力となる魔法の発動はアイルに任せ、私はかく乱に徹することに。移動しながらでも集中を乱さないこの杖ならば、私が下手を打たなければ絶対にやり遂げると確信していたからだ。


 ――あぁ、わかった。動きながらになるだろうからな。長い詠唱するなら俺に任せろ。


「感謝します。ではアイル、あの扉はそのまま押して入れるんですよね」


 アイルからの承諾を取り付けると、今度はあの扉からどうやって入るのかについて尋ねる。するとこのマジックアイテムの返答に私は思わず歯噛みしそうになってしまう。


 ――いいや、そのままじゃ無理だ。アレは5小節の魔法で破壊しないと入れねぇぞ。


 ここで魔力を使わなければならないということに私の中で焦りが広がる。残った魔石の量から利用できる魔力の量は合計20小節分。私の今の魔力の量も大体それぐらいで、魔力を回復するポーションも1つなんとか残っている程度。ここで手札を削らなければ入ることすら出来ないことに私は苛立ちを覚えた。


「不可能、ですか」


 ――あぁ。まぁダンジョンのレベルアップが完了すればあの膜は消えるが、それまで魔力を消費する羽目に遭うし、核の攻略何度も跳ね上がるぞ。オススメはしねぇ。


 つまり今すぐ突入するしか手はないということ。ならばこの会議も手短に済ませ、一気に攻略するしかないと私は考えた。


「あの、質問なんですけど……」


「どうしたのかしら、ベティ」


「いえ、その……扉が開く前に事前に詠唱して、突入と同時に発動すれば簡単じゃないんでしょうか?」


 そんな折、ふとベティが気になっていたことを問いかけてきたものの、そのもっとも過ぎる疑問に私はため息を吐きたくなるのをこらえながら答えていく。


「本当にその通りよ、ベティ。それが出来たのならどれだけ楽なことか」


「えっ? つまり、不可能ということですか?」


 ――ま、誰もが考えるよな。でもソイツはダンジョンの防衛機能に引っかかる方法なんだよ。


 本当にその通り。それがやれたのならアイルに7小節の『タイダルウェーブ』を詠唱してもらって何もかもを洗い流せるのに、と私は頭を押さえながらその理由を語った。

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