第22話 戦いの幕開け、蹂躙の始まり

 ――穿て、アクアジャベリン!


 アイルが5小節の『アクアジャベリン』の詠唱を終えて扉の膜を破壊すると同時に私達は一気に駆け抜けていく。


 ――言う必要はないだろうが、この膜も再生する! チンタラしてる暇なんて無ぇぞ!!


 心底厄介なダンジョンの仕掛けに苛立ちを感じながらもスカーレットとベティが両方の扉を開けてくれた。その瞬間私達の目に飛び込んできたのは何匹ものゴブリンの姿だった。


「アイル、『タイダルウェーブ』を!――魔力よ集いて形を成せ!」


 ――応よ! 魔力よ集いて形を成せ!


 ホブゴブリンにゴブリンチャンピオンが軽く見ただけで10匹はいる。ゴブリンフォートレスはその倍、ナイトは更に倍。ただのゴブリンはもう数えきれないほどだった。


「汝は荒れ狂う風であり世界を駆け抜けるもの」


 ――汝は全てを流す大いなる瀑布。


「お嬢様、アレは――」


 けれどそれ以上に私達の目を引く存在が中央に鎮座している。出来の悪い王冠を被った長躯痩身のゴブリンの姿が。


「うっわぁ……ゴブリンキング。アイツいるのかよぉ」


 スカーレットがげんなりしながら口にしたその名前。学院でも聞いたことのあるあまりにも厄介な存在。


 全てのゴブリンの王。個体そのものがホブゴブリンと同等の強さを持つだけでなく、指揮能力といるだけでゴブリンそのものを強化するといわれるその恐ろしさ。故に遭遇したら真っ先に潰せと言われるその存在がここにいる。


「ゴロ、ゼェェ!!」


 濁ったような声と共に号令がかけられ、無数のゴブリンがこちらに向かってくる。あれは間違いなく私達の心を折るために少し猶予を与えたのでしょう。残忍さに満ちたあの目つきからそれが嫌と言う程伝わってくる。


「おいおいおい! アーチャーの奴らも矢をつがえてるぞ! 早く早く!」


 スカーレットが言う通り、奥にいた何匹ものゴブリンアーチャーもゆっくりと私達に向けて弓を引き絞っている。軽く見た程度で20もの相手から矢が放たれればまず私も無事では済まない。


 奥から攻撃を仕掛けてくる相手も、こちらへ迫ってきている魔物でさえも徹底的に私達をなぶろうという意志が嫌と言う程見て取れる。


「駆けよ、サイクロン!」


 宮廷政治とはまた違った無数の悪意をぶつけられて心の底から吐き気がするけれども今はそれを利用する。たとえ時間が足らなくて発動した2小節の魔法であろうと、ただのゴブリンをなら余裕であるはずだから。


「やっ!」


「グォッ!? グゥゥ……」


 まだ場の掌握が出来ていない私のために、ベティも適当なゴブリンメイジに向けて石を投げてくれている。当たりこそしないけれど時間稼ぎを彼女はやってくれているのだ。ならば私は目と鼻の先まで迫ってきている魔物の津波を今すぐ利用するだけ。


「グォッ!?」


「ゴブッ!?」


「ギギッ!?」


 ――浮かせたゴブリンを利用して、『エアロブラスト』で操る球のように動かせば一石二鳥ということです。たっぷり、味わいなさい?


 ――偉大なる原初のかいなに抱かれよ。


「うわ、エッゲつな……」


「文句を言う暇があるならスカーレット、早く魔石の用意を!」


「あぁハイハイ。わかってます――って危なっ!」


 無数のゴブリンを浮かせては他の上位のゴブリンにぶつけ、迫ってくる魔法や矢の盾にしているけれども魔法の力そのものが足りない。


 ――うねり轟き荒れ狂え。


「ッ!!」


「お嬢様、お顔が!!」


 ある程度の高さまでは浮かせられる。ある程度強く叩きつけられる。ある程度の数は捌ける……けれどもそれが限界。津波の如く押し寄せる魔物の群れを押し留めることは出来ず、『ファイヤーボール』などの投射してくる魔法はともかく矢は完全には防ぎ切れない。顔を、左腕を矢じりがかすっていく。けれどここでただ逃げる訳にはいかない。


「一旦戻りましょう! 扉を介してならば少しは時間が――」


 『サイクロン』を制御しながらも2人に声をかけようとした時、左ももに激痛が走った。


「――っ!! ぐぅぅ……!!」


「お嬢様ぁ!!」


「おいおいマジかよぉ!?」


 ゴブリンアーチャーの放った矢が私の体を貫いたのだ。これまで遭遇した同類であれば、当たりはしても貫通していく程の勢いも威力も絶対に無かったはず。ゴブリンキングが存在するだけでどれだけ脅威になるかを私は思い知った。


「……ぁ……ぐっ……!」


 すさまじいまでの激痛が体を駆け巡っていく。脂汗が流れ出て、痛みに意識を持っていかれて魔法の維持すらやっとになる。


「クソッ、アイツらマジで遊んでやがるぞ! 奥のゴブリンども、もう攻撃の手を止めやがった!」


 眼前のゴブリンの群れは走ってくるのではなく、じりじりとこちらへと迫る方に切り替えていた。奥からの攻撃の気配も一切来る様子は無い。まさにスカーレットの言葉の通りだと私は痛感していた。


「あ、あぁ……」


 まだ維持している『サイクロン』に当たれば相手を浮かせるだけの力は残っているし、注いでいる。けれども相手に上手く当てられるほどの余裕はない。ただのゴブリンでさえも私の魔法を避ける余裕があった。


「に、逃げられますか?」


「ベティとスカーレットが、引きずってくれれば、ですが……」


「引きずっていっても無理だろうな……もう後ろ以外回り込まれてるぞ。しかもご丁寧に弓も構えてやがる」


 既に無力化しかかっている私に戦う力がほとんど無いベティ、そして魔石を渡すだけで私達の後ろに隠れているスカーレット。私が魔法の維持すら出来なくなったのを見計らって攻め込もうとしている。それがあの下卑た無数の視線から嫌と言う程感じ取れた。


「オ゛ワリ゛、ダ」


 ニタニタと嗤うゴブリンの王の言葉に私達は何も言い返さない。いや、言い返す必要が無いというのが正しかった。何故なら――。


 ――押し引き流し全てをさらえ、偽りの海よここに顕現せよ。


「早く、終えなさい……アイル・オーテンっ!!」


 ――呑み込め、タイダルウェーブ!!


 たっぷり6小節もの魔力を注ぎ込んだ渾身の一撃。それがようやく放たれようとしていたのだから。

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