第15話 旨味も苦みも食らって進め

「……それで、他に何かデメリットはないのかしら? 例えば魔力が――」


 ――は? ある訳ねぇだろ。馬鹿言うな。


 ……試しに問いかけてみればやや食い気味に反論してきたため、確実にこれはこの駄棒の仕業だと確信しました。そうですか。白を切る気ですか。なるほど、とんだペテン師ですこと。


「どうした? 何かコイツがデメリット付のアピールポイントでも紹介したのか?」


「まぁ間違いではありません」


 そう前置きをしつつ私は先程この駄棒から受けた説明をそのまま副長とベティへと話しました。


「すごいですね……こんなにもお嬢様にとってありがたいお話ですし。でも――」


「問題はそれじゃない、ってことだな。一体何だ?」


「えぇ。おそらく――」


 ――やめろ言うんじゃない! 違う! 俺は悪くねぇ!


 二人にそのを明かそうとすれば案の定。あっさりと馬脚を露しました。勝手に人を餌にしておいてよくもまぁ自分は加害者ではないと言い切れるその神経、虫唾が走ります。


「この棒、間違いなく私の魔力を吸い続けてますわ。さっきからずっと虚脱感が強まってますもの。最悪私の命すら魔力にして吸い上げるかもしれません」


 そう。この棒を持つにあたっての最大のデメリット、それはまず間違いなく私の魔力を際限なく吸い続けていることです。


 魔力は大気中に漂うものと生物の体内から発せられるものの2種類に分けられますが、おそらくこの棒は私の魔力を吸っているのでしょう。でなければ『契約』という行為をとる必要が無いはずです。


 それを伝えた途端、自称マジックアイテムとやらに向けるベティと副長の視線がひどく冷たくなったのがよくわかりました。


「捨てましょうお嬢様。薪ぐらいにはなりそうですけれど、燃やす手間も惜しいです」


「いや待て。このダンジョン攻略が終わるまで……やっぱり無理だな。攻略を終える前にセリナが死ぬのが目に見えている。捨てろ。うん」


「あ、壊すんなら俺が。力には自信がある」


「ありがとうございますゴンザレスさん。ベティ、それと副長も。私も今すぐ捨てるつもりで――」


 ――待て待て待て待てぇ! 俺の話を聞いてくれ!


 またゴミが何か述べようとしていますが既に私達の心はひとつです。今更何を弁解する気やら。


 ――黙ってて悪かった! 後で話そうと思ってたんだ! こうなってるのは単に魔力を溜め込む部分が壊れているだけだ! 適当な魔石をあてがってくれれば少しは保つぞ!


「へぇ。ちゃんと解決策はあるというのに何故黙っていたのかしら? 答え次第では今すぐゴンザレスさんに砕いてもらいます」


 やっと白状しましたか。ですがその解決策をすぐに伝えなかったということはまだ何か隠したいことがあるはずです。すぐに私はそれを尋ねました。


 ――あーもうクソッ! そうだよ、そこらの魔石じゃすぐに使い物にならなくなる! 理想はダンジョンの核だ! あれだけ良質なら完全に修復出来る! 言ったぞ! 頼むから捨てるな!


 まったく、最初からちゃんとデメリットも含めてちゃんと交渉を持ちかけてきたのならここまで邪険にはしなかったというのに。いささか呆れながらも私はベティの方を向き、あることを頼み込みました。


「ベティ、財布は持っているでしょう?」


「はい、ここに……あの、一体何を買われるので?」


「簡単な話よ――ゴドウィン副長、今あるお金で魔石を出来る限り譲っていただけないでしょうか?」


 この提案にベティは目を丸くして、副長もいかめしい顔でこちらを見てきました。


「……何を言われた?」


「魔石さえあれば一時しのぎが出来る、と。で、数と質、どちらを優先した方がいいかしら?」


 そう伝えると副長は考えこむように右手をあごに当てました。


 ――数だな。ゴブリン程度の魔石でも何もしなけりゃ5分そこらは保つ。魔法だったら2小節1回分だな。


「ゴブリンの魔石を30。よろしくて?」


 先程ベティのリュックを新調したので稼いだお金の残りはたった1500ケイン。あとはそこに老いぼれの渡した手切れ金の残りをつぎ込めばこの程度のことなら出来ます。


 それでも大した余裕にもならないことが悔しくはあるのですが、お父様と食事も手早く済ませてダンジョンに向かうならどうにか保ちます。なら後は私が覚悟を決めるだけです。


「あ、あの、いいんですか? このお金があればもっと色々……」


「今ここをしのぐために使わなければ使う機会すら無くなるわ、ベティ。では頼めますか副長」


 そうして私が魔石を買う旨を伝えると、ゴドウィン副長はため息を吐きながらこちらに真剣なまなざしを向けてきました。


「……よし、わかった。ならそれに加えて魔力回復用のポーションも用意しておく。魔石で魔力の補充が済んでもお前自身の魔力はどうにもならんからな」


 副長の気遣いに私は感激しました。彼女の仰る通り、魔力の回復は専用のポーションを飲まない限りは回復しません。正直この差配は渡りに船といったところでした。


「副長……ありがとうございます」


 私は副長に感謝の言葉を伝えると、彼女は手をひらひらとさせながらこう返しました。


「別に感謝はいらん。ポーションの方は報酬から天引きしておくからな。1本5万ケインだ」


 その言葉を聞いて思わず額にシワが寄ってしまいました。いやここは劇とかでいうところの『私が自腹で立て替えておくから心配するな』とかそういう流れでしょう。やっぱり吝嗇ですわペネロペ副長。


 こういうところは無駄にしっかりしていることに心の中で嫌味を飛ばしつつも、彼女の厚意を受け取ることにしました。実際問題私の方は文句を言う余裕がないのですから。


 ――壊れてる箇所に当ててくれ。そうそう。よし、これで少しは保つぞ。


 手配してもらった魔石5つとポーション3本を受け取り、ポーションを1本だけいただいた後で私は駄棒の指示の通りゴブリンの魔石を破損した箇所に当てる。すると魔石は形を変えて正十二面体のようになりました。


「これで何もしなくともあまり保たないというのがまた苛立たしいですわね……」


 ――だったらとっととダンジョンの核をとっとと手に入れてくれ。あれぐらい強度と魔力の容量のある代物じゃないとどうにもならねぇんだよ。そっちの命まで削られたくないんなら早くやってくれ。


「えぇ。わかっています……」


 交渉の一環としてあえて無茶な目標を提示してきたと思いましたがそういうの抜きのようですね。それ以上となるとドラゴンのものでも厳しいでしょう。ならばもう突き進むしかありません。


(案の定こちらの命を削る能力があったんですね。ならもう文句を言う暇すら惜しいですわ)


 実際この棒の強さ自体は詭弁の類でなければ心強いことには違いありません。ならばもう脇目もふらずにダンジョン攻略にまい進するのが一番でしょう。


(やってみせます。私はここで死ぬべき運命じゃない)


 退路がないのならば前に向かっていく。その意志を決めた私は、心配そうに見つめてくるベティと一緒にギルドを後にしました。

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