第16話 されど焦りと覚悟は違う

「そんな……どうにかならないのか?」


「それを今から用意するんです、お父様」


 宿に戻り、1階に併設された食堂にて私達は他の利用者の方と一緒に食事をとっていた。お父様がいつになく心配そうに見つめてきているが、こればかりは本当に仕方のないことです。私だって出来ることならここまで急いで攻略なんてしたくはありませんでしたから。


「どちらにせよ私達には時間が無かったんです。だから前に進むしかありません」


「申し訳ありません、旦那様。私達はこれから――」


「そうだが……怖いんだ。お前までいなくなってしまうと思うとな」


 そうつぶやくお父様を見て私は思わず食器を動かす手が止まってしまう。悲し気に目を伏せる様にどうすればいいのかわからなくなってしまう。


「ルティーナは私の元を去って、家も失った上に残ってくれた使用人はベティだけだ……私のそばにいてくれたのはお前達だけしかいない。だからこそ、失いたくないのだ」


 その体がひどく小さく見えた気がして、ベティ共々言葉を失ってしばし呆然としてしまいました。こちらをうかがうような視線と声が痛く、中々言葉が出てこない。


「……必ず、必ず帰ってきます。ですからどうか、お待ちくださいお父様」


 どうにか絞り出すようにして返せた言葉はあまりにも弱々しく、少しは慣れたはずの薄いスープの味もひどく不味く感じた。



 そして私達は宿を出て、ギルドに戻って新たな荷物持ちを斡旋していただいてからダンジョンへと向かっていた。


「2人とも、前方にゴブリンの群れ。数は6」


 既に魔石のストックは5つ減り、新たに1つ例の杖にセットしている。現在セットしているものも含めて残り25個あるものの、威力の低い2小節の魔法を同じ回数分しか撃てないことを考えるとあまりに心もとない。


「ここは一気に倒します。2人は下がっていなさい」


 ――俺は指示通りしばらく様子見とさせてもらうぜ。


 私が2人にそう告げると共にこの棒はそう伝えてきた。この棒と一緒に魔法を発動するとなれば魔石の消費は倍増する。そのため私はダンジョンの最奥に行くまで魔法を一緒に発動しないよう命じていたのです。


「……お嬢様、魔石のストックを考えるとあまり魔法を使われては」


「ごめんなさい。それにうなずく訳にはいかないのよ――魔力よ集いて形を成せ」


 ベティが何をいわんとしているかは私でもわかる。けれどもそれに納得する訳にはいきませんでした。


 母親のことで飛び交うウワサのせいで、私には同年代の友人がいなかった。そんな私にとって唯一共にいてくれた彼女はかけがえのない存在だった。お父様と交わした約束もあるのだから失う可能性は0に留めたい。その思いを抱いて私は詠唱に移る。


「汝の名は風の刃、く鋭利となれ、我が敵を切り捨てよ、ウィンドカッター!」


 3小節分の魔力を魔石でまかなうことなく、自分のものだけを使って6つの真空の刃を展開。そしてそのまま首を刎ねて終わらせる。ギルドで飲んだ魔力回復のポーションのおかげでまだ魔力に余裕があったとはいえ、あまり何度も魔物と接触したくないものだと私は思った。


 ――景気よく使うのは結構だがな、後で困っても知らねぇぞ。


「魔力回復のポーションは2つしかないんだろう? 今回は数が多かったから仕方ないところもあるけど、そっちの付き人にも任せたらどうなんだ」


 駄棒と新たな荷物持ちであるスカーレットに言われて言葉に詰まってしまう。わかっている。わかっているんです。ここで魔力を無駄に消費するのは後を考えるとやってはいけないことだということぐらいは。


「あの、お嬢様。私だって自分の身を守れるんです。ですから――」


「いいえ。その必要性はありません。私が守ります」


「そう、ですか……いえ、出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」


 けれどもベティを守るためには仕方がない。だから私は正しいのだと必死に自分に言い訳をする。彼女が苦しそうな表情を浮かべているのも私がベティの献身を潰したからじゃないんだとごまかして。そうして私達はどこかぎこちない雰囲気のままダンジョンへと進んでいく。


「――漂う風よここに集え、撃ち放て、エアロブラスト!」


 そうして道中の魔物を倒しては魔石を確保しつつ、私達はどうにかダンジョンへと戻ってきた。副長かギルドマスターが手を回してくださったのか、入り口には『冒険者セリナ、ベティ及び彼女らの荷物持ち以外の侵入を禁ずる』と書かれた立て札がありました。


 私達はそのまま入り口を通っていき、襲ってくる魔物を次々と倒していく。


「魔力よ集いて形を成せ、汝の名は風の刃、我が敵を切り捨てよ、ウィンドカッター!」


 自分自身の魔力のことも考えて、3小節と2小節の詠唱を交互に繰り返しながら私は魔物を倒しながら進んでいる。だがこうして進むにつれて私の魔力も徐々に減り、このままでは2つの階層を突破したぐらいでまた魔力回復のポーションに手を出さなければいけないかもしれない。その焦りが私の中に巣食っている。


「……こっちは終わった。次に向かおうか」


「私も終わりました。行きましょう」


「……わかりました」


 スカーレットとベティも討伐証明の部位と魔石を採り終えたようで、それにただうなずきながら私は先へと進む。魔石のストック自体は増えているものの、言いようのしれない不安が胸にこびりついている。このままで大丈夫なのか。やはりベティにも協力を頼むべきではないのかという思いがこみ上げてくる。


(大丈夫……まだ、まだ大丈夫)


 胸の内の不安を押し殺しながら私達は1階を進む――そして事件が起きたのは次の階層に入ってからのことでした。


「魔力よ集いて形を成せ、漂う風よここに集え」


 現れた5匹ものゴブリンナイトを相手に、私は無数の風の球をぶつける『エアロブラスト』を詠唱していた。目指す長さは4小節。これなら確実に倒せる。そう思いながら私は魔法を紡ぎ続けていた。


「固まれ固まれ球とな――っ!?」


 あの棒曰く、詠唱の途中で魔石を交換しても問題なく発動できるとのことでそれに従って魔法を発動しようとしていた時、不意にゴブリンナイトの内の一匹が持っていた剣を投げてきた。そこで詠唱は途切れかけてしまい、魔法が暴発しそうになる。


「お嬢様!?」


「おい大丈夫か!?」


 ――言わんこっちゃねぇ! いくらか制御してやるからなんとか撃て!


「――れっ! 撃ち放て、エアロブラスト!」


 ベティとスカーレット、そしてこの杖に心配されながらも私は無理矢理発動のトリガーを詠唱して魔法を形にする。


 魔力の逆流とこちら側に飛んでくるのは防いだものの、展開した30もの風の球は前方へバラバラに飛んでいき、多くが壁や床に軽い亀裂を入れるだけで終わってしまった。


(クッ! 何体かには当たりましたけど、まだ生きてる!)


 見た限りでは4体には魔法が当たり、その内倒れたのが3匹だけ。1匹は手足や腹に当たって今にも死にかけている様子ですが、武器も失っていない1匹が私目がけて襲いかかってきている。


「っ! 魔力よ集いて形を成せ!」


 私は即座に詠唱を開始するものの、もう間に合わない。おそらく1小節で発動することすら出来ない。ならいっそ魔法そのものを暴発させてしまおうかと思ったその時、襲いかかってきているゴブリンナイトを横から迫る影を私は見た。

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