第10話 美味しいだけの話はないが、何かに気付くことはある

「き、昨日の今日……? あの、まだ今日は私がギルドを尋ねた日ですよね?」


 そ、そんな馬鹿な……だ、だってまだ日は高いですし、ちょっと怪我しただけですのよ? そ、それなのに1日経ってたなんてそんな……あ、アハハ。


「んな馬鹿な話があるか。あの後1日近く寝込んでたんだよお前は……説明してなかったのか」


 ね、ねぇお父様、ベティ、そんなこと一言も言ってなかったですわよね? ねぇ? って何で顔をそらしているの!? それぐらい言ってくださっても良かったでしょう!?


「いや聡明なお前だから幾らか日にちが経過してることに気づいていたと思ったんだが……」


「というか1日だけで目を覚ましたんですよ。だからそれで嬉しくて話すのを忘れてまして……」


 た、確かにあれ程の怪我をして1日程度で済んだのですし、ありがたいのは確かですけれど! 今はそんなことよりも大きな問題が!


「宿代もそうですけどあと2日!? た、たった2日でどうにかしろと!?」


 時間が! 時間が足りなさ過ぎませんか!? いやあのダンジョンの深さも知らないで3日で攻略すると宣言した私も大概ですけれど! いくらなんでも時間が短すぎますわ!!


「ダンジョンの核破壊の暁には報酬として300万ケイン払わせてもらうぞ。国に納める分はこちらが支払っておく。あと今回の依頼が終わるまで治療院の費用、それと今いる宿の向こうひと月分の代金もこちらが受け持つ。どうだ?」


「ぜひやらせていただきます。あの程度私1人で十分ですわ」


「セリナぁー!?」


「お嬢様ぁー!?」


 私の高い実力があればこの程度余裕でやれます。2日? いいえ、1日で根こそぎ叩きのめして差し上げます。しかし倒した魔物の素材と魔石の回収、そのためにも荷物持ちの子はアーニー以外にも雇いたいところですわね。


「正気なのか!? 頼むから今すぐ断ってくれ! いくら報酬が良いからといって、お前を死地へと送り込みたくないんだ!」


 あと魔石は絶対に回収しなければ。少しでも稼いでレベルアップのために回す必要があります。ダンジョンの核の周囲には魔物が無数にいると学んでいますし、それらを相手にすることを考えれば強くなっておいた方が間違いなくいいでしょう。


「わ、私も! 私も戦います! お、お嬢様だけを危険な目に遭わせはしません!」


「ありがとうベティ。けれどそれは安全な場所で荷物持ちとしてね。今はだめよ。貴女を失いたくないから。一緒に来るのは数人の荷物持ちで十分だから」


「そんなところでひどく冷静に判断しないでください!!」


 ベティの提案は嬉しいけれど、しっかり彼女の強化値を上昇させてレベルを上げてからになるわね……家がまだ健在な時にもっとちゃんとこの子のレベルを上げておけば良かったわ。何かあったときにすぐには死なない程度にしか鍛えてなかったのが仇になったわね。


「あ、すまん。流石にこの状況で荷物持ちを雇うとなるとそれなりに割高になるぞ。悪いがそこはまけられん」


「それはいいから断ってくれ! 私を置いていかないでくれセリナぁー!!」


「変に吝嗇りんしょくじゃありません? そこも負担してくださるかしら」


「後生です! 後生ですから! せめて私だけでもぉー!!」


「いや単に個人に入れ込み過ぎるとかえって面倒になるからな。あと味を占められたら面倒だ」


 お父様とベティの悲鳴を上げてますけれど、それは無視して私は副長と話し合いを進めます。今は1秒でも惜しいところ。ならば今の時点で話を詰められるだけ詰めておいて、ダンジョンの攻略だけに集中できるようにと私は副長と話を続けていく。


「それと荷物持ちだってな、そんな数がいる訳じゃない。ギルドで斡旋あっせんしてるのはちゃんと信用のおける奴らだけに絞ってるんだ。そこらの奴らに適当に声かけたところで請け負うのはそういないだろうし、逃げるかもしれん。というか下手したら集中が切れたところで襲い掛かってくるぞ」


「うぐっ、それはその……」


 なかなかに痛いところを……しかしそうなると一度あてがってもらったアーニーはともかくとして、他にも信用できる荷物持ちが欲しいところです。他には……あっ。


「……確かに近くにいるわね」


「えっ?」


「だろう? ま、信用信頼に関してはウチの人間よりも遥かにいいのがいるんだ。むしろソイツにこれからも頼み込め。ついでに言えば荷物持ちなんて大概強化値全然上げてないレベル3前後の奴らばっかりだ。そっちの方がよっぽど使えるぞ」


「えっ……まさか」


 こうまで言われたら一切反論出来ませんわね……ずっと遠ざけていたかったところですが仕方ありません。付き合ってもらうとしましょう。


「ベティ」


「は、はいっ!」


「荷物の運搬、頼むわよ」


「――はいっ!!」


 まったくこの子は……本当に私には過ぎた子かもしれませんわ。こんな得難い人間、そういませんもの。となると、今度はベティが活躍するための準備をしなければ。


「それで、荷物持ちのためにも鞄か何かを借りられるかしら? アーニーに渡した素材を見れば私の腕は一目瞭然でしょう」


「それは理解している……よし、なら荷物持ちとしての装備もこちらが全額支払う。服なんかもメイド服じゃ汚れが心配だろう。そっちもサイズを測って用意する。が、リュックの大きさは下から2番目程度だ。それ以上のものは稼いで買え」


「……わかりました。それでお願いしますわ」


 変なところで吝嗇ですわね本当に……とはいえ今の私達は先立つものがないですし、こうして援助してもらえるのならば受けさせてもらいましょう。その恩は今後しっかり返させていただきます。


「いやセリナ、私の意見は……」


「ごめんなさいお父様、その意見はうなずけません」


 お父様が何とも言えない様子でこちらを見ていますが無視させていただきます。私が心配なのはわかりますが、対処出来ている内にやらないと確実にどうにもならなくなります。


「絶対にベティと一緒に帰ってきます。心配なさらないで」


「わ、私の命に代えてもお嬢様はお守りしますので!」


 貴女が命を犠牲にされると私が二度と良い日を送れなくなります。そんなことにならないよう慎重かつ迅速に事を進めなければ……。


「……そっちには申し訳ないが、この機会を逃す訳にはいかない。悪いが彼女とメイドは使わせてもらう。あ、後でそこのメイドの登録も済ませてくれ」


 ベティも荷物運びとして登録が必要なんですね。ならば後で済ませるとして……そういえば先程からずっと気になっていたことがありましたわね。むしろ伺わないことが失礼なことを。少々怖いですが、これはちゃんと尋ねなければ。


「わかりましたわ……その、副長さん。そういえばお名前をうかがうのが遅れました。その、どうお呼びすれば……」


「……ゴドウィンでいい。というかそれ以外で呼ぶなよ」


 とても失礼なのは承知で尋ねるとやけに機嫌が悪そうに答えられました……そもそも触れて欲しくない話題でしたのね。失礼しましたわ。


「ウチの副長ペネロペってかわいい名前――ぐぇっ!?」


「余計なことを言うんじゃないこの馬鹿っ!!」


 あら愛らしい。ですが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていますし、今後は『ゴドウィン副長』と苗字の方で呼ばせていただきましょう。親切にも私に教えてくれたゴンザレスさんですが、流石に人が恥ずかしく思っているところを突いたんですもの。気の毒ですが殴り飛ばされても仕方ありませんわね。


 そうして私はゴドウィン副長と話を進めていきました。

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