第5話 あがいた先に未来はある
戦う意志を定め、眼前の敵に意識を向ける。話が確かならこの3体が例の魔物だと私は考えた。
革鎧を身に着けてボロボロの剣を振り回しているのが2体と、オーガみたいな見た目をした胸鎧を着けてこん棒を持っているのが1体。
どれだけ装備を固めようとも所詮はゴブリン。冷静に対処すれば勝てるはず。叩きつけられる敵意に耐えつつ、詠唱をしていく。
「魔力よ集いて形を成せ」
詠唱出来るのは多分3小節が限界。ならばそれで3体とも倒す。使うならば軌道が見えづらいウィンドカッター、これで両断するしかないと即座に私は判断を下す。
「「グルぅあぁぁぁあぁあ!!」」
「ガァァァァァアアァ!!」
しかしその途端、魔物どもは武器を掲げてこちらへと一気に距離を詰めて来る。すぐに私は後ろに飛び、乱れそうになった魔法を制御しつつとりあえずちゃんと発動さえしてくれればいいと詠唱を急ぐ。
「汝の名は風の刃」
魔物の動きは緩慢で本気で追い詰めようとしている気配はない。おそらく先の死体となった冒険者のように、格下ばかりを倒し続けて来たから油断しているのだと私は判断する。その油断が命取りになると考えつつ、残り1小節と魔法の発動に意識を切り替えた。
「
3筋の不可視の刃を展開し、これで胴体を両断する。吸い込まれるように向かっていくのを見て勝利を確信した瞬間――それは一瞬で絶望に変わってしまった。
「グガぁあぁあっぁ!?」
「ゴブっ!?」
「グルゥ!?――ガァアァアアァア!!」
死なない。体を両断するどころか傷をつけるのがせいぜいでしかなかった。ゴブリンナイトと思しき2体は深手を負い、1体は倒れてくれた。けれどもまだ2体残っている上にゴブリンチャンピオンと思しき魔物は少し傷が深い程度。怒り狂った巨躯のゴブリンはそのまま私へと突撃し、そのこん棒を勢いよく振りかぶった。
「っ!?――あぐぅっ!!」
そのこん棒の一撃を防ごうとしてとっさに右腕でかばったものの、思いっきり壁に叩きつけられて肺から息が漏れた。肘から先の感覚が無い。かばった右腕はひしゃげてしまい、頭と背中に来る激痛に思わず顔をしかめてしまう。痛い。とにかく痛い。
(目の前が、赤い……頭から血が、出てますわね)
額に感じる生暖かい感触と視界が赤く染まるのを見て私は頭からも出血しているのだとぼんやりと思った。すぐに追撃をかけてこないのを不思議に思って魔物の方に向ければ、向こうはまたいやらしい笑みを浮かべて私をながめていた。
(背中は壁……杖も、無い……)
もう私をただの死にぞこないだと認識しているのでしょう。事実、片腕は使えないし頭からは出血している。背中に壁の感触があるからすぐ後ろに逃げることも出来ない上に魔法を制御する杖も先の一撃でどこかへと飛んでしまった。とんだ失敗をしてしまったと己の間抜けさを呪うしかなかった。
(ここで、死ぬ……私は、終わり?)
自分もあの肉塊となった冒険者と同様の末路をたどるのだろう。そんなことが頭に浮かぶ。あまりにあっけない最期に思わず自嘲しそうになった時、私は見てしまった。
(……あれ、は……ふ、膨らんで……ひっ!)
違った。まだ終わりじゃない。あの股間の膨らみからして、私が死ぬ前に、いえ死んだとしても奴らは私を使っておぞましいことをしようとしていることに気付いてしまった。あの笑みがそういう意味もはらんでいたとわかった瞬間、背中を虫が這いまわるような感覚と強い怒りが私の中を満たす。
(しにたく、ない……っ! こんなの、絶対に、イヤっ!!)
死にたくない。命どころか女としてももてあそばれるなんて考えたくもない。そんな終わりなんて認めたくないと頭の中で怒りが暴れ狂い、支配していたはずの諦観を完全に吹き飛ばした。
(まずは逃げる。けれど体に力が入らない……なら、私自身を動かせばいい)
恐らくこの状態で逃げようとしてもきっと追いつかれてあられもないことをされる。ならば当初の想定通り勝つ。もうこれしか無いと私は理解した。
だから覚悟を決める。詠唱は使わない。相手に警戒される。だから魔法の名前とトリガーだけで発動してこの場からは逃げる。今この時ほど自分の使える魔法が水と風であったことに感謝しつつ、私はある魔法を発動する。
「のみ、こめ……タイダルウェーブ」
津波を起こす魔法、『タイダルウェーブ』をまず私の足元に発動する。幾らかスカートが水を吸ったようだけれど、辺り一面を水浸しにして滑りやすくした。向こうも首を傾げたようだけれどまだ余裕の笑みは崩れていない。やれる。そう確信して私は次の工程に移った。
「かけよ、サイクロン……!」
馬鹿にするような笑みを浮かべる魔物を無視し、私は『サイクロン』を詠唱する。目論見通り私の体は水で滑り、そのまま突風で体は動く。向かう先は入り口の方向――ではなく、魔物の方。
「グォッ!?――グギャッ!」
「グフッ、ゴオォオォォ!!」
獲物がやけを起こしたと馬鹿にした様子の魔物が武器を振り下ろして待ち構えた。それでいい。そうしてくれて助かったと心の中でせせら笑いながら、私は左手に練った魔力を形にするため、新たなトリガーを口にする。
「うが、てっ! アクアジャベリン!」
放ったは詠唱なしの水の投槍。それ故に弱い一撃だけれど、近くで撃てば話は変わる。浅くついた傷目掛けて私はゴブリンチャンピオンのお腹めがけて水の刃を投げ飛ばした。
「ゴォッ!?」
「え、その……や、やめて。狙ってないのよ……?」
……が、ここで魔法がとんだ方向へ行ってしまって思わず顔がひきつりそうに。狙いが狂ってオーガもどきの股の辺りに当たったからだ。
顔を青ざめさせているゴブリンチャンピオンと股間を抑え込んで戦慄するゴブリンナイトを見て思わず言い訳してしまった。だって仕方ないでしょう! いくら魔物相手といってもそんなはしたないことを意識してやったと思われたくないのよ!
「ってそうじゃない! 穿て、アクアジャベリンっ!!」
その場でうずくまるゴブリンチャンピオンと後ずさるゴブリンナイトを見てオロオロとしていた私でしたが、すぐに元の目的を思い出して即座に詠唱。腹の傷目がけて撃った水の槍はゴブリンナイトの腹を見事貫き、水で薄まった血をまき散らして前のめりになりながら倒れこんだ。
「ぐ、グゥゥ……」
まだ全身が痛くて頭もクラクラしている。けれど今を逃したら絶対死ぬ。痛みをこらえつつもこちらへと向かってきたゴブリンチャンピオンの姿を見て確信し、私はそのまま魔法の詠唱を開始する。
「魔力よつどいて、形をなせ……」
幸いにも『サイクロン』の勢いが強かったおかげか相手との距離を稼げていた。接近するまで7歩近くかかる上にまだあちらは痛みが引いてない様子。ならばそれまでの間に詠唱を終わらせて仕留める。それだけを考えて今にも霧散してしまいそうな魔力を形にしようと必死になる。
「なんじはとどろき、あばれる水っ」
イメージするのは水の一撃。鉄砲水。圧縮された水の槍。先程も撃った『アクアジャベリン』。叶うことならばもう少し詠唱を続けたい。けれど向こうは既に痛みが引いた様子でしかも殺意のこもった目でこちらを見て武器を構えている。
あと5歩分しか余裕がない。そのことを否が応でもわかってしまった。
「わが敵をうがち、つらぬけっ」
「グォ、ォオオオォォォォァアアァアアァ!!」
チャンスは1回だけ。威力が足らないと駄目。時間をかけすぎても駄目。限界まで詠唱を続けて倒す。けれど残り3歩でもう走って来た。
「うがてっ! アクア、ジャベリンっ!」
すぐに距離は詰まり、肉薄してきたゴブリンチャンピオンは真上に武器を振り上げた――その瞬間無防備なお腹目掛けて私は水の投槍を撃ちこむ!
左の手のひらから撃ち出された一条の水。それは吸い込まれるように相手の腹の傷へと向かい、その奥へと突き進んでいく。
「グゴォ!? ご、オォオォォォ!!」
けれど向こうはこの激痛にも耐え、強引に武器を振り下ろそうとしている。これにまだ耐えるというの!? でも、でもっ!!
「うがて、アクアジャベリン!!」
このままなら私は死ぬ! だったらもう一発! たとえ威力が低くてももう一度撃てば!! やぶれかぶれになりながらも私はためらうことなく水の槍を撃ち出した。
「グォ! オ、ォォ……」
お腹の傷から血が混じったと思しき水が逆流して、口からも同じ液体を噴き出して相手は仰向けに倒れた。自身に深手を負わせた相手があっけなく倒れる様に現実感が中々わかない。しかし地面に赤いシミを広げてもう動かなくなった魔物の死体を見て私はひとり安堵しました。
「よか、った……かった……かて、ました……」
そのことに安堵し、良かったと思った途端に意識が薄れていく……頭の中がボーっとして意識が保てない。あぁ、でも……。
(エドリック……あなたのきもちが、いまならわかります)
学院にいた時は毛嫌いしていたある学生のことが頭によぎりました……。
(彼もきっと、この高揚感を得たくて……あぁ、眠い)
抗いがたい睡魔に負け、私はそのまま瞳を閉じてしまった。
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