第6話 初の成果
私の頭の中に懐かしい顔がぼんやりと浮かぶ。私と親しい相手ではなく、むしろ忌み嫌っていたある青年のものがだ。
『理解できないねぇ。力ってのは振るうためにあるもんだろう』
エドリック・ブラッドウィン。かつて私が通っていたルミナスライト学院にいた、腕の立つ粗忽者の言葉がじんわりと頭の中に響いた。
『貴族の力は他人のために? ハッ、テメェもつまらねぇこと言うんだなヴァンデルハート』
あの頃の彼の発言はとにかく理解に苦しみましたし、心底頭痛を感じてました……いえ、今となっても大半が理解に苦しむ発言でしたがそれが幾度も浮かんでいきます。
『力ってのは振るってこそだ。特に強い敵、それに勝つことこそが最高だろうが』
あの時は心底野蛮だと心の中では見下しましたが、今ではわかります。だって、あの気持ちの昂り、それは本当に得難いもので――そう共感しようとした時、不意に何か引き戻されるような感覚に私は襲われた。
「――様、お嬢様! お願い、目を覚ましてください!」
「頼むセリナ、目を覚ますんだ!」
「――ぁ」
ひどく、懐かしいものを夢に見ていた気がします……まぁ見ていて心地よかったかと言われたら微妙なところですが。知らない天井を見てここはどこなのかとまだ冴えない頭を働かせつつ、よく見知った栗色と藍色の瞳に私は視線を向けた。
「良かった……よかったぁ……もう、もう目が覚めないかと思ったんですよ……」
「本当に心配したのだぞ……頼むからこんなことはもうしないでくれ」
「……ごめん、なさい」
やや粗末なベッドに横たわってた私の手をベティとお父様が握っていた。今にも泣きだしそうな顔でこちらを見つめている2人を見て、私は自分の失敗を思い出す。かといってあそこで見捨てたらもっと苦しんでいたであろうことも考えつつ、私は2人に質問した。
「ベティ、お父様。ここは、どこです?」
「近くの救護院です。お嬢様を見つけた冒険者の方が急いでこちらに連れてきてくださったのですよ」
救護院と聞いて私は納得しました。金額に応じて治療を受けられる国の施設に運ばれたということがわかったからです。ならばまずは私を運んでくれた人に感謝をしたいと思ったものの、ふとあることが気にかかりました。
(確かここは治療の費用が少しかかったはず。そのお金はどこから捻出したのかしら?)
「費用に関してはセリナが倒した魔物の討伐報酬と魔石を使わせてもらったと聞いている。だから心配することは無い」
頭の中に浮かんだ疑問にお父様は答えてくださり、私はホッとしました。報酬と魔石の換金で治療費がまかなえたということはつまり、お金の方も期待して良いということかもしれない。少しはしたないとは思いつつも、どれだけのお金が手元に来るのだろうと私は期待してしまいました。
「ねぇベティ、お父様。それでそのお金はいくらになりました?」
「えっと、その……」
「いや、うむ……」
ですが2人の歯切れの悪い返事に思わず首を傾げてしまいそうに……まさか、足りなかったということではありませんよね? もしや私を心配させまいと気を遣ったのだろうかと私は2人に問いかけてみました。
「……手持ちのお金で足りました?」
「た、足りました! 足りた、んですけど……」
「セリナ、落ち着いて聞いて欲しい」
あぁ、これは間違いなく良くない知らせですわね。2人のその反応に思わず私はうなだれそうになってしまいました。
ベティは私の前では嘘をまずつかないから足りなかったということはないでしょうが、きっと頭痛のする結果なのでしょう。そのことに思わず頭痛を感じながらも教えて欲しいと2人に視線を向けました。
「……まずセリナが倒した魔物3体の分の報酬は総額12000ケインになった」
たった3体で!……いやでもあれだけの死闘を繰り広げてこれですし、お金を稼ぐという点だけで見れば割に合いません。心の中で少しため息を吐きつつも私は2人の話に耳を傾けました。
「それと事前に討伐していたゴブリン16匹も含めて合計13600ケインだ」
「……国に半額を収めたことで6800ケインが残りました」
「そして治療費に3000ケイン、それと荷物運びを雇った分に冒険者に救助された分、解体の費用も込みで2600ケインを差し引きされたのが残った額になる……」
そして2人の話を聞いてどうしてあんな顔をしたのかと理解しました。あれだけの戦いをしてたったの1200ケインしか手元に残らないのであればあぁもなります。
確か利用する宿の代金が私達3人まとめて一泊1200ケインだったことを考えれば差し引き0。渋る理由も理解しつつも私は2人に声を掛けました。
「……とりあえず今回はそれでよしとしましょう。宿代が残っただけありがたい話です」
やはり無理はするべきではないというのは痛感しました。ならば堅実に、もう一度似たようなことが起きたら逃げるべきだと改めて考えました。だって大切な2人を泣かせるような真似はしたくありませんから。
そう考えて体を起こした時、他にもベッドがあるのが見えたものの、ここは個室ではないことに軽くショックを受ける……今の私はただの最低ランクの冒険者。だからそんな扱いをされても仕方がない。それは理解できたものの、それでもへこんでしまいそうになりました。
「すまん。セリナって人はここにいるんだよな?」
自分が貴族でなくなったことを改めてかみしめていると、ふと部屋に見覚えのある人達が入ってきました。身なりからして冒険者の方……えっと、確かに面識自体はあるのですが、ギルド以外にどこで会ったかしら? 記憶をたどっているとベティの方が彼らに声を掛けました。
「お嬢様ですか? でしたらこちらに」
「娘にどういった用件かな?」
「あぁ、いや……俺のとこの仲間を助けてもらった礼を言いたいと思ってよ」
やはり。叫び声を上げながら入口へと向かっていった一人だったことに私は気づきます。ほんの一瞬ではありましたが、覚えているものだと自分の記憶の良さに感心しました。
しかし実際に助けたとなると……あの動けなくなっていた女性の仲間なのだろうかと私は考える。すると仲間と思しき人達も次々と病室に入ってこられました。
「ありがとう、助かったよ。おかげでミーナを失わずに済んだ」
「いえ、礼には及びません。これはあくまで私がしたくてやったことです」
よく見れば私が助けた方、ミーナさんもそこにいたのを確認しました……彼女のパーティー全員が私に頭を下げてくれたのを見ただけで、何か報われたような気がしました。私の矜持を捨てなくて良かった。そう、思えます。
「あー、助けてくれたアンタにこんなこと言いたくないんだけどさ……」
「……言葉を選んでくれるかい? 出来るだけ寛容でいるつもりだが、物事には限度というものがあるからな」
そんな時、リーダーと思しき方の言葉にお父様が憮然とした様子で返しました。貴族同士の腹の探り合いとまではいかないまでも何を言われるのか不安だったからでしょう。彼らなりに善意を向けようとしたのを察した私は不機嫌な2人を手で制し、リーダーと思しき長身の方に声を掛けました。
「2人とも、落ち着いて。それで、どういった忠告かしら」
「大したことではないんですけど、その……」
「本当に大したことじゃないんだ。ただ、お人好しだと足元すくわれるぞ、ってこと」
足元をすくわれる……なるほど、仰いたいことは理解出来ました。
「つまり、相手が私を下に見て無理な要求を突き付けてくる。そういうことでしょう?」
うかつに下手に出ることで相手が図に乗る。そしてそれを根拠にこちらを下に見るからやめた方がいいと予想通りの言葉が出てきました。えぇ仰る通り。貴族の世界でも無礼はわびるものですが、不必要に自分を下げたら仕掛けられますもの。皆さんに感謝されて少し図に乗ってしまっていたようです。
「あぁ、その通りだよ。俺達冒険者はナメられるとそれで終わりだからな」
「そこまでわかってるのなら、もう言わなくていいよね……?」
「俺達は感謝している。だからこそ恩人であるアンタが食い物にされるのは見たくないからな」
やはり。ですが想像した通り、お越しになられた皆様は私を利用しようという気が無いようでした。まぁそれ以前に私が反感を抱くのを覚悟で忠告をしてくださったのです。それには報いねばならないと私は頭を下げました。
「えぇ。皆様のお気遣いに感謝します」
今はまだ病み上がりですが、こうして忠告してくださったのです。それぐらいはしないと無礼だと思いつつ私は行動しました。
「気にすんなよ。俺としてもアンタのことは気に入ったんだ。もし良かったら俺達のパーティーに入ってみるか? 強い人は大歓迎だからな」
「いや、この人だって仲間を選ぶ権利ぐらいあるよぉ」
「一人でゴブリンナイトとゴブリンチャンピオンを倒しているんだ。俺達よりレベルも技量も遥かに上な相手には流石に気が引けるな」
こうして私の力を求めてくれる彼らを見て胸が温かくなりましたが、賠償金の支払いのことを考えるとその提案を受けるのははばかられました。誰かと組んで取り分が減るのは惜しいからです。
私達の命がかかってますし、それに最悪王国側から私の分でなく、パーティー全体で稼いだ分から半分を差し引かれる可能性も皆無ではない。だから私は皆さんに断りを入れる。
「皆様のお気遣いに感謝します。しかし、私にも少々事情がありまして、それに皆様を巻き込む訳にはまいりません。どうかご容赦の程を」
そう述べて再度頭を下げれば彼らも深く追求することも無く、少しのやり取りの後に彼らは部屋を後にしていきました。
(もし、どうにか賠償金を支払い終えることが出来たのなら、彼らの手伝いをしてもいいかもしれません)
またどこかで彼らと縁があることを願いつつ、私はベティとお父様に向き合って話を続けることにした。
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