第3話 ギルド訪問とそこでのアレコレ

「――えぇと、国との契約で半額を差し引いた報酬はこちらとなります」


 ゴブリンどもの襲撃の後、他に魔物が襲ってくる気配も無く私達は討伐報酬をもらいにイリリークのギルドへと赴きました。


 ……支払いを受けるために冒険者として登録を受けた際、私のことで少し驚かれたというちょっとしたイベントもありました。ですがそれは別の話。支払われる報酬に私は視線を向けました。


(まぁゴブリンの群れでしたし、こんなものでしょうか)


 出された額は計3250ケイン。まぁただのゴブリンが23匹にライダーが7、メイジが3でこれ。それなりに苦労はしましたがまぁ仕方がありません。


 『ゴブリン退治は小遣い稼ぎ』とかつて師事を受けた先生がかつて揶揄したことを思い出しつつ、私達はそのお金を受け取りました。


「あのー、私の取り分は……」


「あぁ。持っていきなさい」


 お父様は気前よく1000ケインを御者に渡されました。いくら平民相手に商売をしている人間とはいえ、ここで下手に少ない金額を渡せば笑いものにされるのは目に見えています。どこから王宮にウワサが流れるかはわかりはしないのですから。


 この男に差し上げる替えの服は既に馬車に置いてきましたし、金子はこれで十分でしょう。後はこれとわずかな手持ちでどうやってしのぐかと考えた時、妙に外野が騒がしいことに気付きました。


「そんなに私達が珍しいのかしら」


「えぇ。身なりは貧相になられましたが貴族とメイドがここに来ていますしね。普通ならばまずお目にかかれないでしょうから」


 ベティの言葉を聞いてなるほどと感じました。確かにあの女が人の婚約者を奪うような真似をしなければ縁は一切ないと思っていた場所ですもの。納得しかありません。


 全く、幼少の頃からやたらと男を別邸に呼んでいたあの女が余計な事さえしてくれなければ……いえ、奪われたのがあの馬鹿王子で良かったのは僥倖かもしれません。馬鹿男と頭のおかしい女との縁が切れたことをよしとしようと私は割り切ろうとしました。


「でもこの程度のはし――」


「お嬢様」


 そしてその時うかつなことを言おうとしてしまいました。


 ここであの子の栗色の瞳に見つめられなければ、あまりに愚かな言葉が口から漏れたということを私は恥じる。たとえ私達からすればはした金ですらない金額だとしても、命を懸けて稼いでいる彼らからすればそれは立派なお金なのだから。


 それを無意識に侮辱し、彼らの顔に泥を塗りそうになってしまった。貧すれば鈍するということを実感しつつも、私の自慢の茶髪の少女にまず心の中で感謝を述べる。


「ありがとうベティ……さて、当面の間私達が過ごす場所は――」


 今後のことを話し合おうとした時、私のお腹が鳴ってしまっていました……流石に恥ずかしいですわね、これは。


「……食事処も併設されてるようですし、先に食事になさいますか」


「確かに朝食は採ってなかったからな。しかし手持ちが……」


 ベティの気遣いに心が苦しくなりました。しかしお父様が仰った通り私達の手元にあるお金は今稼いだものだけです。これで足りるのかと思っていた時、ベティは懐からいくらかのお金を取り出しました。


「でしたらとりあえずこのへそくりと今回の稼ぎでどうにかしましょう」


「待ちなさいベティ。そのお金はどこからくすねたの?」


 ねぇちょっとベティ、特に何の脈絡も無しに懐からそこそこのお金を取り出したけれどどこで手に入れたのかしら? 場合によっては貴女をここで衛兵に突き出さなければならないのよ?


 いぶかしむ視線を挙動不審な真似をしたメイドへと向けるも、彼女は自信満々にこのお金の出どころについて語ってくれました。


「ご安心を、お嬢様。今取り出したものは差し押さえに来た役人に執事長がワイロを送ってくれた後で持たせてくださったものです」


「そうだったのね。ありがとうベティ。ピートもそうだけれど、貴女も私達の味方で本当に助かったわ」


「……そうか。ピートには感謝してもし切れないな」


 この際お金の出所は問いません。ピート執事長の不正のおかげで生活の糧を手に入れられたのですし、ベティが残ってくれなければこのお金も手に入らなかったのです。


 持つべきものは信じられる人間だと痛感していると、ベティは満面の笑みであることを口にしました。


「はい。偶然とはいえルティーナ様と執事長の弱みを握って正解でした!」


「ベティ、その話を詳しく話しなさい」


 ちょっと待って。弱み? 一体何をつかんだというのこの子は?


 いつになく私は目の前の裏切り者候補に視線を向け、一体どういった経緯で手に入れたのかと問い詰めました。それとついでに執事長も絶対成敗するリストへと入れておきます。


「は、ハイッ! いや、その……ひと月ほど前、ルティーナ様の部屋へとカートを押して向かっていたんですが、部屋に入る際に二人の話し声が聞こえたんです! ルティーナ様が『今度レオネル王子と会うのはいつになるのか』と言っていたり執事長が『夜更けにレオネル王子と逢瀬を重ねるのはやめてください』とか――ヒィッ!?」


「ありがとうベティ――ブチ殺してやりますわクソ女、クソ執事」


 ありがとうベティ。貴女のおかげでするべきことが増えました――今度会ったら適当な罪状をデッチ上げて確実に殺して差し上げますあの老いぼれめぇ……!


 母と称するのもはばかられる女に共犯者がいたことに私は腹の底が煮えくり返りそうになりました。しかも『逢瀬を重ねる』という言葉が事実であれば前々からあの男は不義を重ねていたという証拠に他なりません。道理で手に口づけすらしてくれなかったのだと長い間思っていた疑問も最悪の形で氷解しました。絶対殺す。


「ピート、お前もか……」


「教えてくれてありがとうベティ――それで、黙っていたのは拾ったあの女への義理立てかしら?」


「い、いえっ! その、聞かなかったことにしなければそのままクビにすると脅されて……」


 ねぇベティ、私達幼い頃からの付き合いでしょう? いくら手癖の悪い女狐に拾われたからって隠し事なんて水臭いと思わないかしら? 上手く機会を見繕うことぐらいはやってほしかったのだけれど?


 色々と言いたいことを腹の底に押し込みつつも私はこの茶髪の女に問いかける。事の次第によっては容赦しないと決意しながら。


「ねぇベティ。言いたいことはそれだけ?」


「いやいやいや!? じ、実はずっと執事長の息のかかったと思しき同僚につきまとわれてまして、それで言う機会がなかったといいますか――」


 へぇ。確かに理屈は通ってるわね。まぁだからって許すかどうかは別問題ですけれ――ひぎぃ!?


「ぁぎっ!?」


「ぎゃぁっ!? ぁが、ががが……」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! あ、頭が割れる割れるぅ!!


 いきなり頭を襲った激痛にベティ共々悲鳴が漏れる私達に、心底ゾッとする声がかけられました。


「新人さん、ここは冒険者の皆様が利用されるスペースとなります」


 声のする方を振り向けばむくつけき大男が私とベティの頭を掴んでて、その脇を制服を着た女が……痛い痛いいだいぃぃいぃぃ!?


「いさかいを起こすんでしたら是非、当ギルド含め誰にも迷惑をかけない場所でやってください――今すぐその頭をゴンザレスに握り潰されたいんだったら話は別だけれどなぁ?」


 あ、終わった。終わりました。命が消えるってこういうことですのね。今明確に死の瞬間が迫っていることを嫌と言う程理解出来ました。


「ウチの副長怒らせるなよ……正直俺もめっちゃ怖い」


 わかります。今ここで退散しなければ私の頭を掴む大男でなく、この女になすすべなく殺されるというのがわかりますもの。もう駄目。無理。無理ですわ。カタカタと体を震わせながら私はベティとお父様と一緒に本気で謝りました。


「「は、はいぃ……すいませんでしたぁ……」」


「も、申し訳ありませんでしたぁーーーー!!」


 私はここで一つ学びました。絶対にあの女性は怒らせてはならないと。お金の用意が出来たら詫びの品の一つも贈呈しなければと確信しながら私達はこの場を後にしました……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る