第2話 無礼者には相応の扱いを

「お、お待ちなさい! ここは私が決意を固めて立ち向かういい場面でしょう! いきなりゴブリンが現れるなんて聞いてませんわ!」


「いやお嬢様そういうこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 いきなり現れたゴブリンの群れ、それも狼に騎乗したゴブリンライダーや魔法の使えるゴブリンメイジを含めておよそ30。このままではひとたまりもないのは間違いなくって、あわわ……。


「ちょ、あ、アンタら! どうすんだ! お、俺はここで死にたくないぞ!」


 そこの御者は黙ってらっしゃい! いつの間にか馬車も止まってしまったし、あぁもうどうすれば、どうすれば……。


「わ、私が出るぞ! ベティ、杖を出してくれ!」


「お、お待ちください旦那様! え、えっと杖は……杖は……」


 必要最低限の衣類を詰め込んだかばんの中をベティがあさってはくれていますが、もうゴブリンライダーは目と鼻の先まで来ている……あぁもう仕方ない。こんなところでやられてなどやるものですか!


「お、お嬢様!? つ、杖も持ってないじゃないですか!」


「ベティは私の分も探しなさい!――杖など無くても、学院の中で上位成績者である私がこの程度の相手に屈しなどしないということを見せてあげます!」


 馬車から身を乗り出し、辺りを見ればもう何匹ものゴブリンが迫ってきているのが見えました。ならばすぐに詠唱を――ここは3小節ぐらいが限界かしら。私はすぐに詠唱に移りました。


「魔力よ集いて形を成せ」


 まず浮かべるのはつむじ風を放つ『サイクロン』の魔法のイメージ。この街道全域に向かってくる無礼者すべてを天へと舞い上げるその姿……巻き上げる相手の中にあのアホ王子と根性の腐ったあの女の幻も加えつつ、暴れ狂う風を思い浮かべながら言葉に乗せて魔力を紡いでいく。


「汝は荒れ狂う風であり世界を駆け抜けるもの」


 『魔法とは1枚の絵を描くということ。視界はキャンバスであり、魔力を制御する役割を持つ詠唱は絵筆、魔力とは絵の具であると思いなさい』


 ふと私達の指導をしてくださったアンナ先生の言葉が頭の中に浮かんだ。魔力の制御を乱すということは詠唱を乱すということ。それはつまり絵筆をキャンバスに乱暴に叩きつけるのと大差ないということを。


「ギャギャッ!」


「我らを守る風となり我が敵を吹き飛ばす暴威となれ」


 だからこそ魔力の制御をおろそかには出来なかった。そのせいで魔法が暴発したら私が巻き込まれるか、不発となって今迫ってきているゴブリンライダーに殺される。だからこそ慎重に。実戦は学院で何度かやっているのです!


 魔力を明確に形にし、その名を呼ぶことで姿を補強する。そしていかなる力を発揮するかを修飾し、力を強めていく。


「グゲェー!!」


「――駆けよ、サイクロン!」


 何匹もこん棒を上げて迫ってきている……流石にこれが限界ね! 私はためらうことなく『サイクロン』の魔法を発動する。途端、馬車の近くから現れたつむじ風は醜悪な小人どもへと向かい、奴らを天へと巻き上げていく。


「お嬢様、杖を!」


「ありがとうベティ! これで!」


 はしたないことを承知でベティから後ろ手で杖を受け取り、両方の手のひらから杖へと魔力を流し込む。魔法の制御を補助する杖があるのならば、後ろを見なくても余裕でいけます!


「すまない、待たせ――」


「いえ、終わりますわ」


 お父様が動くよりも前に私は杖を前へと突き出した。イメージするのはつむじ風が自在に暴れ狂う様。ゴブリンメイジが放った数発の『ファイアボール』を吞みこむほどの暴威を思い描いていく。


「流石お嬢様です……」


 杖がなければ厳しかったでしょうが、あるのならばこの通り。ロウソクの火を消すのと大差ありません。ありがとうベティ。ではそのまま終わらせるとしましょうか。


「すごい……」


 暴風を操り、迫ってくる魔物も魔法も吞み込んでいく。その結果、街道を囲うように襲ってきたゴブリンの群れはもう空の彼方か地面のシミとなった。ここまでやればもう警戒する必要はありませんわね。馬車に戻るとしましょうか。


「はぁー……疲れました」


 礼儀というものを知らない魔物の相手は疲れるということを改めて痛感しました。これだから野蛮な生き物は。


「お疲れ様ですお嬢様……あの、そういえばそこのゴブリンから魔石とかは採取しないので?」


「血でドレスが汚れますわ。そういうのを生業としている人間にでもやらせるものよ、ベティ」


「いや、私達金欠なんだが……少しでも稼げるなら稼いでおいたほうが……」


 ベティとお父様が何か言っているけれど聞こえません。魔物の体の中にある魔石を出すとなると体を切り裂く必要があるのですし、そこで返り血が飛び跳ねたらどうするのかしら。いくら今私が着ているのが飾り気のないドレスとはいえ、貴重な一着を汚す訳にはいかないでしょう。


「あの高さから落ちたら魔石はダメになってるでしょうなぁ。あ、でも討伐証明に耳を切り落としてギルドに持っていけば多少は」


「なるほど。であれば後で人を手配していただけないでしょうか」


「いや、ここで回収しないと他の冒険者が持っていってもおかしくないでしょう」


 この御者の提案はありがたいのだけれど、今じゃないといけないのかしら。しかし人の成果を横取りしていくなんて浅ましいものね。野卑な人間はこれだから嫌なのです。


「であればお嬢様、魔法で耳を切り落としていただけないでしょうか。拾うのは私がやります」


「ベティ、そのような汚れ仕事は……」


「服の着替えはそれなりに用意してあります。それにお嬢様でなくメイドが汚れるというのであれば」


 これだけの数を放置するのも少し惜しいし、貴女の気持ちはわかるわベティ。かといって私が汚れるのもベティやお父様を汚すのも嫌ですし……。


 どうしたものかと考え込んでいた時、外から視線が向けられていることに気づいた私はそちらの方に目を向けました。


「……もしそちらが持っている服を一着融通していただいて、こちらの方で分け前を決めさせてもらえるのであれば手伝わなくもないですが」


「私としては構わないが……というかベティ、なんで私じゃなくてセリナに先に杖を渡したんだ……?」


 ……中々にいやらしい笑みを浮かべる御者だと思わず顔をしかめそうになりました。全くちゃっかりしてるのやら欲深いのやら。お父様は構わないと仰っていたので向こうの取り分を聞こうと声を掛けました。


「なら取り分を仰いなさい。もちろんで、ですが」


「いやいやそれは……確約していただけるのであれば口にしますが」


「なら結構。ベティ、サイクロンの魔法で死体をかき集めてからウィンドカッターを使うわ。支度なさい」


「あぁぁあぁあお許しくださいお許しください! 私としても臨時の収入を得たいのです! どうか、どうかお情けを!」


 地面に頭をこすりつけてまで……やはり私達の気位の高さを利用して約束をとりつけてから尋常じゃない取り分を要求するつもりでしたわね。御者の浅はかな行いに私達は呆れてしまいました。


「愚かな……そちらはあくまで衣服を汚すだけだな。衣服はくれてやるが取り分はこちらの要求に従え。よいな?」


「あぁ旦那様。どうか、どうかこの哀れな男にご慈悲を……」


 まぁこんなゲス相手に付き従う必要はありませんが、下手に扱ってしまえばこの御者の恨みを買って余計なうわさを流されかねません。そのことはお父様も気づいていたため、私は後を任せて魔法の詠唱に入る。


「9:1だな」


「殺生な! 2割は、2割はいただきたく! 馬車も汚れますし」


「魔力よ集いて形を成せ。駆けよ、サイクロン」


 交渉はお父様、私は私のやることを成すだけ。ゴブリンといえどそれなりの重さもあるでしょうから1小節分の詠唱は必要。その状態で魔法を発動すると目論見通り無数の死体は宙に浮きました。


「ではお嬢様、失礼します」


「えぇ。お願いするわ」


「まぁ没落した私達をこうしてイリリークまで運んだことには感謝しよう。が、取り分は4分の1。それ以上は許さん」


「は、ははぁー! ありがたき幸せにございますぅ!」


 ベティも自分の分の着替えも出したようですし、お父様も決着がついたようです。後で私とお父様の魔法でベティの服をお洗濯しようと思いつつ、魔物の死体を手繰り寄せました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る