没落セリナが冒険者として成り上がるまで〜母に婚約者をNTRれた上に実家も潰されてもへこたれなかった少女の話〜

田吾作Bが現れた

第1話 始まりは婚約破棄と共に

「すまないセリナ、君との婚約を破棄させてほしい」


「……は?」


 ただでさえ信じられない光景が目の前にあるというのに、婚約者であるレオネル様の一言で私の頭の中は真っ白になった。


 あり得ない。なんで? どうしてこんなことになっているの? レオネル様のために身を尽くしてきたというのに。


 楽団の演奏が至極耳障りでレオネル様の周り以外がくすんで見えてしまう。足は震えて近くのテーブルに手をつかなければ立っていられない。脂汗だって止まらなかった。


「レオネル様……まさか、まさかそこにいる私の――」


「あぁ、そうだ。私は彼女と結ばれたいと思っている」


 このは何を言っている? レオネル第二王子にしなだれかかる私の――いや、あの女の姿を見て腹の底から何かが湧き上がってくるのを感じた。


 潰したい。壊したい。この男が既に夜会を台無しにしたのだ。今更シミがひとつ増えたところでここにいる貴族も陛下も気にはしないだろう。そう思いながら私は両腕に魔力を込めていく。


「お、おい待て。レオネル。気は確かか?」


「はい、父上。私の運命の女性は彼女です。王子としてでなく、一人の人間として愛してくれた彼女に全てを捧げたいと願っています」


 ああ陛下、申し訳ありません。我が家の不始末は私の手で片付けます。ですからどうか今はこの無礼をお許しください。出席された他の方には絶対に被害を出さないよう気を払いますので。


「ごめんなさい……ごめんなさいセリナ。私がかわいいばかりに彼を奪ってしまって」


 うん殺そう。この女と血がつながっているということ自体が最早恥だ――今から詠唱したところで逃げられるのが関の山。ならば威力が伴ってない状況でもひたすら魔法を撃つしかない。


「……へぇ。謝罪さえすれば何でも許されると思ってらっしゃるのですね、ルティーナ様?」


「ま、待て! 待つんだセリナ! 私とルティーナが憎いのはわかる! でも彼女は――」


 今更遅い。陛下が私以上に優れた女性をあてがったというのならば嫉妬こそしたでしょうがまだ筋は通っていました。怒りを呑み下す努力はしました……でもね、これだけは絶対に許せないのよ。たとえ人生を棒に振ってでもねぇ!!


「そうよ! あなたは実の母親に手を上げるつもり!?」


「だからでしょうが!! 塵一つ残すかぁー!! ウィンドブラストぉ!!」


「せ、セリナ嬢が乱心されたぁー!!」


 風の弾丸を幾重にも展開してレオネル第二王子、そして私の母女にぶつけようと発射した。けれどもそれは上手くいかず、王子はあの女を連れて逃げおおせ、私は近くにいた貴族や衛兵に取り押さえられてしまった。


「放して! 放しなさい!! あの二人をまだ殺せてませんのよ!!」


「気持ちだけはわかりますが抑えてくださいセリナ嬢!」


 嗚呼天におわします我らが神よ。くたばりなさいませクソッタレ!!



「どうしてこんなことになってしまったんだろうなぁ……」


 私と向かい合っているお父様の嘆きが聞こえましたが私の知ったことじゃありません。貴方があの女の手綱を握ってないのが悪いでしょう。少しは反省されたらどうです?


 私が遺憾の意をこめて視線を送ればお父様がいきなり怯え出した。今はとりあえずこれで留飲を下げるとしましょうか。


 ……例の馬鹿王子が血のつながりのある薄汚い女と一緒に逃げ出した後、私と同席していたお父様はその責を負わされる羽目に遭ってしまいました。それも乱心された陛下によって。


 「ジョシュア! 貴様が妻の手綱を握っていれば! この夜会を台無しにしただけでなく、レオネルまで行方をくらませたのだぞ! その罪、貴様の全てで償えぇー!!」


 改めて思い出せば陛下がいかに怒り心頭であったかがよくわかります。なにせ泡を吹きながら叫んでおられましたし、私達をその場で処刑しようとしていらしたのですから。


 あの時の勢いからして我がヴァンデルハート家にいた使用人も含め、容赦なく始末するつもりだったでしょう。


「どうか、どうか! 全ては私の不始末によるもの! ですがどうか挽回の機会を与えて下さい陛下! お願い、お願いします!!」


「私が第二王子の御心をつなぎ留めることが出来なかったことに非があります! 今ここで悔い改め、王国に絶対の忠誠を誓います! ですから何卒ご慈悲を! どうか、どうか!!」


 が、もう私もお父様もなりふり構わず床に頭をこすりつけて必死に弁明し、許しを請うたのが功を奏したのかもしれません。何せあの時はただただ助かりたい思いで必死でしたから。


「黙れ黙れだまれぇー! 近衛ども、今すぐ奴らを始末して――」


 そこで陛下が遂に倒れられ、医師に抱えられて謁見の間を後にされました。その後どうすれば、とうろたえていた私達に宰相様が挽回の機会を与えて下さりました。


「……その言葉に噓偽りはありませんね?」


「む、無論です!」


「どのような辱しめを受けようとも構いません! ご慈悲を賜るのであればどのようなものであっても謹んで受けさせていただきます!」


「わかりました。ならば少々酷な話となりますが構いませんね?」


 宰相様のご慈悲に私達はすがりつき、出された条件を一切たがえることなく受け入れました……えぇ、受け入れてしまったんです。


「旦那様、お嬢様。流石にこのような処分を受けた上でイリリーク送りにされたというのであれば、いっそそのまま処刑されてた方がよかったのではありませんか」


「それを言わないでちょうだいベティ。私も本気で後悔してるところだから」


 私とお父様に唯一ついてきてくれたメイドのベティに痛いところを突かれ、口からため息が漏れてしまう。確かに彼女の言う通り、あのまま首をはねられてた方が余計に苦しむ必要は無かったでしょうね……。


 今私達を乗せた乗り合い馬車が向かうのはミカス王国領の北部にあるイリリーク。


 魔物の巣であるダンジョンがやたらと出現しやすい上に、そこから毎日のように魔物があぶれるという王国の中で最も命が軽い場所。ここに出向くことになったのですから。


 それも家がお取り潰しになった上、5000万ケインという莫大な賠償金を支払わされてしまったのですから不幸というしかありませんわ……。


「賠償金はまだ払い終えてない上に1年以内に返済しなければ即刻処刑。命乞いなどするべきではなかったな……」


 最大の問題が宰相様……いえ、もうあの地獄のような条件を突きつけてきたのですし呼び捨てでいいでしょう。あのロベリアに突きつけられた賠償金はやはり莫大でした。家と家財道具、それに宝石類を差し押さえられてもまだ2000万ケインという額を返済しきれてません。


 その上いち冒険者として魔物を退治して治安維持に励むことも要求してきましたわね。それも稼いだ額の半分を常に王国に収めるという条件付きで。


「そうですわね。普通なら死を賜ろうと首を差し出すところでしょう」


 ……正直、私とお父様は死にたくない一心でこんな条件を受けてしまいました。これでは自殺と大差ありませんし、かなり後悔もしています。ですがおかげで覚悟が決まったというものです。


「……お嬢様、本気ですか?」


「もちろんよ。ベティ」


 元はと言えばあのふしだらな女があの馬鹿王子をたぶらかしたのが悪いのですから。やたらと男癖が悪くてお父様に隠れて男漁りをしていたあの女が。


「あの女の顔をひっぱたくまで死んでやるもの――え、ちょっと待って。早い」


 そのためならば泥をすする。そう覚悟して私はイリリークへと続く道を見つめ――なにかいきなり私達の馬車にゴブリンの群れが向かってきているのですが!?

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