第14話 告白

「待って……シオン!」

「ツムグ!?」


 まさか追いかけてくると思っていなかったのだろう。涙で赤く腫れた目を大きく見開いて、シオンが立ち止まる。


「どうして、追いかけてきたの!」

「もう、みんなとはいられないよ。だから……サヨナラしてきた」


「っ!?」


 シオンが口をふさぐ。きっと、自分を責めているのだろう。

 そうじゃない。僕がここに来たのは、ほとんどが自分の意思だ。


 みんなを苦しめる羽目になったのは、僕の勝手な思い込みや判断ミスのせいだし。

 風切君のことは……。もはや謝って済まされる話ではない。


「きっと、みんなは大丈夫。僕がいなくっても、どうにかやっていける」

「でも、あなたの仲間なんでしょ?」


 シオンの言葉に、今までの思い出がフラッシュバックする。

 みんなと過ごした、夢のような時間。それが、何故か走馬灯のように脳裏を駆け抜けていった。


「仲間だよ。とても、大切な……!」

「……ツムグ」


 枯れたと思っていた涙が、もう一度溢れてきた。

 そんな、何よりも大事な級友に対して、僕はとりかえしのつかない過ちを犯してしまったのだ。


 もう二度と、あの陽だまりのような場所に戻ることはできない。

 ここは1年B組の教室ではないし。失ってしまった信頼を、取り戻すことはきっとできない。


 でも、僕にはまだやるべきことが残っている。

 そのために、ここに来たんだ。

 

「シオン、聞いてほしいことがあるんだ。とても、大事なことだ」


 涙をぬぐい、必死の形相でシオンを見つめる。

 彼女は困惑し、そして、何かを待っているような目で僕を見つめ返していた。


「君に、見てほしいものがある」


 彼女の目の前に立ち、ウィンドウを開いて見せる。


「これが、僕にかけられただ。君に、読めるかな?」

「……!?ツムグ……あなたもなの?」


 赤い瞳が、驚愕に揺れる。


 昔、先生から聞いたことがあった。天才ギフテッドと呼ばれる人たちが抱える苦悩について、についてこんなことを先生は教えてくれた。


 才能とは、祝福であり、呪いでもある。


 人より秀でるということは素晴らしいことだ。でも、それも度を越えると歪みが生じる。

 簡単に言えば、はじき出されてしまうんだ。いわゆる"普通"の集団から。


 先ほどのシオンの告白を聞いて、僕は事の真相を、少しだけつかめた気がした。

 つまり、転生者に与えられたのはスキルではないんだ。いや、正確に言えば別の言葉で表現できる異能なんだろう。


 つまり、呪いなんだ。 

 

 だから、みんなは自分にかけられた呪い──スキルに適した容姿に転生されられたんだ。

 この仮説の確からしさを証明する方法は、今のところない。


 でも、今確認するべきことはそれじゃない。もっともっと、重要なことだ。

 僕のウィンドウを覗き込むシオンに、僕は恐る恐る尋ねた。


「どう?読める……?」


 僕の問いに、シオンは静かに首を振った。


「駄目……。ごめんね、あたしにも読めなかった。もしも読めれば、ツムグの役に立てたんでしょうけど──」


 落ち込むシオンを、僕は思わず抱きしめてしまった。

 身長は僕よりも高いけど、触れた彼女の骨格は、折れてしまいそうなほどに華奢だった。


「ちょっと、ツムグ!?」


 顔を赤らめて抗議するシオン。でも、僕の頬は、それ以上に赤らんでいたに違いない。


「違うよ、シオン。逆だ!僕は、君が読めなかったことを喜んでいるんだ!」

「え……?どういうこと?」


 至近距離で見つめる彼女の瞳に、またも僕の胸はギュッと締め付けられる。

 痛む胸を押さえながら、その事実をそのまま彼女に打ち明ける。


 これは、僕の告白だ。彼女に、本当のことを伝えるんだ。


「シオン!僕らは同族じゃないんだ。姿かたちはほとんど同じだけど、なんだよ!」

「……でも……でも、これだけ言葉が通じるのよ?」


「それこそ、僕のスキル──呪いの効果なんだ。どんな異種族とでも、意思疎通ができるんだよ、僕は!」


 軽く飛び上がって、もう一度自分のステータスウィンドウを指さす。

 ミミズがのたうち回ったようにしか見えない、解読不能な暗号文のような文字列も、今ばかりは愛おしい。


「その証拠に、君は僕の国の文字が読めない。同族であれば、きっと読めるはずなのに、だ!」

「それじゃあ、今、こうしてあたしと会話してるのは……」


 言いながら、三度自分の口を塞ぐ。

 彼女にかけられた呪い──"異種族殺し"は、彼女と交流したすべての異種族の心臓を握りつぶす。


 その、今も激しく脈打つ自分の心臓を握りしめるように、僕は最後の核心を告白する。


「そう。君と会話するたびに、僕の胸は今にも張り裂けそうなほどに痛んでる。でも、それだけだ。種族が限りなく近いから、君にかけられた呪いも効果が薄いんだよ、きっと!」

「……」


 初めて会った時からそうだった。

 彼女と言葉を交わす度、彼女の笑顔、泣き顔を見る度に。僕の胸は激しく鼓動を刻んだ。

 もちろん、こんな経験生まれて一度だってなかった。初めは謎でしかなかったけど、彼女の説明を聞いて、全てが腑に落ちた。


 そして、そんな僕にしかできないことがある。それこそが、僕がシオンと共に歩む理由だ。


「君は言ったよね。呪いを解くには、異種族の協力が必要だって」


 無言で頷くシオン。その目は、もう一度涙で潤みかけている。か細い肩は、小刻みに震えていた。


「僕は、君を一人にしない。百分の一くらいかもしれないけど、僕には君の抱える苦しみが理解できる。孤独の辛さも、人を死なせてしまった後悔も。なによりもみんなと一緒にいることが好きなくせに、それができない悔しさも……。だから、シオン」


 手を伸ばし、彼女に差し出す。

 これは、契約であり、宣誓でもある。


「僕は、君を一人にしない。必ず、呪いの解き方を見つけ出して、みんなと笑えるようにして見せる!」

「……ツムグ……」


 差し出した手を、シオンは優しく握り返してくれた。


「どうして、会って間もないあたしなんかのために?」

「なんだか、他人の気がしなくってね。それに、呪いを解く方法を見つければ、他のみんなだって元に戻せるかもしれない」


「あたし、世界中の人達から嫌われてるのよ?」

「まあ、僕も似たようなもんさ。ついさっき、唯一の友達からも絶交されたばかりだしね」


「これ以上仲良くなったら、死んじゃうかも」

「うん。だから、打ち明け話は程ほどにしてね」


「あの……その……」

「シオン」


 何かを言葉で埋めようとする彼女を、僕はやんわりと受け止める。


「僕は、文字通り口先だけの男だ。でもこの先、何があっても君との約束だけは破らない。口先だけの男が、言葉を裏切るわけにはいかないからね」

「約束……?」


 シオンの言葉に無言で頷く。

 すると、彼女の目から止めどなく涙が溢れ返る。


「ありがとう。……ツムグ!あたしの、傍にいてくれて……ありがとう……!」

「大丈夫、きっと、二人ならどうにかなるさ」


「こんなあたしだけど、どうかよろしくね」


 同郷異郷出身の異種族だらけのこの異世界で、限りなく遠くて近い僕ら二人の旅は、こうして始まったのだった。



──────


とりあえず、第一部完ということで。

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