第12話 異種族殺し

「大丈夫か、ツムグ!?」


 僕の異変を察して、恭也君が駆けつけてくれた。

 心配そうに、背中を優しくさすってくれる。


 本当に、友達想いの優しい人なんだ。


「どうした!何かあったのか!教えてくれよ」


 その問いに答えられるのは、もちろんこの場に僕しかいない。

 真相を知っているのは僕だけだし。なにより、今、誰かと会話ができるのは僕しかいないからだ。


 でも──


「な、なんでもないよ……」


 口元を拭い、精一杯平気そうな顔で恭也君に笑いかける。

 でもきっと、半面蒼白で無理やり笑う僕の顔は、周囲のみんなを余計に不安にさせただろう。


「スキルの使い過ぎかな?それとも、ここに来る途中で食べた果物が悪かったのかな?とにかく……大丈夫」


 全身全霊を注ぎ、胃の奥からこみ上げる嘔吐間をねじ伏せる。


「……本当かよ……。もし、何かあったんなら、俺たちに言えよな?」

「うん、ありがと」


 ──絶対に、本当のことを言うわけにはいかない──


 もし真実を言えば、恭也君は自分がクラスメイトを手にかけたことを知ることになる。

 そんな残酷なことを、伝えるわけにはいかない。


 ──この秘密は、必ず守って見せる──


 そのためには、僕のスキルの限界をこれ以上みんなに知られるわけにはいかない。

 そうしないと、あの時声を発していなかった二人の存在に、いつかみんなが気付くかもしれないからだ。


 みんなのために、そして、僕自身のために。


 誰にも悟られないよう、僕は秘かに心の内で決意を固めた時だった。



「──ツムグ……?」


 背後から、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。

 振り向いた先に、久しぶりに見る、人型の女性がそこに立っていた。


「シオン……。どうしてここに?」

「待ってろっていうのに、あなた全然帰ってこないじゃない。それに、あんな激しい戦闘音が聞こえてくれば気になるじゃないの」


「そ、そういえばそうだったね。ゴメン」


 シオンの元を離れた時は、まさかこんなことになっているとは思ってなかったんだ。

 一人ぼっちの彼女に、"仲間"を紹介したかったんだけど……。


 どう説明すれば。僕が迷っていると、シオンも同じように困惑し、僕のクラスメイト達を見回している。


「どういうこと……?こんなに大勢の……異種族たちが一か所に集まってるなんて……」


 みんなの姿に、シオンは顔を青ざめさせている。

 無理もないか。僕だって、彼らの中身が元は同じ人間だったと知らなければ、きっと同じように震えていただろう。


「大丈夫。みんな、僕の仲間だよ」

「……っ!?」


 不安がる彼女を安心させようとした僕の言葉に、シオンの顔がさっと青ざめる。

 とてつもなく恐ろしい、呪いの言葉を聞かされたように……。


「どうしたの?シオン──」

「なあ、音鳴!誰だよ、あの娘!?」


 僕の言葉にかぶせるように、風切君が割って入ってきた。

 やたらと色めき立っているみたいで、興奮した口調で


「あんな可愛い娘、どこで知り合ったんだよ?俺にも紹介してくれって!」


 転生しても変わらない風切君のナンパぶりに、少しだけ気持ちが救われるような気がした。

 大丈夫だ。きっと、大丈夫。

 

 転生しても、みんな中身は元のまま。優しくて仲間思いの、僕の大事なクラスメイト達。

 だから、こんな世界に、こんな姿で転生しても、きっと元のように仲良くやっていける。


 シオンとも、すぐに仲良くなれるに違いない。そのためにこそ、僕のスキルがあるんだから──。


「めっちゃ可愛いじゃん。あんな美人、地球にもいなかったぜ!」


 転生して、言葉や文字に関わる機能はすっかり変化してしまったみたいだけど、どうやら美的感覚や視野に関する情報はそのままみたいだ。

 新しいヒントをもらって、僕は少し前向きな気分になった。


「風切君。彼女の名前はシオン。この世界にもともと住んでいた、本当の異世界人だよ」

「へえ!シオンっていうの……か……」


 ズウ……ン……


 僕の目の前で、風切君の巨体がゆっくりと地に伏す。

 翼竜の巨大な体が、糸の切れた人形のように力なく横たわっている。


「風……切……く……ん?」


 何かの冗談かのように、風切君の身体は、それっきり動かなくなってしまった。

 なんだ、これ。どういうこと……なの?


サトル!!」


 悲鳴に近い叫び声をあげ、恭也君が駆けつける。

 

「おい!冗談はよせって……!こんな時に、いきなり死んだふりとか、笑えねえって……」


 翼竜の身体にしがみつき、必死に起こそうと揺さぶっている。

 僕も風切君の身体に触れてみた。


 呼吸が止まり、血の巡りも失せていた。


 理由は分からないが、死んでしまったのだ。何の脈絡もなく、唐突に……。


「おいツムグ……これは、一体どういうことなんだよ……?」


 風切君の身体からゆらりと身を起こした恭也君が、血走った目で僕を睨みつけてくる。

 状況からして、僕が風切君に何かをしたと考えるのが普通だ。


 でも、僕はもちろん何もしていない。

 貧弱な人間の身体と、攻撃性の欠片もないスキルしか持ち合わせていないんだ。


 誓って、僕は何もしていない。やったことと言えば、


「恭也君、落ち着いて!僕は何もしてないんだ!ただ、風切君に彼女のことを──」


 必死に説明する僕の口を、必死の形相のシオンが無理やり塞いだ。


(シオン!?何をするんだ?)


「駄目……!ダメッ!」


 口をふさぐ、シオンの両手は震えていた。

 初めて会った時、彼女が自分の口をふさぐのと同じように。それは、禁断の兵器を封印するような手つきに思えた。


「シオン……!?」

「駄目……!他の人達に、!みんな、さっきの翼竜みたいに死んでしまう!」


 叫ぶと同時に、彼女のすぐ脇にウィが浮かび上がる。


「ここに、あたしにかけられたの説明が書いてあるの。その名は──"異種族殺し"──あたしと交流したあらゆる異種族は、心臓を握りつぶされて死ぬの」

「そ……んな……」


 吐き気すら通り越して、頭の片隅が麻痺したように痺れていた。

 スキルじゃなくて……呪い?それに、シオンにかけられた呪いが、風切君を殺した、だって?


「僕は、風切君──あの翼竜に、君の名前を話しただけだよ?そんなことだけで……?」

「種族が遠ければ遠いほど、軽い情報だけで死んでしまうの。あたしと直接会話するだけじゃなくて、さっきみたいに間接的にあたしのことを知るだけでも……」


「それじゃ、もしかして──」


 脳裏に浮かんだ直感を、僕は咄嗟に口に出してしまっていた。

 それが、どれだけ彼女を傷つけるのかも想像するよりも、先に。


「その通りよ、ツムグ。この世界のほとんどの生物を滅ぼしたのは、あたし。ある日突然降りかかった呪いのせいで、あたしを知るすべての生物は死んだわ」


 なんて……むごい……

 そう説明する、シオンの顔を、僕は生涯忘れることはないだろう。


 笑っていたのだ。泣きながら、全てに詫びながら──

  

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