第11話 級友殺し


「でも、スキル"通訳"っていっても、相手と会話するためには練習、っていうか、調整?みたいなものが必要なんだね。だって、最初にこの森で会った時、もんな」

 

 ……え?


 風切君の最後の一言に、今度こそ僕の背筋は冷たく、じっとりと凍てついたのだった。


「それってどういうこと?最初に会った時、風切君は僕の声を聴いたから攻撃を止めたんじゃないの?」


 さきほど、恭也君に襲いかかっていた風切君のことを思い出す。

 僕は自分の姿を晒して、大声で風切君に戦いを止めるように呼び掛けたんだ。

 でも、風切君はその時、僕が何を叫んでいたのかを理解できなかったという。


「そりゃあ、音鳴が元の姿のままで突然目の前に現れたら、流石に手を止めるでしょ」

「じゃあ……風切君はいつ、僕の声が聞き取れるようになったの……?」


 しばし考えこみ、二人で当時のことを思い出してみる。


 やがて、結論が出た。

 僕が風切君と会話できるようになったのは、僕がだ。


 それまでのことも、それですべて説明ができる。

 恭也君も森谷さんも、僕が話すよりも先に二人の声を僕が聞いていた。


 ここにいるクラスメイト達だって、互いに叫びながら戦っていたのだから、僕が声を聞き取れたのはある意味当然だ。

 ……あれだけ大勢が一斉に叫んでいるのを聞き分けられたのは、僕の耳が特別製だったこともあるだろうけど。


「……」


 僕は再び、無言で自分のステータスウィンドウを睨みつける。

 やたらと多い但し書きの部分には、きっとこんな文言が書いてあるに違いない。



 スキル"通訳"


 あらゆる異種族と意思疎通が可能。


 強化すれば言葉を介さずとも相手の考えを理解でき、相手の意識を操作することも出来る。


 ただし、事前に相手の声を聴く必要あり。

 


「……ねえ、森谷さん」


 カラカラに乾いた声で、僕は森谷さんに再び問いかけた。

 猛烈に嫌な予感が全身を巡っている。


 僕の直感が告げていた、その凶兆の正体を、僕はおぼろげに掴みつつあった。

 とてつもなく恐ろしい予感だ。確認することもおぞましい。正直に言って、真実を知るのが怖い。


 でも、事実を知らないままの方が、よほど怖かった。

 僕は問いかける。


「教えて……。その二人、一体どんな特性を抱えてたの?」

「いいわよ?名前は宗谷君と冴木さん。宗谷君は耳に、冴木さんは喉に障害をもってたわ。簡単に言えば、り、

のよ」

 

 ……!


「音鳴!?」「音鳴君!?」


 強烈な吐き気を覚えて、僕はその場にうずくまった。

 耐え切れずに、その場で何度も嘔吐する。 


「……ハッ……ハッ……ゲエッ……!」

「どうしたんだよ。いきなり」


 森谷さんが慌てて僕の周りを飛び回り、癒しの羽で僕を治そうとしてくれる。

 でも、彼女のスキルは外傷にしか効かないし、そもそもこの強烈な吐き気は病気が原因というわけでもない。


 嫌な予感は、完全に的中した。


 僕は、ここに来るまでに倒してきた魔物──人狼ワーウルフと、巨大な蝙蝠ジャイアントバットの顔を必死に思い出していた。


 人狼が恭也君と戦っていた時、僕はの声を聴く前に話しかけた。

 そもそも、彼には僕の声が聞こえていなかったのかもしれない。


 そしてついさっき。あれだけの乱戦の中でも唯一声を上げなかった生物がいた。

 もしもが声を出せなかったのであればそれも無理はないし、声を聞けなかった相手には、僕のスキルは無力だ。


「……ウウッ!」


 僕は、自分のスキルの特性を完全に勘違いしていた。

 それに気づきもせずに、そして、他にも自分と同じような特性を持った人がいる可能性すらも考慮せず……。

 

 一方的に敵と決めつけて……殺してしまった。


 しかも……


「……グッ!」


 しかも、自分では一切手を汚さずに、


 つまり、僕は友達同士に殺し合いをさせてしまったのだ。

 なんて卑劣で、意地汚い……!


「……ゴメン……なさい……!」


「音鳴!何言ってんだよ?ちゃんと意味の分かる言葉話せって!」

「音鳴君!?しっかりして、苦しいならちゃんと私に教えて!」


 誰にも向けなかった独り言は、誰にも伝わらないものらしい。

 今はもういなくなってしまった級友に、僕は懺悔の言葉を吐き続けた。


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