第10話 スキル"通訳"の限界

「全部で39人、か……」


 騒動が収まるのを待って、僕は一人一人と丁寧に話し合った。

 やっぱり、時間が経ったことでスキルのも鳴りを潜めたらしく、相手の心の声が聞こえるようなこともなくなった。

 逆に、全員といっぺんに会話することも出来なくなったわけで、時間はかかってしまったけど……。


 とにかく、最初に伝えたのが、この場にいるみんなが敵ではないということ。

 敵どころか、同じクラスで学んでいたクラスメイトだってこと。

 恭也君の時みたいに、誰がどんな姿に転生したのかをいちいち説明することができなかったけど、とにかくみんなは納得して、それ以上争おうとはしなかった。


「はあ~疲れたわ……」


 僕の"説得"とは別に、森谷さんには深手を負った人から順番に治癒してもらっていた。

 ほとんどが外傷だったため、彼女のスキルならば問題なく治せるはずだ。


 でも、風切君みたいに大柄な姿に転生した人もいて、そんな彼らの全身を飛び回るのは結構大変だったみたいだ。

 ゲッソリとした様子で僕の肩に座る森谷さんに、僕はねぎらいの言葉をかけた。


「お疲れ様、森谷さん」

「スキル自身はいくらでも使えるみたいだけど、やっぱり長時間飛び回るのは消耗するみたいね」


 「こんな小さな羽から、どうやったらあれだけ大量の鱗粉が出るのかしら?」と、自分のことながら素朴な疑問を口にしている。

 僕のスキルもそうだけど、その辺の仕組みについては考えるだけ無駄なんだろうな、と思うようにしていた。今は、「何故?」よりも「どう使うか」を優先したい。


「なあツムグ。さっきから見てたんだけど、委員長の奴、随分と派手にスキルを使ってたみたいだが、大丈夫なのかよ?」

「きょ、恭也君!?」


 心配そうに僕を、というよりも、僕の肩に座っている森谷さんを覗き込んでいる。

 そういえば、ついさっき森谷さんのスキルは体力を消耗するから、そんなに連続での治療はできないって説明をしたばかりだったっけ。


 そんなことを言ったにもかかわらず、森谷さんがあれだけスキルを連発していたら心配になるのも当然だろう。


「け、結構疲れてはいるけど、大丈夫みたいだよ。森谷さんも、心配してくれてありがとうって言ってる」


 取り繕う僕の言葉に、恭也君は少しだけ不審の目線を寄越した。


ツムグ、オメエ、なんか隠し事してねえか?」

(ギクッ!?)


 さすがの勘の良さだ。恭也君はいつもと違う僕の様子に、なにかを感じ取ったのだろう。

 (まあ、こんな状況に置かれていつもと同じでいられるわけがないんだけど……)


 森谷さんの件だけじゃなない。

 みんなには、僕のスキルの正体を正直に話す気には、とてもなれなかった。


 自分の考えてることを見透かされ、挙句に自分を意のままに操れてしまう。そんな相手と、これから付き合っていこうと思うだろうか?

 昔みたいに、また仲間外れにされてしまうかもしれない。そんな恐怖のせいで、僕は真実を打ち明けることを躊躇ってしまっていた。


「ま、言いたくねえならいいさ。どのみち、俺たちはツムグがいなけりゃまともに会話もできやしねえんだ。疲れたんなら、委員長と一緒に休んでろよ」

「……ありがと」


 どこまでも優しい恭也君に、嘘をついてしまったことを心の中で詫びながら、僕は地面に腰を下ろした。

 

 激しい戦いのせいで、すっかり荒野と化した森の一角。

 そこに、僕も含めて39人のクラスメイトが揃っていた。


 小妖精ピクシーから岩人形ゴーレムまで、大小様々な種族に転生させられ、そして、同じ種族の者は一人としていない。

 ひょっとしたら、同じ種族同士であれば意思疎通が図れるのかもしれないけど、今はそれを確認することはできなかった。


 言葉が通じずとも、どうにか身振り手振りでコミュニケーションを試みる人もいたけど、大きさだけでなく、四肢のサイズや数まで違ってしまえば、そう簡単にはいかないみたいだった。

 やっぱり、僕が間に入らないと。せめて、誰がどんな姿に転生したのかくらいは、みんなに伝えるべきだ。


 そう思って、僕が再び腰を上げた時だった。


「そういえば、あと2人足りないわよね」

「──森谷さん?」


 何気なく零れた森谷さんの言葉に、僕は思わず聞き返していた。


 2


 どういうこと?僕のクラスは、先生を除いて総勢38人。今、この場にいる全員であっているはずだ。


「ああ、音鳴君が知らないのも無理はないわよね。何しろ、高校から入ってきたんだから。うちの高校、学区がほとんど一緒だから、中学のメンバーがそのまま繰り上がることがほとんどなの。不思議に思わなかった?1年生の一学期から、みんな妙に仲良かったから」

「僕は昔からこんなだったから、普通の高校生ってこんなものなのか、位にしか思ってなかったよ……」


 中学までの僕の学校生活は、まさに暗黒期そのものだったから、周囲のみんながどんな交流をしているのかまで気を配る余裕なんてなかったし。

 そう呟く僕をフォローするように、森谷さんは努めて明るく説明を続ける。


「中学の時にちょっと色々あって、ホームスクーリングしている子が、うちのクラスには二人いるの。二人ともとってもいい人で、きっと音鳴君も仲良くなれると思うわ」

「そうだったんだ……。ぜひ、会ってみたいな」


 森谷さんがそう言うんだ。きっと、こんな状態でも、良い友達になれるに違いない。

 どこにいるのかは分からないけど、早く探し出してあげないと。


「二人とも音鳴君と同じで頭が良かったし、ところも一緒だから、きっと気が合うわよ!」

「……え?」


 その言葉に、僕の胸の奥が陽炎のように怪しく揺れた。

 何故そんな気持ちになったのか分からない。いうなれば、僕の直感が、僕の胸を激しく揺さぶったんだ。

 そして、えてしてこういう心の震え方をするときは、ロクなことが起こらない。


 動揺を抑えながら、僕は詳しく森谷さんに話を聞こうとした。

 すると──


「音鳴!周囲を偵察してきたけど、やっぱりこの辺りには他に誰もいなさそうだ。音鳴が来た方は誰もいなかったんだろ?だったら、少しは落ち着いてみんなと話せると思うよ」


 大きな羽をはばたかせて、風切君が偵察の報告をしてくれた。

 お礼を言うべきだったんだろうけど、僕は一刻も早く森谷さんに話の続きを聞きたかった。


 風切君への挨拶はそこそこに、森谷さんに話しかけようとする。しかし、風切君は興奮したように僕にドンドン話しかけてきた。


「しかし、音鳴のスキルがなかったら、と思うとゾッとするよ。ここにいる奴らだって、みんなきっとそう思ってるさ」

「う、うん。そうだね……。それで、森谷さ──」


「転生する直前、恭也が大声で音鳴のスキルのことを叫んでた時なんか、随分なハズレスキルを引かされたな、って可哀そうに思ったけど。そのときは、まさか俺たちがこんなふうになるなんて思ってなかったからね」

「……僕も、そう思ったよ。ところで──」


「それにしても、凄いスキルだよね。どんな異種族とも意思疎通できるんだっけ?たとえば、その辺に生えてる草木とでも、その気になれば会話できるのかな?」

「多分、無理なんじゃないかな。自我、みたいなものを持ってない相手とは会話もできなかったし」


 申し訳ないけど、風切君との会話を強引にでも打ち切らなければ、と思い始めた時だった。

 最後に、風切君はこんなことを言った。


「でも、スキル"通訳"っていっても、相手と会話するためには練習、っていうか、調整?みたいなものが必要なんだね。だって、最初にこの森で会った時、もんな」

 




 ……え?




 風切君の最後の一言に、今度こそ僕の背筋は冷たく、じっとりと凍てついたのだった。

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