第9話 スキル"通訳"の正体


 戦いを止めてほしいという、僕の願いはかなった。

 

 きっと、それは健気に祈り続けた僕に対する、女神様の慈悲。




 ──なんて、生易しいものではなかった。




 神の所業には違いない。だから、近しい表現を探してくれば、"天災"という言葉が一番しっくりくる。

 なぜなら、『止まれ!』という僕の叫びは、その場で戦っていたみんなの動作を文字通りピタリと止めてしまったのだ。


 攻撃・防御・回避。あらゆる動作を強制的に中断させられた姿勢のまま、まるで時が止まったかのようだった。


「……!」


 そして、凍り付いた姿勢のまま、皆が驚愕の視線を僕に向けていた。

 どういう理屈なのかは分からないが、とにかくほとんどの人に僕の声が届いたということなのだろう。


 みんなの視線が僕に集中している。

 その視線にどんな感情が混じっているのか。それを想像するよりも先に、僕にはまだやらなくてはいけないことがあった。


 幸い、みんなが僕を見てくれているおかげで、"犯人"を特定することは簡単だった。


 僕の叫びに反応しなかった、唯一の存在──巨大な蝙蝠ジャイアント・バットを指さして、叫ぶ。



 ──そいつを、やっつけて!みんなを操っていた、悪い魔物だ!──



 この世界に元々存在していた魔物には、どうやら僕のスキルが通用しないらしい。

 そもそも、やつらには自我というものがないのかもしれない。自我がないのだから、意思疎通を図ること自体が不可能だ。

 でも、そのおかげで僕はみんなに紛れ込んだ敵を探すことができたのだ。


 何故バレた!?と言わんばかりに、蝙蝠は動揺を隠しきれずに周囲を見回している。でも、今更逃げようとしても手遅れだ。

 破れかぶれなのか、全身から超音波を飛ばす。おそらく、あれでみんなのことを操っていたに違いない。

 でも、僕の声が届いた後では効果はなかったようだ。



 これだけの数に囲まれていては、ひとたまりもなかった。

 なす術もなく蝙蝠は退治され、悲惨なクラスメイト達の殺し合いは幕を閉じた。


「みんな!無事でよかった!」


 ざっと見まわしても、ケガ人こそいるけど力尽きて倒れている人は一人もいない。


 理由はさておき、僕の願いはかなったのだ。大事なクラスメイト達を、守ることができたんだ!

 僕は、ほっと胸をなでおろした。 


 すると──


「……さっきの、一体どうしたんだ?」


「急に音鳴の声が聞こえたかと思ったら、体の自由が効かなくなったんだけど」


「とおもったら、今度は蝙蝠に襲いかかったし。なにこれ、気持ち悪……!」


「ていうか、どうして音鳴君だけ元の姿のままなの?」


 凍り付いた時が動き出したかのように、みんなが一斉に話し始める。

 こちらを向き、思い思いの声を上げるみんなの姿を見て──


 僕の背筋はゾッと凍えた。


 皆が口にしているのは独り言だ。

 恭也君たちがそうだったように、異種族同士での会話ができないのだから当然だ。

  

 僕が冷や汗をかいたのは、そこじゃない。

 こちらを見ているみんなの顔。それが原因だった。


 


 誰一人として、のだ。





 つまり、僕に届いているみんなの声は、耳で聞こえた肉声をスキル"通訳"が変換したものではない、ということだ。

 加えて、皆は口々に自分の意思とは無関係に体が動いた、と言っている。


 視界の隅で浮かんだままのステータスウィンドウに視線をやる。

 やたらと但し書きが多いとされていた僕のスキルの説明欄。今なら、そこにどんなことが書いてあるのか想像できた。


 スキル"通訳"。おそらく、その正体は──


 読心サトリ そして 精神支配マインドコントロール


 視界がグラつくのが分かった。

 あの女神、なんてスキルを僕に授けるんだよ……。


 おそらく、このスキルは僕が強く願わない間は、表層意識の発言──つまり肉声を翻訳する程度で収まっているんだろう。

 その証拠に、次第にみんなの心の声が遠ざかっていくのが分かる。


 しかし、ひとたびチャンネルがつながれば、相手が何を考えているのか筒抜けになるし、僕の指示通りにみんな動いてしまうのだろう。

 なんてぶっ壊れスキルだ……。こんなの、僕に使いこなせるとは思えない。


 このことは、みんなに黙っておこう。


 とにかく、今はみんな無事に再会できた。そのことを喜ぼう。


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