第7話 言葉の壁
「ねえ、音鳴君。本当にその蜥蜴が火口で、竜が風切君なの?」
「ええと……そう思うのも無理ないけど、とにかく今は信じてほしい」
ひょっとして、新しいクラスメイトと合流するたびこのやり取りを繰り返す羽目になるのでは?と思ったが、そんなの些細な問題だ。
差し迫った問題を、僕は一人一人に別の言語で説明することにした。
「どうやら、僕らはそれぞれ異なった種族に転生させられたみたいだ。そして、異種族同士ではコミュニケーションできない、ってことでいいよね?」
改めて3人に確認してもらったが、やはり、みんなてんでバラバラの言語で喋っているらしく、全く意思疎通ができていない。
「さらに厄介なのは、この世界にも先住民──僕ら転生者以外の生命体の生き残りもいて、そいつらは僕ら転生者と同じく多彩な種族で構成されている」
森谷さんの顔をよく見てみると、少しだけ前世の名残が見られる。小妖精は、それなりに人間型に近い姿をしていた。
でも、恭也君は結構、そして風切君はそれよりもさらに、人型からかけ離れた容姿をしている。
それに比べれば、森谷さんを襲っていた人狼の方がまだ人型に近い。つまり、容姿だけで転生者か否かを判断することはできないということだ。
「そして、その先住民……あえて
僕の説明に、みんなは一様に青ざめていく。
特に、恭也君は深刻に見えた。彼は、見かけ以上に繊細で仲間思いだから、もしもそんなことが起こったら、と考えただけで気分を悪くしたに違いない。
「どうにか、言葉以外でコミュニケーションをとる方法はないのかしら?」
「そうだね。……なにか、いい方法はないかな?」
「そうだ。例えば、文字とか……あ……!」
提案してすぐに、風切君が気まずそうに声を切った。僕が識字障害だってことを思い出したのだろう。
でも、その提案はとても魅力的だ。僕には無理でも、他の人ならあるいは。
「ねえ、恭也君。試しに自分の名前を地面に書いてみてよ。僕には読めなくても、他の二人には伝わるかも」
「……そうか!声がだめでも、文字なら……!」
爪先を器用に使って、恭也君が僕には認識できない不思議な記号を地面に書き始める。
それを覗き込む二人の様子を、僕は祈る様な気持ちで見つめていた。
やがて、二人は──
「駄目だ。何を書いているのか、全然読めなくなってる」
「きっと、コミュニケーションに関わる脳の機能みたいなものが、種族に合わせて丸ごと書き換えられちゃってるんじゃないかしら」
ため息をつく3人。でも、僕はもう少し抗ってみることにした。
「種族ごとの文字は読めなくても、ひょっとしたら前世で使っていた文字なら読めるかも……!」
そういって、ポケットに入っていたスマホを取り出す。
この時ほど、前世の姿のまま転生させてくれたことを感謝したことはない。
泥でぐちゃぐちゃになった上履きに文句も言いたくなったが、この世界でスマホが使えることのメリットに比べれば……!
電波は当然圏外だけど、他のアプリなら──
適当なアプリを立ち上げて、そこに書かれている文字を見せてみる。
しかし、皆のリアクションは変わらなかった。
「じゃ、じゃあこれはどうかな?」
僕はめげない。みんなの意思疎通をスムーズにすることは、僕に課せられた使命なんだ。簡単にあきらめるわけにはいかない。
転生直前に見せられた、怪しげなステータス画面を呼び出す。
「この文字は女神が僕らに読めるように細工してあるかもしれない。……どう?読めたりしないかな?」
恐る恐る、自分のステータスウィンドウををみんなに見せる。
みんなも念のため、自分のステータスを呼び出して確認してみたが、結果は同じ。もともと備わっていた日本人としての言語機能は、丸ごと上書きされてしまったようだ。
……駄目……か……。
落ち込む僕を慰めようとしてくれたのか、僕のステータス画面を覗き込んだ風切君が変なことを言い出した。
「なあ音鳴。お前のスキルの説明文って、俺たちのと比べて随分長くない?」
「え……?」
「確かに、そうだな。俺たちのスキル説明って大体2~3行で終わってるんだけど、
「なんていうか……"但し書き"みたいな感じ?健康食品のCMとかによくある『ただし、効果には個人差があります』みたいなニュアンスを感じるわ」
どうして読めもしない文字からそんな情報まで読み取れるのかは謎だけど、言われてみれば確かに異常に長いな、僕のスキルの説明文。
どんな種族とでもコミュニケーションとれるってだけのスキルに、そんな注釈が必要だとはどうしても思えないんだけど。
まあ、今となっては誰も読めない文字になってしまったんだから、気にしても仕方ないんだけど。
そんな他愛もないことを僕が考えていると、
「あ、音鳴君。ケガしてるじゃない!」
森谷さんに言われて気付いたけど、森の中を走った時に枝でアチコチひっかいたみたいだ。
小さな裂傷からうっすらと血がにじんでいる。
「大変!バイキンが入って化膿しちゃうかも!私に任せて」
そう言うと、森谷さんは軽やかに宙を飛び、僕の傷口の周りを優しく羽ばたいた。
羽についていた鱗粉が、暖かな光を帯びて僕の傷口に吸い込まれていく。
「すごい、痛みがあっという間に消えた……!ありがとう、森谷さん」
「これが、私のスキル──"癒しの羽"。自分のケガは治せないみたいだけど、外傷だったらどんなケガでも治せるの」
自慢げに胸を張る森谷さん。
委員長らしい、とてもやさしいスキルだ。
「なあ、
恨めしそうな目で僕を睨む恭也君。
そういえば、恭也君って森谷さんが好きなんだったっけ。
「ねえ、恭也君にもそのスキルつかってあげなよ。僕なんかよりよっぽど深手だし、それにあの傷、森谷さんを庇ってできたんだから、さ」
僕がお願いすると、
「あ、あんな馬鹿のケガなんかほっとけば治るのよ!ゴッツイ見た目してるんだし、男の癖にメソメソいうんじゃないの!」
「だから森谷さん、今の時代『男の癖に』は止めといたがいいよ」
顔を赤らめてそっぽを向く森谷さんには、僕の説得は通じないらしかった。
「おい、委員長に俺のこと言ったのか?どうして、俺のケガは治してくんねえんだよ!?」
「……森谷さんのスキルは結構体力を使うみたいだから、もう少し後にならないと使えないんだってさ。ゴメン、って彼女も謝ってたよ」
……この時ばかりは、僕も本当のことを言う勇気はなかった。よかったよ、みんなの言葉を理解できるのが僕だけで。
とにかく、この場をどうにか言い繕おうと僕が口を開きかけた時、
轟音が、大地を揺らした。
「なんだよ!?」
とてつもない音。もはや空気を揺らす衝撃波と呼んだ方が良いかもしれない。
前世では聞いたことのないような大音響が僕の全身を打ち鳴らす。
土埃の匂いと青臭いプールみたいな匂いが、強風に乗って僕らの背中を駆け抜けていった。
どう考えても、自然現象ではありえない。
──戦っているんだ。きっと……誰かと、誰かが……!
「行こう!今度のは、今までの比じゃない。きっと、大勢が戦っているんだ」
僕がそう呼びかけるまでもなく、皆、決然とした表情で立ち上がっていた。
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