第5話 スキル"通訳"

「化け物はあそこだよ!」


 指し示したのは、頭上だった。


「……飛行竜ワイバーン……!」


 巨大な両翼で優雅に羽ばたき、こちらを見下ろしているのは、今まで見たこともない程に巨大な飛行生物だった。

 確かに、恭也君が化け物と呼んだのもわかる。リザードマンはいわゆる亜人──人型の体型を持った生物だけど、あれは完全に魔物──モンスターと呼んでも差し支えない、完璧な異形だった。


「あいつが空から見えない風の刃で襲ってきやがんだよ。俺のスキルを当てようにも距離が足りねえ。しかも、風に煽られて火の勢いがトンでもねえことになりやがるし……」


 さっきからの爆音はそういうことだったのか。

 確かに、空を飛んでいる相手では、あきらかな近距離スキルでは太刀打ちできない。


 しかも、スキル同士の相性もあって、火の加減も出来なくなっているのだろう。


「……!」


 そこまで考えて、僕はとんでもない誤解をしている可能性に気づいた。

 今も恭也君は、飛行竜から僕を庇うように体を覆ってくれている。でも、ひょっとしたらそのことが事態を余計にややこしくしているかもしれないのだ。


「あの野郎……!今度は近づいて、確実に当てに来るつもりみてえだな。いいよ、もっと近づけ……。せめて一発カウンターを喰らわしてやる……!」


 悲壮な決意を口にする恭也君の身体を押しのけたかったが、非力な人間の身体ではどうしようもなかった。

 説明する時間も惜しかったが、やむなく僕はこう叫んだ。


「恭也君!僕をあの飛行竜が見えるようにして!」

「何言ってんだ!そんな危険な真似ができるか!俺と違って、おまえのヤワな皮膚なんか一発で斬り裂かれちまうぞ」


「違うんだ!そんなことよりも、が起きてるんだよ!それは、この世で一番恐ろしいことだ!」


 困惑する恭也君を無理やり説き伏せ、僕はようやく視界の開けた場所に立つ。

 視界の中にはっきりと空飛ぶ竜の姿が見えた。そして、それは向こうも同じだろう。


 殺意を持ってこちらに降下してきたはずの飛行竜の視線に、戸惑いが走るのを僕は見逃さなかった。


 女神から授かったスキルというのが、一体僕のどこに宿っているのかは知らない。でも、とにかく今は自分の直感と、スキルを信じることにした。

 荒れ狂う風にかき消されないように、大声でこう叫んだ。


「僕は地球から転生してきた、音鳴紡だ!君の……を教えてくれ!」


 ついさっき、僕は恭也君の説明を聞いてこう考えた。


 ──の相性もあって、火の加減も出来なくなっているのだろう──と。

 

 直感でしかなかったが、相手にもスキルが備わっていて、それでこちらを攻撃しているとしたら……。

 もしもスキルが、転生者にのみ授けられたものだとしたら……!


 僕の破れかぶれの賭けは、空中で急停止する飛行竜という、とても珍しい現象を目撃することで成功を見たのだった。






「なあ、ツムグ。本当にこいつが悟──風切カザキリサトルなのか?」

「……多分、間違いないと思うよ。声も生前と一緒だし」


「ねえ音鳴。あれが本当に恭也なの?全然昔の面影がないじゃん」

「……同じことを、たった今、恭也君にも言われたよ……」


 今僕らは、二人の喧嘩でできた広場の中心に座って話している。

 地面に降り立った風切君は、身長4メートルはある巨体だった。翼竜らしい、細長い首をもたげて、僕らの会話に文字通り首を突っ込んでいる。


「なあツムグ。悟はなんて言ってんだ?」

「……恭也君と同じ質問だよ」


 3人での会話を始めてみて分かったけど、このスキルは本当に"通訳"しかできないみたいだ。

 二人から同時に話しかけられても理解はできるけど、二人に同時に話しかけても理解してくれない。

 スイッチを切り替えるように、話しかける相手を固定しないと僕の言葉は伝わらないらしかった。


 恭也君に話しかけている時の僕の声は、風切君には全く意味不明の言葉に聞こえるらしく、風切君と話しているときの言葉も同様みたいだ。

 思ったよりも不便なスキルかもしれないな……。


「でも、やっぱり信じられないな。さっきから音鳴を通して会話してるけど、本当に相手が恭也だって確信が持てないよ。こう言ったら失礼だけど、音鳴が適当に口裏を合わせていたとしても、俺にはそれを見抜くことはできないから」

「確かにそうだね。それじゃあ、僕が知りえない、君たちだけの共通の話題みたいな質問をしてみたらどうかな?」


 僕の提案に、しばらく風切君は考えこんだ。やがて、


「じゃあ、そいつにこう聞いてみてくれ。『お前が委員長に告白した時、なんて言って振られた?』ってね」

「ええっ!?」


 なんてことを聞かせるつもりだよ!?そんなこと聞いて恭也君が素直に答えるわけないじゃないか。

 ていうか、恭也君、森谷さんのことが好きだったのか……。


「ねえ、もうちょっと僕が聞きやすい質問に変えてくれないかな?君たち親友なんでしょ?もっと他にもあるはずだよねぇ」

「なーんだ。音鳴って保守的なんだ」


「ていうか、こんな異常時にそういうセンシティブな話題をぶつけないでよね……」


 結局は二人だけで最後に遊びに行った場所を聞いて誤解は解けた。

 まずはとりあえず、三人とも頭を抱えてため息をつくことにした。


「あの女神とか言う奴……マジで何してくれてんだよ……。俺をこんな姿に変えやがって……」

「恭也なんかまだいいよ。俺なんか指すらないんだから。こんなんじゃ女の子と手も繋げないよ……」


 二人そろって、うらやましげな視線を──硬質的な瞳でも、何故か僕にはそう感じられた──僕に向け、全く別の言語でこう語りかけてくる。


「「いいよな、ツムグ/音鳴は。一人だけ人間の姿のまんまで」」


 いや、僕だって望んでこうなってるわけじゃないんだけど。

 そう言い訳しようにも、そもそも二人同時に話しかけることができないんだから質が悪い。


 おそらく、僕らの容姿にこれだけの違いがあるのにはきっと理由がある。


 恭也君のスキル"火の爪"は、頑強な鱗と鋭い爪を持った生物でなければその真価を発揮しない。人間の姿のままでスキルを使おうものなら、きっと皮膚が大やけどを起こすに違いない。

 風切君のスキル"風の刃"は、大きな翼で風を巻き起こせる飛行竜でなければ大した威力にならない。もしも僕がそのスキルを使ったとしても、息を吹きかけても焚火すら消せないだろう。


 そして、僕のスキル"通訳"には、複雑な言語を聞き取れ処理できる耳と脳。そして、繊細な発音が可能な口を持つ人間の姿が最も相応しいということなのだろう。


 もっとも、あの女神のことだから、姿かたちを適当に決めてからスキルを与えた、とか言っても不思議ではないんだけど……。

 いろいろ考えた挙句、僕はこう答えることにした。


「でも、きっとこの様子だと、他に転生したみんなもそれぞれ個性的な姿になってるんだろうね……」

「「……」」


 二人とも、これには沈黙するしかなかった。

 もしも、というかかなり高い確率で、今の二人と同じような衝突がこの異世界のあちこちで起こるに違いないんだ。


 そう考えると、僕の"通訳"ってとんでもなく貴重で重要なスキルなのかもしれない。

 


(……この時の僕は、自分のスキルの芯の恐ろしさを全く理解していなかったのだった……)

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