第8話「お昼休み」
学校にギリギリで登校してきた俺たちは校門で認証をして何とか間に合った。
「お兄ちゃん、ギリギリでしたね」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
ほぼコイツのせいなのに他人事なのが凄い神経をしているな。俺は朝早くから起きてあまり美味しくない朝食を食べて起きてくるのを待っていたのに一向に起きてこないから……やめよう、恨み言を言ったって虚しくなるだけだ。日和にぶつけたって無視されるのがオチだしな。
「間に合ってよかったぁ……」
朝霧もなんとか間に合ったようでゼエゼエ息をしながら立っている。
「なんとか一年生三人全員間に合ってよかったよ」
俺がそう言うと朝霧はなんだか恨めしげな視線を向けてきた。なんだよ? 俺も日和もお前が遅れたのには関係無いだろう?
「はぁ待ったのは失敗だったかなあ……」
「「??」」
何か朝霧がつぶやいたので俺と日和がそちらを見たが、それ以上何も言うことは無かった。よく分からないが黙っておきたいことのようで、そっぽを向いてしまったのでそれ以上は聞かなかった。
「さて、教室に行くかな」
「そですね、早いところお兄ちゃんとクラスメイトの前でイチャイチャしたいです」
不穏なことをいう日和に俺は見も蓋もないことを言う。
「クラスメイトの前っていま一年生は全員揃ってるんだが?」
俺、日和、朝霧、これで今年の入学者は全員だ。これ以上誰に見せつければ満足するのだろうか? なんだか気候操作されているのに寒い風が吹いたような気さえした。スカスカの教室に三人で机を並べるのが学校だ。まさか一クラスに四十人もいたような時代を夢想していたとでも言うつもりだろうか?
「そ……それもそうでした。お兄ちゃんと朝霧さんしかクラスメイトは居ないんでしたね」
寂しいかもしれないがそれが事実であり、物好きが三人しかいなかったということだ。
「私は二人もクラスメイトがいて嬉しいかな!」
「まあ地方じゃ学校に一人とかもあるらしいし三人いれば十分すぎるだろ」
俺たちはめいめいにフォローをした。日和は青春というものに憧れていたのか現実を突きつけられて凹んでいた。
「しょうがないですね、お兄ちゃんがいてくれるだけでよしとしますか……」
「私は!? ねえ私は!?」
フォローをしたのにしれっとカウントされなかった朝霧は不満そうだがなんとか教室に向かうことになった。
『皆さん、本日より高校生です。勉学に励むよう……』
予想はしていた。この町に教師志望なんて物好きが都合よくいるかどうかなんて考えれば分かりそうなものだ。俺は機械音声のホームルームを受けながら一通り準備を進めた。
『それでは授業が始まりますので頑張ってください』
そこからはあきれるような授業が繰り広げられた。人材がいないときは収録済みの授業を流す映像授業。そして珍しく人のやる授業を受けられるかと思ったら別の地方で手の空いた教員がリモートで授業を始めた、結局、午前中に人間が教壇に立つことは一度も無かった。
『お昼休みになりました、皆さん休憩の時間です』
「休憩か……」
「ご休憩ですね!」
「日和さあ、ただの昼休みのことをご休憩って呼ぶのやめないか?」
不穏なんだよなあ……コイツ本当にご都合主義で生きているよなあ。
「二人とも、普段の生活には干渉しないけど学校では控えなさいよ?」
ほらみろ、朝霧がド正論で突っ込んできたじゃないか。いや、普段の生活ならセーフなのかということも十分に怪しいところだと思っているのだがな。
「朝霧さんに私たちの関係に関わる権利はありませんよ。お兄ちゃんを何年前から愛していると思っているんですか」
その言葉を聞いて、はて、一体何歳から日和に愛されていたのだろうかと考える。いくら考えても俺の貧困な記憶力ではその末端まで探っていっても、もう既に日和が俺にベッタリだった記憶しか残っていない。
「はいはい、ブラコンなのもいいけど押しつけるのはやめなさいよ?」
それだけ言って朝霧は学食の方へ向かっていった俺はカバンに入っていた固形食料を取りだして封を開けた。
日和も見れば栄養ジュースの缶の蓋を開けている。
「こういう時は手作りのお弁当が鉄板なんですがねえ……」
「そんな食中毒の危険性のあるものがこのご時世に許されるわけがないだろ」
食材は調理後すぐに食べなければならない基本的なルールだ。どうしても弁当が必要な場面になったときは滅菌済みの食料を自販機で代わりに買ってくる、そういう決まりになっている。
いや、昔の弁当という文化は知っているが、安全性と引き換えに失われて久しいものだ。そういったものは危険物としてもったいないという言葉も無視して廃棄される決まりになっている。
朝霧だって滅菌済みの食料か、加熱調理されたばかりの食事を食べにいったのだろう。そういう合理的なことが出来るやつだと信じている。
「仕方ないですね……私がお昼ご飯を買ってきますのでお兄ちゃんは教室で待っていてください」
そう言う日和を呼び止めて俺は言う。
「いや、そんなパシリみたいなことしなくても一緒に買いに行けばいいだろう?」
「いえ、お兄ちゃんは教室で待っていてください」
「何でだ?」
俺がそう尋ねると日和は静かに首を振って答えた。
「お兄ちゃんがここで待っていてくだされば朝霧さんは食べにいっているので二人きりの昼食が確定しますからね。お兄ちゃんが一緒に行ったらその場の空気に流されて『一緒に食べていかない?』とかいう誘いに乗りそうなので用心のためです」
そう言ってサッと教室を出て行った。俺は一緒に昼食を食べることの何が悪いのかは分からなかったが、アイツ的にはアウトな行為なのだろうということだけは分かった。これからの学校での食事は二人きりになるのだろうか? せっかく大勢――といっても十人だが――が一緒に勉学に励んでいる高校というコミュニティに入ったのにな……少しだけもったいないような気もした。
そもそも栄養としては十分に摂取したのだからこれ以上食料を買ってくる必要もないだろうと思うのだが、日和にとってはそれも高校生活の楽しみの一つなのだろう。俺にはよく分からないが価値観というのは人それぞれだからな。
そんなことを考えながら通信端末を起動する。古来、学校に電子器機を持ち込むことが禁止されていたらしいし、時代の変化に追いつくべきなのだろうな。俺と日和の関係性も変化するのだろうか? それを考えると世の中の変化に取り残されていると言うよりも、自分が逆行しているという方が正しいのだろう。
まとまりのない考えにモヤモヤしていると、日和が購買から帰ってきた。
「お兄ちゃん! 焼きたてパンを買ってきました! さあ食べましょう!」
そう言ってカツサンドとカレーパンをポンと机の上に置く日和。焼きたてと言うだけあって香ばしい香りが漂ってくるし、手に取ってみるとぬくもりを感じるものだった。
「日和はどっちにするんだ?」
「どっちでもいいですよ、お兄ちゃんが好きな方を選んでください」
「じゃあカツサンドを貰おうかな」
「ではどうぞ」
俺はカツサンドを受け取り噛みちぎる。脂身がほぼ無い健康的な味がした。美味しいかどうかについては間違いなく脂身があった方が良いだろうとは思う。それもこれも高校生から健康的な生活を送れるようにという配慮だろう。それを否定したいところだが、人口の減少が許されない現代においては仕方のないことだろう。
「お兄ちゃん、カツサンドも気になるので一口ください」
「別にいいが……だったらカツサンドが欲しいって言えばよかったのに」
「それだとお兄ちゃんの食べかけをシェアするという恋人チックなことが出来ないでしょう? 雰囲気というものを考えてください!」
本能のままに生きている日和に論理的な議論は無理だなと諦め俺はそうそうにカツサンドをさしだした。代わりに日和からカレーパンを渡される、これを食べろということなのだろう。昔のデータで閲覧したときにそういうのにドキドキする時代もあったのだと知っているが、日和がそれを知っているのかどうかは分からない。案外、本能でそれを思いついただけなのかもしれないな。
日和は俺のカツサンドを受け取るとモグモグとよく咀嚼しながら食べていった。肉を喉に詰まらせないよう軟化加工がされているのでそれほどよく噛む必要も無いはずなのだがじっくり味わって食べていた。カツサンドがそこまで好きなら始めから選べば良かったのにというのも野暮だろう。
俺は日和から渡されたカレーパンを適当にかじりながら次は当分登校日が無いんだよななどと考えていた。人材不足は甚だしいようだ。
「お兄ちゃん、カレーパンはいかがでしたか?」
「美味しかったよ。人間の食べ物だと思った」
旧世代のものだと口さがない連中は言うだろうが実際美味しいのだからしょうがない。固形の栄養ブロックやゼリードリンクよりはずっと食べ物らしい食べ物だ。
「私が食べたんですから人間の食べ物に決まっているでしょうに……というかお兄ちゃんは不健康すぎますよ! もっと長生き出来るような食事を心がけてください!」
俺は日和のお説教を適当に聞き流して口の中に残っているカレー味を水で胃に流し込んだ。美味いものはこういう雑な食べ方をしても美味いのだから恐れ入る。
「俺はそんなに長生きを望んでいないからな。美味しいもの食べて楽しいもの楽しめればそれで十分だよ」
すると日和がスッと目を細めて言った。
「お兄ちゃん、相手が私だったからいいですけど、その発言は矯正させられる可能性もありますよ? 程々にしてくださいね?」
「……悪かったよ」
そう、死ぬことが許されない社会では安易に死ぬことを受け入れてはならない。それは最後まで抗ってどうしようも無くなって最後に出来るだけ引き延ばしたあとで選ばれる行為だ。進んで命をすり減らすようなことを言うのは社会規範に反する。
「しかし美味しいものだな……これも高校生の特権か……」
「ですね、無職でも生きていけますけどこういったものを食べていると生きてるって感じがします」
おや、日和も同意見か。
「日和の作った料理も好きだがいつでも食べられるわけじゃないからなあ……」
俺が何気なくそう言うと日和がその発言に食いついてきた。
「ほほう! お兄ちゃんは私の手料理もなかなか評価してくださっているようですね!」
「そりゃま、美味しいからな」
日和は『ふむふむ』と生徒手帳にメモをし始めた。そんな重要な発言をしたか? 何気ない世間話しかしてないと思うんだが。
「お兄ちゃんの好みは参考になりますね、これからも登校日はメニューの参考にさせて頂きましょう」
おいおい……そんな昼食のメニューを参考にされても困るんだがな。そもそもただ単に普段食べる機会のない物を食べられてよかったと言うだけの話だぞ。それはメモを取るほど重要な情報じゃあないだろう。
「そんな情報に価値なんてないだろ。まあこのご時世で価値ある情報なんてほとんど無いけどさ」
ああ素晴らしき情報公開、死海レベルの透明性で情報を公開してくれる政府に任せておけばなんら問題は無いだろう。俺の個人的嗜好などはさすがに調べられないが、それでもそう言った『くだらない』情報以外は調べようとすれば調べられるのにな。
「お兄ちゃんの好みは最優先されますからね! 体に悪いとか言っている場合じゃないんですよ!」
都合のいい日和の理論にはあきれたが、別に誰かに迷惑をかけたわけでもないのだから問題あるまい。その情報を手に入れたところで食事に俺好みのものが少し増えるだけだろう、それに何の不利益も無い。
「自分の好みは無視するのか?」
俺は食べ物の好みでは日和と相違しているところが結構あると思うんだが、俺の方に寄せるという方針でいいのだろうか? 俺の事を考えてくれるのは嬉しいが自分のこともしっかり考慮して欲しいものだ。
「それにしても購買でお茶も売ってないのはゲンナリしますねえ……」
俺の言葉を無視して日和は言った。
「まあ水以外のものは大抵体に悪い物質が多少なりにも含まれてるからな」
「そうはいっても人間が八十年お茶を飲んでいても平気で生きていたんでしょう? 細かいこと気にしすぎじゃないですかね」
一理あるのだが時代を恨んでくれ。俺にはどうしようも無いことだし、そういった嗜好品を学校で売るとそれ目当てに来る連中が増えてしまう。学ぶ気のない連中を排除するためにも仕方ないことなのだろう。
「お兄ちゃん、夕食の希望と買ってありますか? この微妙に満たされない料理よりずっと美味しいものを作ってあげますよ」
とは言ってもなあ……どうしても物資には限界があるしな。
「じゃあ卵サンドでも作って貰おうかな」
「任せてください! お兄ちゃんがあっと言うような卵サンドを作りますよ!」
そうして勉学にはろくに身が入らず、そのまま午後は過ぎていった。そうして放課後。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます