第3話「入学式」

「さて、学校に着いたわけだが……」


「同級生……いないわね」


「ヨシ! お兄ちゃんと一緒に授業が受けられますよ!」


「日和ちゃん!? 私もいるからね?」


 学校について早々、人口の減少がよく分からされてしまった。上級生が七人、俺たちを含めて十人だ。少子化もここまで来れば結構なものだと思う。


「ところで日和、まさか二クラスもあるかと不安になってたのか?」


「まあ……ほんの少しだけ」


 妹の現実を知らない様子に唖然としそうだった。ほとんどの国民が自宅に回線を引いて通信学習をしている時代に登校する物好きがそんなにいるはずもないだろう。クラス分けの表には三人一クラスしか書かれていない、むしろ何故こんなものを用意したのかと疑問に思うほどだ。


 どうしようも無い現実にかける言葉も無いが、少子化対策に銀の弾丸なんて都合のいいものはないのだろうなと思った。もっとも、銀の弾丸を撃ち込むような人類の脅威など存在しなかったわけでもあるがな。


「浅葱、日和ちゃん、早いところ入学式を済ませましょう」


「そうだな」


「それもそうですね」


 そして俺たちは三人で体育館に行き大きなスクリーンに映るアバターによる挨拶を受けていた。


「皆さんはこの良き日に我が校の生徒となれたことを大変喜ばしく思います。皆さんが人類という種の維持に尽力してくださることを私は心より信じています」


 種の維持って……高校生に課すような義務ではないだろう。そりゃあ人間の世界も終わりつつあるってものだな。それでも人類が地球の種の頂点に立っているのは驚くべき事ではある。人間を滅ぼすのに兵器は必要無いというのは北風と太陽の寓話を思い出させるものだ。前時代の寓話は未だにしっかり通用するようだな。


「それでは皆さん、勉学と恋愛に励んでください、応援していますよ」


 それで校長の挨拶が終わった。よくここまで人格をシミュレーション出来ているなと感心する。ちなみに全校生徒十人が入学式で顔をあわせたわけだが、その中で校長の話を聞いているものはいなかった。所詮AIなので話を聞かなくても心が傷つくような人はいないということは理解しているのだ。


「今年の新人は三人か……」

「ていうかいたのね……このご時世に」

「豊作だろ、数年前はゼロの歳もあったとか……」


 上級生たちは口々に歓迎の言葉を述べてくれている、単なる好奇心のような気がするのは絶対に俺の気のせいのはずだ。


「小町兄妹! さっさと教室に行くわよ」


「はいはい、行きますかね」


「しょうがないですね……お兄ちゃん、手を繋いでください」


「お前なぁ……」


 妹の我儘を聞くのも兄の甲斐性なので日和の手を握って体育館を出ようとしたところでスピーカーから音声が流れてきた。


「新入生の小町日和さんと小町浅葱さんですね」


 ホラ見ろ怒られた……


「大変いいことです! 我が校は男女交際を積極的に支援していますのでお困りの際は保健室へご連絡ください」


 止めないのかよ……いや、そういうのを推奨していることは知ってたけどさ、いざ堂々と宣言されると困るな、普通に高校生の男女交際を推奨するというのが人類の末期感を演出している。普通はそんなもの建前上は止めないのだろうか? そう思ったが、体育館の隅に置いてある時計だと思っていたものが人口計であることに気がついた。しょうがないな、そういう時代に生まれついた人間の宿命だ。そして体育館から出ようとした時に人口計が一増えたのを見て人類はまだ生きようとしているのだということを感じた。


「お兄ちゃん! 歓迎してくれていますよ、やりましたね!」


「いや、普通に不健全なんじゃ……」


「よほど人類が滅ぶと困ると見えるわね」


 三者三様の反応をしながら教室に向かった。高校は義務教育ではない、正確に言うと教育を受けるのは義務だが自宅学習者がほとんどだ。今時物理的な校舎に通うものは少ない。つまり必要以上のサービスということになる、そこに割くリソースは必然少なくなるわけだ。


「皆さんは本日から同級生です、仲良く勉学に励み人生の素晴らしさを味わい、それを世に広めてくださいね」


 ディスプレイに映るアバターがそう語りかける。教師という職業のほとんどがAIにとって変わり、いじめ問題などという前時代的な問題のほとんどは人口の減少に伴いいじめる相手が存在しないということになってしまった。いじめたところで自宅学習に逃げられるし、自分以外ほぼ校舎に通っている人がいないのに数少ない仲間をいじめる人はいなくなり自然消滅した。というわけなので教育は機械に任せてしまえばいいだろうと考える人がほとんどだ。


「相変わらず省力的ね」


「そんなもんだろ? 今時教師目指してますなんて奴がいると思うか?」


「それもそうね」


「お兄ちゃん、先生が人間じゃないなら授業中にイチャついてもバレませんね!」


「カメラは付いてるからな!?」


『いえ、我々は男女交際を推奨しているので止める権限を持っていません』


「ロボットでも用意しとけよ!」


 どうやらこの学校ではモラルというものは投げ捨てるものらしい。東京の学校では五十人規模の大規模学校があるらしいが地方ではこんなものなのだろう。人数が少なければ管理が楽だというのは分からんでもないが極端すぎる。


『それではオリエンテーションを開始します』


 そうして一通りの学校のルールを教えられた。ほとんどのルールは社会生活に於いて当然のものだったが、唯一『当校では性交渉も推奨しています』と言いやがった時はAIを設計したやつの頭がおかしくなったのかなと思ったものだ。ちなみにその時日和は顔を赤らめてこちらを見ていた。恥じる前にこの末世について疑問に思う方が先だろう。


『以上です、今まで話したこと以外は生徒の自主性に任せておりますので健やかな学校生活を送ってください』


 明らかに健やかと反対であろうワードが散見したが、一応社会のルールに則って過ごせば問題がない内容だった、この辺の常識は一応大体共有出来ているようだ。


 入学式はその後にオリエンテーションが終われば解散なので――解散しても三人だけだが――残りは自由行動だ、と言うかもう帰宅していいことになった。


「ねえ、同級生になったことだしちょっとだけ遊んでいかない?」


「そうだな、貴重な同級生だもんな」


「ダメです! 私とお兄ちゃんは速やかに帰宅してキャッキャウフフする義務があるので帰宅を優先します」


「日和ちゃんさあ……あなたは本当にそれでいいの?」


「まったく恥じるところはありませんね!」


 断言する日和に朝霧も押され気味だった。まあ日和には信念があるようだからしょうがないな、自分に確固たる信念のある人間は強い、信念がどのようなものであってもだ。


「で、浅葱はそれでいいわけ? まあ健全な事はいいことだとは思うけどね」


 言葉とは裏腹に声音がとげとげしい感じで俺に問いかけられた。


「いいよ、どうせやることも無いしな」


 この限り無く虚無に近い世界で義務などと言うものはほとんど存在しない。面倒なお仕事は機械がやっているし、バイトをすることすら出来ないのが今の時代だ。ショッピングをしようにも通販推奨だし実店舗に行ってもバイトすらおらず自販機が並んでいるだけだ。つまりはやることが無いので、帰宅して本を読んで人類の在りし日に思いを馳せることくらいしかしたいことは無い。


「シスコンねえ……」


「ふ……私の可愛さでまた誰かさんに勝ってしまいましたね」


「なんか勝手に満足しているけど、多分浅葱はあなたが理由で帰宅しようとしているわけじゃないと思うわよ?」


「私の勝利に負け惜しみはみっともないですよ? 私の可憐さにお兄ちゃんが二人きりに慣れる場所に行こうと言っているんです!」


「二人きりの場所って、自宅じゃない」


 かしましい二人を放っておいて俺は帰りの準備を始めた。資料閲覧用のタブレットを鞄にしまって朝霧に『じゃあな』と言い、日和に『帰るぞ』と声を掛けた。日和はバタバタと鞄を開けて乱暴にタブレットや携帯端末を放り込んで帰宅の準備を始めた。


「お熱いことで」


「暑いもクソも気温は厳密に管理されてるはずだが?」


「そういう意味じゃないわよ……」


 朝霧は納得いっていないようだが俺は帰宅をすることにした。なんとなくすっとぼけたが、実際妹に妹以上の感情を持っているかはよく分からない。少なくとも昔の書籍にはレギュレーションでもあったのかそういった表現は驚くほど出てこなかったな。つまり昔は非常識だったのかもしれない。ただし昔行われていた規制については一定年齢以下の場合自動検閲に引っかかるのでハッキリしたところは不明だ。


「お兄ちゃん! 帰る時は手を繋いでください!」


「朝も繋いでただろうが」


『手を繋ぐのは良い習慣だとされています』


 スピーカーからそう流れた。どうやら向こうはディスプレイをオフにしたが監視を無効にしたわけではないらしい。しっかり監視されながら、身体を押しつけてくる日和に柔らかな感触を覚えながら帰途についた。

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