第2話「学校に行こう!」

「暖かいですねえ……」


「気候管理システムの賜物だな」


「お兄ちゃんにはロマンが無いですね、そこは初登校を天気がお祝いしているからだくらいは言ってくださいよ」


「空高くに大きな機械が見えなかったらそう言ってもよかったかもな」


 空高く、日本の軌道上に気候操作マシンが浮いている。アレを見た上で天気を神の采配だと思うのはあまりにもマヌケだ。天候を操作するだけあってそれなりに巨大な装置で地上からも目視可能だ。人間は自然を従えつつある、建物が強靱になり、避難施設が充実したあとで自然現象を操作しているのは順序が違う気がして皮肉に思う。


「はいはい、お兄ちゃんはもう少し感情というものを理解して欲しいですね」


 俺にはよりの気持ちが分からない。そんなものではないかと思うが、人の気持ちが分かるなんて読心術は持っていない、察してくれと言う面倒なムーブをしないでくれ。


「なあ日和、俺がお前のことを理解出来ないようにお前も俺の心なんて読めないだろ?」


「私はお兄ちゃんの心なんて手を取るように分かりますよ」


 ドキリとした。このいいようのない感情を理解しているのだろうか? だとしたら随分と後ろめたい気がする。目の前のとろけたような顔からは、とてもではないが人間の心の機微など分からないようにしか見えない、あえて実力を隠しているのだろうか? まさかな……」


「お兄ちゃんは私を抱きたいと思っています」


「直球表現は禁止だ」


「でも健全な欲望の表現でしょう?」


 この世代においての欲望の基準、その中でも性欲だけがガバガバに許可されるようになっていた。平和な世界、食料は品種改良したものが全自動の工場で生産され、海には養殖の生け簀が大量に作られている。


 昔……まだドラッグストアでガンの治療が出来なかった時代ではそれはきっと不健全なことだったのだろう。多くの人がいなくなり、倫理は随分歪んでしまったようだ。


 丁度いい日差し、丁度いい気温、丁度いい湿度、全てがニンゲンにとって都合が良いものになっている。きっとそれはいいことなのだろうし、理想的な世界なのだろう。人間の人間による人間のための地球、今はそれを維持することが最重要になっている。偉い人曰く『人間として生まれて良かったと思える世界を作る』だそうだ。そのためにいくつの生き物が犠牲になったかはしっかり目を瞑っている。


「俺は最新の価値観がいつでも最高だとは思わないな」


 そうこぼすと日和は全力で反論してきた。


「お兄ちゃんは甘いですよ、人間を増やすために私たちも尽力しませんか?」


「丁寧に言い換えればいいってものじゃないからな!?」


 まったく……旧来の世界では支配者層がブチ切れて規制をしそうな発言をする奴だ。高校生らしい発言を意識してくれないと困るんだよなあ……


「お兄ちゃんだって興味が無いはずがないでしょう? お兄ちゃんが図書のデータを蒐集していることを知ってるんですよ? どーせあーんな本を集めているんでしょう?」


「偏見だ! 俺は健全な本しか集めてないぞ!」


 と言うかそもそも日和の言うような本のデータは携帯端末に簡単にダウンロードできる。政府も推奨しているのか、ダウンロードすると生活に使えるポイントまで付く始末だ。今さらよも末だなどとは言わないが、政府も大概な事をしているなと思う。


「お兄ちゃん、このくらいならいいでしょう?」


 そう言って俺に抱きつく日和、剥がそうかとも思ったが思想統制的に反出生主義は絶対悪であるとされているのでリスキーな行動は避けたい。警察官が減って無人化された交番はカメラとモニターが置いてある。そして巡回の代わりにカメラとマイクがそこら中にある。人類がここまで減っても人の善意というのは信用されないものらしい。


「しょうがないな、このまま少し歩くぞ」


「はい!」


 とても良い笑顔でそう答える日和。見た目が美少女なのに兄にベッタリというのはどうなのだろうか? 少なくとも現代では問題無い行動ではある。


 人が一人もいない通学路を高校に向けて歩いて行く。高校にもちろん試験はあったものの、完全に形骸化されており、つまるところは公共の福祉の一環だった。そして俺たちは家から一番近い高校へ進学することを決めた。もっとも、日和が入学すると決めたのは俺が願書を出した直後だったのではあるが……


 自宅学習者が多い中、日和が『学校に一緒に行くっていいですよね!』というゴリ押しに負けて登校しての学習を選択したわけだが、学校に教師はほぼいない。ディスプレイ上に存在するガイドAIが学習補助をしてくれる。それと補助的な役割で人教室一人の担任がつけられているだけだ。俺の読んだ過去の作品には教科ごとに教師が違うと書いてあったが、そんな人材を贅沢に使える世の中ではないのだ。


 そうしてとぼとぼと歩いて行ったのだが……


「疲れた」


「お兄ちゃん! 私と一緒に登校しているんですからもっとテンション上げていきましょうよ! せっかく他の人がほとんどいない教室で授業が受けられるんですよ! もっと喜んでホラ!」


 まくしたてる日和にあきれながら歩いて行く。


「お前は元気すぎるんだよ、なんでそんなに元気なんだ?」


「そりゃ、お兄ちゃんと登校出来る昂ぶりですよ」


 わけのわからない理屈を話す日和。コイツの心は理解出来ないな。いや、俺の事を他人が理解出来ないのであって、きっと日和は今の時代では健康的で立派な妹なのだろう。


 俺は日和を抱き寄せて健全アピールをしてみた。なんとなく虚しい気持ちになってしまう。


「うひょうううううううう! お兄ちゃんからのアピールううううううううう!!」


「お前は何かいけないクスリでもやってんのかよ?」


「ふへへ……お兄ちゃんという合法ドラッグを少々」


 勝手に人をドラッグにしないでくれ、と言うか自分からくっついてくるくせに俺が抱き寄せたら随分とテンションが上がるんだな、妹というのは本当に理解出来ない。


 二人で寄り添って歩いていると、ほどよい涼風が吹き付けてきた。二人でくっついていても問題無いように配慮してくれているのだろう、そこかしこに設置されている空調機械から風が出ていた。


「おはよう、小町兄妹」


 そこで俺たちに声がかかってビクリと日和とともに驚いた。


「なんだ、あさぎりじゃないか……いきなり声を掛けてくるなよ。ってか、朝霧も登校組か?」


 高校にわざわざ足を向けるなんて物好きはほとんどいないだろうと思っていただけに、お隣に住んでいるあさぎりゆうその人が登校しているという事実に驚いた。


「あら、朝霧さんですか。おはようございます」


 ギュッと俺に捕まる腕に力が入った。日和に引き寄せられ密着する形となる。それにしてもこの大少子化時代に近所に高校生が三人も集まるなんて奇跡のようなことだ。


あさ、あんた相変わらずシスコンね、あきれそうだわ」


「うっさいですよー! お兄ちゃんは私のものなんだから何も問題無いでしょう?」


 煽るなよ……ご近所さんとして仲良くしようというつもりはないのか? まあこの二人にそう訊いたら絶対にいやだと言いそうなので黙っておこう。高校は全校生徒で十人というマンモス校だ。一人でもいれば珍しい中この人数をどうやって確保したのか気になるところだな。持てるものはさらに多くのものが手に入ると言うし、伝統ある高校ということで登校しようという人が多いのだろう。それでも十人というのが少子化時代の限界を示している。


「二人とも、せっかくの同学年なんだから仲良くしろよ……」


 思わずそう言葉が突いて出た。仲良きことはいいことなのだがこの個人主義の時代に日和が俺以外と仲良くすることは難しいのかもしれないな。『渚にて』も人類が破滅する話だったが、実際には核戦争などしなくても人類が消えかけているというのは皮肉な話だ。結局、人間というのは滅ぶ運命だったのかもしれないな……


 俺は手元の情報端末で二人のやりとりから目を逸らしてニュースを見る。相変わらずどこでは何人生まれただのここでは何人死んだんだのといった人口の増減ばかりニュースになっている。退屈な世の中だが平和ではある。もっとも、人口が増えるニュースより減るニュースの方が体感的に多い気がするくらいにはハッキリと分かる。


「お兄ちゃんは黙っておいてください、この人は私たちの仲を裂こうとしているんですよ!」


「へ? 私は別にそんなつもり無いわよ! ただ単に見たとおりの感想を言っただけじゃない。それに浅葱にいっただけで日和ちゃんはバカにしてないでしょ?」


 日和は少し考えた末頷いて仲直りの握手をした。丸く収まったようなので先の発言で朝霧が俺をバカにしていたことは認めていたことは許してやろう。ここを混ぜっ返すと面倒なことになりそうだからな。


「それより早いところ学校に行こうか、そろそろ向こうも待ちくたびれているだろ」


「どうせほぼ無人の入学式にそんなに急ぐことあるの?」


「時間は守るべきなんだよ、時間は正確な基準になるものの一つなんだからな」


 そして三人で……いや、二人組と一人で学校に向かった。

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