家族愛と兄妹と
スカイレイク
第1話「少子化対策と入学式」
「
「おはようございます! お兄ちゃんは今日も素敵ですね」
なんてことはない……多分……朝の挨拶をしてから俺は妹の日和に告げる。
「俺がなんで急いでるか分かるか?」
「はえ? 何故でしょう? 今日はお休みの日では……」
「違う! 今日は入学式なんだよ! いくら入試に合格したからって初日から遅刻は出来ないだろうが!」
悠長にパジャマ姿をしている日和を急かす。こいつは昨日『お兄ちゃんと同級生ですね!』などと言っていたくせに、日をまたいだらすっかり忘れてしまったらしい。呑気なものだ。
「ちょっと待ってくださいね!? 今から大急ぎで着替えます!」
そう言っていきなり脱ぎ始めるので俺はさっさと部屋を出た。長い黒髪をボサボサにして可愛さが台無しになっていたのを取り繕うのをしばし待った。アイツは
テレビを見にリビングに向かう。どうせこうなるだろうと思っていたので余裕を持って起こしておいて良かったな。
テレビでは朝からフォーマルな服に身を包んだアナウンサーが、しょうもないニュースを流している。国民の大半はその画面の右上に表示されている六桁の数字の方に注目しているだろう。朝が来て、また人類が幾らか減ったことを見せつけられるのにも慣れた。
二千年代になって人類は数を減らしてゆき、いよいよ少子化が深刻になったところでようやく重い腰を上げたのだ。しかし日本では少子化のスピードが速すぎた、少子化対策をし始めた頃にはどうやっても人口が減るようになっていた。全ては手遅れ、そして技術の革新により人はゆりかごから墓場まで。子供を必要とすることはなくなった。
その素晴らしい技術革新によって人口はすっかり減っていた。その結果がテレビ画面に映っている六桁代後半の国民総人口だ。幸いと言うべきか日本以外の先進国は大体この状態なので珍しいことでもない。
そしてテレビを見ていると国民の人口の表示が一つ減った。そのたびにアナウンサーがお悔やみを入れるので非常にテンポが悪い、まるで動画サイトの課金者へのお礼のようだ。そもそも国民の人口と言っても生物学的に死んでいないという人間が多いのだ。死んでいなければ生きている、そんなシンプルな基準を元に大病を患って臓器のほとんどを人工のものに取り替えて、寝たきりになろうが死んでいなければいいという歪んだ人口となっている。
俺もいずれお悔やみ欄の一人に名前を連ねるのだろうが、その時までは元気に生きていたいと思う。死んでいないだけという生はゴメンだね。そうは言っても年は取るものなのでそれまで精々遊んでやろうと思っている。ま、なるようになるだろ。
「お兄ちゃん! 着替えてきました! さあ行きましょう!」
「早かったな、その前に朝飯を食べるぞ」
やってきた日和ははち切れそうな胸を張って堂々とツインテールを控えめなリボンとともに揺らしながらやってきた。俺はなんとなく昔の本で読んだ『リボン付き』という言葉を思い出した。それから俺は朝飯を勧めた。当然だが我が妹が時間にルーズなのは知っているので早めに起こしにかかったのだ、それでも朝食は怪しいかなと思っていたが案外早く着替えが終わったようだ。
「お兄ちゃん……余裕があるのに急かしましたね?」
一段トーンを落として言う日和に『そうしないと遅れるだろ』と言ってトースターに食パンを二枚入れてタイマーをかけた。
「嘘つきは嫌いです」
「俺だって正直が一番だと思ってるよ、で? その結果遅れそうになっていたわけだ」
日和も反論出来ず席に着いた。トースターがピーと音を立てて香ばしく食パンを焼き上げた。
「ほら、ジャムは何がいい?」
「イチゴでお願いします」
俺はイチゴジャムを二パック冷蔵庫から取りだして一つを日和に渡す。迷うことなくジャムを大盛りにかけて日和はかぶりついた。俺は塗り広げてチマチマ咀嚼していった。テレビからは今流行の食事が流れているが、実際のところは流動食が一番日本で普及している食事ではないかと訝しんでいる。少子高齢化もここまで来ればまともに食べられる人も少なくなってしまっている。
「相変わらず景気の悪いニュースをやってますね」
「どこだってそうだろ」
もちろん景気が悪いというのは金が無いという意味ではなく、辛気くさい話ばかり流れているなということだ。現在後発国でも人口減少ギリギリで運営しているのに先進国と呼べる連中は皆等しく人口が減っている。
食べきったので情報端末でまともなニュースを巡回する。とはいえ退屈な内容が並んでいるだけだ。人口の減少に伴って平和は加速して殺人事件など年に一度あったら大騒ぎするくらいだ。人口が減ったので個人あたりに使えるリソースが増えたのがその原因だろう。衣食足りて礼節を知るとはよく言ったものだ。もっとも、その時代の人間に人類がここまで減るとは思っていなかっただろうがな。
全自動食洗機に皿を放り込んで登校の準備を確かめる。
「こっちは忘れ物はないな、日和の方はどうだ?」
「私は常にパーフェクトですよ! 失策を犯すような人間に見えますか?」
「中学時代に散々俺のところへ忘れ物を借りに来ただろうが……」
「それはお兄ちゃんと話ができ……いえなんでもないです」
とにかく忘れ物の多い妹のお世話は俺の仕事だ。両親はハッキリせず、ごく一般的な子供と同じように施設で育てられた俺たちに家族とハッキリ分かるのは兄妹だけだ。
「お兄ちゃん、準備も出来ていますし早く学校に行きましょう!」
「はいはい、分かったからそうやって腕を引っ張るな」
柔らかな感触が腕に伝わってきて非常に不健全だ。いや、この世代においてはこういった感情でさえ『健全』なものと評価されるのではあるがな……世も末だと言いたいところだが、実際に世界が衰退している状態では笑えない話だ。
「お兄ちゃん! 価値観が前時代的ですよ! 本ばかり読んでいるからそうなるんです、素直に映像を見ましょう」
「最近のつまらない番組を見ろってか? あんなもん一日見てたらテンションが最低になるよ」
本というレガシーメディアをありがたがっているのは珍しいのかもしれない。とはいえ、今となっては著者の大半が死去し、現代の人は本など読まないので書店という形式は消え、全てがデジタルデータとなった。それでもというかおかげでと言うべきか、そのあらゆる書籍のアーカイブに無料の専用端末でアクセス出来るので最高の暇つぶしになってしまうのが悪い。
「はいはい、お兄ちゃんは私と同い年なのに老人みたいな事を言いますね?」
「今の時代が悪いんだよ、俺はまったく悪くない」
「諦めましょうよ、人類にあの栄光は再び来ませんって」
「そうだな……じゃあ行くか」
そう言って俺は玄関に向かいドアを開けた。
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