(人を信じること無かれ その4)
「はァ、お前ェ、なんもわかってねェなァ。けじめなんだぜェ。殺らねェと意味ねェだろォがよォ!」
語尾を強めて、グバンは肘掛けに拳を振り下ろした。ばんッという大きな音がロアの耳まで届く。
「っ、どういうこと?」
それに怯まず、単純にグバンの意図が分からないロアはそう返した。
「なァんだァ、そんなこともォ、わかんねェのかァ。けじめってェのは、て前ェの手を汚すってェことだよォッ。それも普通の汚れじゃねェ。一生落ちねェ汚れのこったァ」
無駄に豪華な椅子の上から、グバンはロアをねっとりとまとわりつくように眺めていた。
「俺が思うにィ、お前らの言うようなァ堅気と外道の違いってェのは、殺ッたァことがるかどうかだァ。それも、ただ殺るんじゃねェ。
そこまで聞いて、ロアにもようやくグバンの言わんとするところがなんとなくわかってきていた。要するに、グバンは私を加害者にしたいらしいと、ロアは内心で呟いた。しかも、ただの加害者じゃない。殺さなくても済む相手を自分の都合で殺すという純然たる悪人に貶めるつもりだ。
それがいわゆるグバンの言うところの消せない汚れなのだろう。足を洗おうとしても完全には抜け出せない。なぜなら、自分勝手に人を殺したことのある外道だから。だからこその、けじめと言ったところか。心底、嫌なことを考える奴だ。
「どうしたァ。黙ったまま俺を睨んでェ。別にいいじゃねェか。お前には関係のねェ奴なんだからよォ。結局よォ、人なんてもんわァ、他の野郎に平気で噛みつく獣なんだぜェッ!」
にやにやと舌なめずりを繰り返すグバンから視線を切り、床に白目を向いて転がっている男にロアは目を落とした。そうして、剣を振りかぶると勢いよく男に向かって振り下ろす。
「ギャッンッ」
飛んでいった剣は、たやすくグバンの目の前ではじかれ明後日の方角に消えていった。
もちろん、言いなりになるわけがない。殺すと見せかけて直前で、向きを曲げてグバンに向かって投げたのだった。
あわよくばという考えもなかったわけではないが、首魁がそう簡単に落とせるわけもない。いわば、ただの嫌がらせで投げてやっただけだ。
「ギャハハハァハァッ――。反抗的なこったァ。だがァ、いいんだなァそれでェ。みじめに売る飛ばされるんでよォ!」
「いいわけないだろうがッ!!」
それまで抑え込んでいた怒気が限界を迎えて、ロアの内側より声となって噴出する。
その様相にグバンは不敵にニヤリと口角を持ち上げた。
「ならァ、どうするゥッ!ロッコぉッッツ!!」
ロアの怒声にも負けない大声をグバンもロアへと浴びせかける。
いい加減、このどうしようもなく不毛で不愉快なけじめとやらに付き合うのが心底我慢ならなくなったロアは、懐のそれに手を忍ばせながら、最後に最初から言ってやりたかった真実をグバンへと浴びせかけた。
「どうせ、殺そうと殺すまいと、私を自由にする気なんて毛頭ないんだろッ!」
「ギャハハハハハハッハハハッッッ――。よくわかってんじゃねェかァ。その通りだぜェ。こんな
最初から、そう、最初からそうだった。グバンには、最初からロアを解放する気なんてさらさらなかった。けれど、そんなことはロアにとっては初めから分かり切ったことだった。
その濁った声を初めて聞いたときから、ロアには――、『人間不信』のロアには、分かっていたことだ。
であれば、ロアももとより約束通りに解放されることを座して待つわけもない。何のための100日か。それは、ロアにとって、これを作り、仕掛けるための100日だった。
かつて両親に教えてもらった通りに作り上げたそれを懐から抜き出し、グバンの目に否が応でも入るように、それを天井に向かってロアは掲げた。
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