(人を信じること無かれ その3)

「けじめ?」


「そうけじめだァ。なァに、そうやっかいなことでもねェ。そこの男と戦ってェ、殺せばいいだけの話だァ」


「約束と違わない?」


「お前に拒否権があるとでもォ?」


 目を細め、意地の悪そうにグバンは顔をゆがませる。


 ロアは内心でため息をついて、足元の短剣を拾った。今この段階でを実行に移してもよかったが、一応まだ解放すると言っている以上、こちらから仕掛けるのはロアにとっても抵抗があった。


 拾い上げるのとほぼ同時に、視界にとらえていた男が突進するかの勢いでこちらに向かってくる。とっさに剣を構えたが、力任せの斬撃の威力をいなしきれず、ふわっと体が浮いて数メートルほど後ろにロアは飛ばされた。


「そうォ、そうォ、その男だがァ、ロッコぉ、お前は覚えているかァ?」


 すぐさま床に降る降ろされる剣を転がって避け、体勢を立て直しているところで、心底愉快そうなグバンの声が耳に入った。


「そいつはなァ、お前が人質にとったァ、俺の部下なんだよォ!わかるだろォ、そいつの怒りがァ。お前のせいでェ、面目丸つぶれってェ訳だァ!」


 なるほど、どうりでこんな殺意むき出しで剣を打ち込んでくるわけだとロアは内心で納得したが、そんなことは実際問題、ロアにとっては集中を阻害されるだけで、なんの益にもならなかった。


 今はなんとかこちらのほうが身軽であることを生かして、攻撃を避け続けることが出来ているが、先にこちらの体力の方がつきそうなのが相手の一糸乱れぬ動きからよく分かる。


 かといって単純に力では女性であるロアの方が圧倒的に不利だった。いつもならを使うところだが、今ここで使うと計画が破綻しかねない。


 そもそも、ロアは元々はただの鉱夫の娘だった。戦うしかない状況で見よう見まねで生き抜いてきたから、多少の戦闘の心得はあるが、直接対峙するのが特別得意という訳でもなく、むしろ苦手な部類だった。


 それでも、ロアはどうにかしてこの男を戦闘不能にしなければならない。


 一か八かロアは、相手の一発一発がすさまじい勢いの斬撃を受けるふりをして剣を手放し、すばやく懐に潜り込んでみぞおちに渾身の一発を打ち込んだ。


 不意を突かれた男はどすんと後ろに倒れた。みると口から泡を吐いているようだった。


「見事なもんだァ。それじゃァ、そいつを殺せェ。殺せたらァ、どこへ行こうが構わねェうよォう」


 仲間がやられたのに、さっきとかわらず、いや先ほど以上に、興が乗ったようなしゃべり方に、ロアは内心、ぞっとした。


「もう勝負はついた。わざわざ殺す必要あんの?」


 そう言うと、グバンは今までで一番大きな声で高らかに笑った。けれどその声は、愉悦というよりも嘲笑に近い種類のものだった。

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