(人を信じること無かれ その2)

「よォ、遅かったじゃねェか。てっきり、真っ先にここに来るかと思って、ここでまってやってたってのによォ、ロッコぉ!」


 無駄に広く、天井の高い広間の奥の、これまた無駄に煌びやかに装飾のあしらわれた椅子にふんぞり返るようにして、ここのボス――人身売買組織の首魁である――、グバンは座っていた。


「約束の100人は連れて来たんだ。わざわざ急ぐ必要もないと思わない?」


 そう吐き捨てるようにロアは返した。その言葉の真意は、どうせ解放してくれるわけがないのに、急ぐ必要はないというものだった。


 そもそも、ロアはこの男、グバンのことを何一つとして信用していなかった。物を食べながら話しているかのような低俗な声に、人を売った金で買ったであろう薄汚い金色の服、それらから容易に窺い知れる人売りとしての外道さ。


 それだけでも十分なのに、こいつは。嘘に塗り固められた言葉の裏から滲み出るどす黒い悪意に、何よりも嫌悪感をロアは抱いていた。


「そうだ、そうだァ。お前は確かに100人をさらってきたなァ。あの日ィ、俺の部下の喉元にナイフを突き立てながら、己の代わりに100人さらうからァって約束どうぉりになァ。ギャハハハァ!」


 グバンが心底おかしそうに笑うのと同時に、平間の壁際のかがり火の当たっていない暗がりから、同じような下品な笑い声がロアへと浴びせられる。どうやら見えないだけで、周りを完全に包囲されていることをロアは悟った。


「さァて、さて、そんじゃァ、お前をここから出してやろォ……」


 その言葉と同時に、暗がりから男がヌッと一人出て来て、間を十分開けてロアの前に立った。少し暗くてはっきりとは見えないがどうやら短剣を持っているようだった。下げられた剣先が、篝火の光を反射してキラリと光る。


「と言ってやりてェところだが、その前に一つ、けじめをつけてもらわねぇとなァ!」


 濁った眼をロアに向けてそう言うと、なぜかじゅるりと舌なめずりをして、グバンは腕を下へと振り下ろした。途端、カツンと音がして、ロアのすぐ手前の足元に短剣が現れた。

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