第8話 軟禁ですか?監禁ですか? その6
「ねえ、もしかしなくても、あなた、迷子?」
お店の前のベンチに腰かけて、ぼんやりと通りを行き交う人々を眺めていた私の顔を、見知らぬ少女さんが心配そうな顔で覗き込んでいました。
その少女さんは、私よりもいくぶん背が高く、ふんわりとした茶髪に真新しい小さめの麦わら帽子をのせているのが、なんだかとても印象的でした。
「迷子、ではないです」
「でも、さっきからずっと一人で、保護者もいないみたいだし、それにあなた、この街の人じゃないでしょ?」
そう言って、少女さんは私の隣に座って、不服そうにぷっくりと頬を膨らませます。
あえて、少女さんの方を見ずに、雑踏を眺めながら本当のことを私は口にします。
「人を探していまして」
「人を?」
軽く私は頷きます。
「それはどんな人なの?」
「わかりません」
「わからないのに探してるの?その相手はあなたがここにいるって知っているの?」
「わかりません。多分知らないと思います」
そこまで聞いて、彼女は呆れたように首を振って、一言、
「変なの」
と呟くように言いました。
確かにおかしな話と言えばおかしな話ですが、それでも、その人は誰かからの助けを必要としています。そして、私はその人の助けとなるためにこの街に来たのです。
「う~ん、わかった! やっぱり、あなた迷子なんでしょ? でも、そうだよね。迷子だって聞かれると恥ずかしいよね」
そう言って思い切ったように少女さんは立ち上がると、私の手を取りました。
「お姉ちゃんにまかせて! 私が教会まで連れてってあげる。あなたの探し人だって、そっちに行ってるよ、きっと。さっ、行こっ!」
少女に手を引かれるがまま、立ち上がって私は通りを歩き出しました。
「そういえば、名前言ってなかったね。私はロッコ・ア、略してロア! あなたは?」
横道へと曲がりながら、少女さんことロアさんがこちらを振り返ります。
「私はメリアと言います。メリーって呼ばれることもあります」
「よろしくね、メリーちゃん」
笑顔でそう言ってから、ロアさんは再び顔を前へと向けました。
そんな話をしているうちに気がつけば人で混みあっていた大通りから、いつの間にか、道に人がまばらな住宅街を歩いていました。
「ごめんね。こっちの方が近道だから」
私がどこか不安げな表情をしているように見えたのでしょうか。落ち着かせるように、ロアさんはつないでいた私の手をギュッと握りました。
さらに、細い裏通りへとロアさんは入っていきます。そこは建物に挟まれて人一人が通れるか通れないくらいのとても日中とは思えないほど暗いところでした。
「本当に、ごめんね。ここを通ったらすぐに着くから」
こちらを見ずにそう言って、その道を私の手を強く握ったまま歩き出します。
ロアさんになすがなされるまま、道を中ほどまで歩いたところで、パッとロアさんは手を離すと、私から距離を取って、右手で指を鳴らしました。
パチンッという乾いた音が聞こえたかと思うと、突然、目の前のロアさんの顔が上へと上がっていきます。
いえ、違います。正確には、私の目線が下がっていっているようでした。それが意味することはただ一つ。
突如、地面が消え、足元に現れた大きな穴へと私の身体は落下していたのです。
抵抗する間もなく、気がつけば地面よりも頭の位置が下になっていました。
そんな私を、憐れむような、蔑むような、なんともいえない無表情で上から覗き込むロアさんの姿を何とか視界にとらえたかと思うと、いきなり上に開いていた穴が塞がって、体が柔らかい何かの上に落ちました。
おかげで、硬い地面に体をぶつけることもなく、怪我をしないで済んだのは良いことなのですが、いったい何がどうなっているのでしょうか。
とりあえず、周りを見ると、どうやら鉄格子のある独房のような空間に敷き詰められたクッション? の上に私はいるようで、暗くて見えにくいですが少し離れたところで十人くらいが横になっているのが見えました。
「あの、すみません。ここは一体……?」
恐る恐る近づいて私は愕然としました。
全員が皆、眠りこけていたのです。
眠っているところ申し訳ないのですが、どう考えても普通の状況ではありませんし、仕方なく、ゆさゆさと一番手前にいた人を揺さぶります。
ですが、まったくうんともすんとも言いません。寝言を言うわけでも寝返りをうつわけでもなく、死んだように動かず、ただ浅く胸が上がって下がってを繰り返しているだけなのです。
そこまで把握してようやく、私は今の自分の置かれている状況を悟りました。
どうやら私は、監禁されてしまうようです。
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