毎日小説No.19 無視

五月雨前線

1話完結

 僕は、人とお喋りをすることが大好きだ。


 この世界には色々な人間がいる。優しい人、面白い人、厳しい人、怒りっぽい人、細かい人、大雑把な人……。同じ人間は存在しない。だからこそ、沢山の人とお喋りするのが楽しい。自分とは嗜好や考え方が全く違う人と話すことで視野が広がるし、新しい知識を吸収出来るのだ。


 小学生の頃から「お喋りだね」と言われ続けてきた僕。中学、高校と進学するにつれて、お喋り好きは加速していった。勿論、なりふり構わずべらべらと話すわけでは無い。相手との間合いやタイミングを見計らって、頭を使いながらお喋りをする。自分で言うのもなんだが、僕はかなり話が上手かった。お陰で高校ではクラスの人気者になり、毎日楽しい生活を送っていたのである。


 ある時、担任が「近々転校生が来る」と言った。長野から東京のこの高校まで、わざわざ転校してくるらしい。クラスメイトは長野からの転校生に思いを巡らせていたが、特にワクワクしていたのはこの僕だ。長野か、行ったことないんだよな。その転校生と仲良くなって、長野のことを色々聞けたら楽しいだろうな。


 1週間後。その転校生がやってきた。ショートカットがよく似合う美少女で、男子達が色めきだったのは言うまでもない。


「無山兎視子です。よろしくお願いします」


 澄んだ声で無山が自己紹介すると、盛大な拍手が鳴り響いた。


「よーし、皆仲良くしてやってくれ。んじゃあ、一番後ろの空いている席に座ってくれ」


「分かりました」


 担任が指差したのは、僕のすぐ隣の席だった。隣の席、しかも一番後ろの列。まるで運命づけられていたような展開だ。よし、これで沢山お喋りが出来る。席に座った無山に、僕は明るく声をかけた。


「初めまして! 僕、口中透っていうんだ! 以後よろしく!」


「……」


 ? あれ? 僕、声かけたよね?


 無視されたという事実を受け入れられなくて、僕はもう一度声をかけた。しかし、返答は無かった。僕は無視されたのだ。初めて会った転校生に。


「私、隅木舞っていうの! よろしくね!」


「よろしく」


 無山の前の席に座る女子が声をかけると、無山は声を返した。僕のことは無視したのに、何故? お喋り好きな僕にとって、無視されるというのは想像以上に悲しいことだった。


 その後も何回か声をかけてみたが、僕の言葉は無視された。どうして? 他のクラスメイトとは沢山お喋りしていたのに。無視され続けたショックに打ちのめされ、帰宅後僕は毛布にくるまって泣いた。


***

 無山が転校してきてから2週間が経ったが、相も変わらず僕は無視され続けた。交わす言葉といえば、授業のペアワークや事務的な報告をする時などの、必要最小限の短い言葉のみ。


 辛かった。何が悪いのか原因が分からなかったから、自分ではどうしようもなかった。でも僕はどうしても諦められなかった。だから、僕は無山に手紙を渡した。


『今日の放課後、空き教室に来てください。話したいことがあります』


 その場で手紙を読んだ無山は目を見開き、僕をじっと見つめた。


「頼む」


 そう言って僕は頭を下げた。無山は言葉を返すことなく、教室を出て行ってしまった。


 その日の放課後、意外にも無山は空き教室に姿を現した。僕の姿を視認した無山は目を背け、ばつが悪そうな表情を浮かべている。


「ありがとう、来てくれて」


「……」


「話したいこと、ってよりも聞きたいことがあるんだ。どうして僕を無視するの? 僕、無山さんとお喋りがしたいだけなんだ。なのに、どうして……」


「……」


 無視され続けてきた辛さが込み上げ、僕の目から自然と涙が溢れた。


「辛い。辛すぎるよ。何で無視され続けるか分からないから、本当に苦しいんだ。僕が一体何をしたっていうの? ねえ、教えてよ!!」


 僕の叫びを聞き、無山の表情が僅かに揺らいだ。


「……って」


「何で皆とは楽しそうにお喋りしているのに、僕だけ無視するんだよ! ひどいよ!」


「私だって!!!」


 突然無山が叫び、僕はびくっと肩を震わせた。無山の表情は悲しみに満ちており、瞳には何故かうっすらと涙が浮かんでいる。


「私だって……苦しいんだよ」


「……無山? え、あの、それはどういう……」


「最期まで無視し続けるのは可哀想だと思ってここに来たけど、やっぱり来るんじゃなかった。ごめんなさい。本当にごめんなさい。もう辛い思いをしたくはないの……」


 無山はそう言い残し、教室から去って行った。何が何だかさっぱり分からない僕は、いつまでもその場に立ち尽くしていた。



 その日の帰り道。僕は、赤信号を無視して突っ込んできたスポーツカーに撥ねられて死んだ。




***

 予言者は確実に存在する。


 私の母は不思議な能力を持っていた。「明日は雨が降るよ」と言うと、天気予報に反して翌日は豪雨になったし、「今日の夜地震が来るから気をつけてね」と言うと、実際に地震が起きた。私は母が特殊な人間であることに気付いていたし、私自身もまた特殊であることに気付き始めていた。


 そして10歳の時、私の予言の能力は開眼した。いや、開眼してしまった、と言うべきか。私はこれから起こる物事を予言出来るようになったのだ。その的中率は脅威の100%。母親の能力を遥かに凌駕する正確性だった。


 能力が開眼した数ヶ月後、家に政府の役人がやってきた。どこから情報を得たのか、彼らは私の予言能力を知っていた。そして取引を持ちかけてきた。私の予言能力を国のために活用すれば、多額の報酬を与える、と。


 提示された金額を見て私は度肝を抜いた。こんな金額が、一度に手に入るなんて。私は家が貧しいこと、そして母が苦しんでいることを知っていた。夫に先立たれ、予言の能力のせいで迫害に近い扱いを受け続けてきた母。そんな母は私を懸命に育ててくれた。母への恩返しになるなら、と私は取引に応じた。


 それから、学校に通いながら専門機関で訓練を受ける日々が続いた。予言能力を研究する研究者達によって予言能力を鍛えられた私は、ついに見えてはいけないものまで見えるようになってしまった。



 人の死期だ。



 ふとしたタイミングで目の前の人間の死期が見えてしまう、という悪魔じみた能力に私は苦しめられることになった。想像してみてほしい。仲良くなった人の死期が見えてしまう苦しみを。その人が老衰で天寿を全うするならまだいいが、問題はそれ以外の死因、事故死や他殺などの場合だ。


 以前通っていた長野の高校に、親友がいた。当時は予言能力が不意に発動する機会が減り、油断していたのかもしれない。親友とお喋りをしていた時、ふとした拍子で能力が発動し、親友の死期が見えてしまった。


『寿命:残り12日』


 その時の私の悲しみは、身を引き裂くほどに大きかった。あんなに優しくて頑張り屋さんの親友が、あと12日で死ぬなんて。ショックで食事が喉を通らなくなった私は、その日から学校を休んだ。


 優しい友人のことだ。きっと私の身を案じるメールを送っているに違いない。だから私は携帯に触らなかった。触れなかった。親友の優しさに触れる度、身が焼き切れるほどの悲しみが押し寄せてくるに決まっているから。


 結局友人は死んだ。事故死だった。また予言が的中してしまった。悲しい記憶を振り解きたくて、長野から東京の高校に転校した。悲しい記憶を上書きしたかった。沈み切った気持ちを紛らわせたかったのだ。


 新しい高校に登校した初日、私は教室に視線を巡らせた。よし、何となく大丈夫そうだ。死期が近い人がいる雰囲気ではない。私は自己紹介を済ませ、指示を受けて一番後ろの席に腰を下ろした。


 しかし、この学校でなら平穏に過ごせるのではないか、という私の思いは無惨にも打ち砕かれた。


『寿命:残り14日』


「初めまして! 僕、口中透っていうんだ! 以後よろしく!」


 あと2週間で死ぬ男子、口中に声をかけられた。その時、私の頭の中に親友の顔が浮かんだ。長野にいた時、一番仲が良かった親友。交通事故で若くして死んだ親友。もう、あんな悲しみは味わいたくない。あんな苦しみは味わいたくない。仲良くなるから、その人が死んだ時悲しみに打ちひしがれる。ならば仲良くならなければいい。無視すればいいんだ。


 私は口中の言葉を無視した。


 辛かった。苦しかった。本当は私もお喋りがしたい。口中という人の良さそうな男子と仲良くなりたい。でも、無理だった。あと2週間で死ぬ人間と仲良くなったところで自分が苦しむだけなのだ。


 それから私は口中を無視し続けた。口中の悲しげな表情を見る度に胸が痛んだが、「あと少しの我慢だ」と自分に言い聞かせた。もうすぐ口中は死ぬ。そうすれば、私が思い悩むことは当分ないだろう。何故なら、極端に寿命が短いのはクラスメイトの中で口中だけだったから。


 そして、口中と顔を合わせる最後の日になった。今日死ぬ人間と顔を合わせる、というだけでかなりメンタルが削られるので学校を休もうかと思ったが、最終的に登校することに決めた。そうやって変に意識すると口中が死んだ時に逆に辛くなる。登校して、いつも通り無視して、帰る。そして明日からは口中がいない日常が始まるのだ。


 それなのに。口中から手紙を受け取った私は、放課後口中の待つ空き教室へと足を運んでしまった。何であんなことをしたのか、今でもよく分からない。あと少しで死ぬ人間の願いを無下にするほど、私は冷徹ではなかったということだろうか。


 空き教室で口中は涙ながらに、「辛い」「何故無視するんだ」と訴えた。全て無視すると決めたのに、口中の涙に感化された私は「私だって苦しい」と言い返してしまった。あと少しで死ぬ人間に対して、そんなことを言って何になる。呆然とする口中を残して、私は教室から立ち去った。込み上げる涙を、懸命に堪えながら。


***

 私の名前は無山兎視子。


 古より受け継がれる無山流予言術の継承者であり、現代最強の予言者だ。


 その能力ゆえ、死神とも呼ばれるこの私。しかし、私の予言能力のお陰で回避出来た事件、事故、災害は数えきれない。予言によって私が守った命は数千万を下らないとされている。


 だから、今日も私は生きる。どんなに悲しみに打ちひしがれようとも、生き続ける。目の前で死んでいった人達のために。そして、これから私が守っていく数多の命のために。


                                 完

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