15──立ちはだかる強敵たち その3
メンテナーってやつは基本的に幹部というか、一定の働きをしているやつがなるもんだと思っていた。だから今までのメンテナーは一筋縄でいかなかったわけだし、それゆえ殺すことに躊躇なんてできやしなかった。しかし、そんな思いはこっちの願望だったんだらしい。
「僕の名前は、ニューキッド。エイチエーエスのメンテナーをしています」
扉を開けて僕を出迎えたのは、話し方も雰囲気も見た目も十才前後といった感じの、少年だった。
「嘘はよくないよ。メンテナーっていうのは、孤児院の管理なんかをしている人なんだ。ほら、他に誰か大人の人がいるだろう?」
いくら敵組織とはいえ子どもを殺すのは気が引ける。流石にそこまでは堕ちていない。だから僕はそんなことを言ったんだと思う。まぁ、現実はそんなこちらの思惑通りにいかないものだ。
「いえ、本当ですよ。先代のメンテナーは先週事故でなくなりました」
あまりにも普通に言うものだから、事故という単語に別の意味でもあるんじゃないかと邪推してしまうが、真実がどうであれ関係ない。問題は続く言葉とともに、その少年がトークンを取り出したことだ。
「だから、僕が正式に、ここのメンテナーなんです。キャニーさん、あなたが欲しいのはこれでしょう。これを集めて神様に復讐したいのでしょう。あってます」
目の前の少年の纏う空気が変わる。
「改めまして、僕の名前は、ニューキッド。エイチエーエスのメンテナーをしています。そして、あなたを殺します」
目の前で堂々と殺害宣言をされるが、大人しく従ってやる必要はない。大人のずる賢さを教えてやる。僕は剥ぎ取り用のナイフを出して、相手が手に持ってるトークンへとつながる紐を切って、それを奪う。
トークンさえあればいいのだ。殺さなくていいやつは殺さない。しなくていい戦いはしない。後は、軽く小突いて体勢を崩してる隙に、逃げ出せばいい。幸いにも逃げるのは得意だ。
そうして僕はニューキッドから距離をとることに成功した。ただし、それは意に反した形であった。
「酷いじゃないですか。僕と遊んでくださいよ。僕にも敵討ちさせてくださいよ」
「あ?」
詠唱も何か道具を使ったのも見えなかった。ニューキッドは行儀よく両手を横に揃えて立ったままだ。一方の僕が壁に叩きつけられて受け身を強制される。
いったい何を使われた。魔術であるのは確かだろうが、いったいどうやって発動したのか。
「ほら、僕は非力な子どもじゃないですよ。だからほら油断しちゃだめですよ」
ダメだ。答えちゃ。口を利いたらハックが詠唱できなくなる。
得体のしれない魔術を使ってようが、他に武器なんて持ってないのは確か。一気に近づいて、斬る。
相手が自分を脅かす存在だと分かれば迷いなんてできない。
刀を抜いて踏み込む。
一方的に斬りかかる。
しかし、謎の力で反らされて当たらない。
「怖いです。当たりたくないです」
相手はその場から一歩も動かない。
二太刀目、今度はハックの魔術と同時に攻撃する。
火炎も刀も謎の力で弾かれる。
相手の反撃を予想して、その場でローリングする。回避はできた。
なんだ、どうやって魔術を発動している?
お主よ、とにかく手数じゃ。どんな方法であれ、相手のキャパ以上のものを叩き込めば勝てる。
僕はそのまま動き続ける。
「無駄ですよ。そんな馬鹿正直に斬りかかるんじゃ」
当たらない当たらない当たらない。相手はまだ涼しい顔のまま。
とにかく動き続けろ。止まらなければ反撃も喰らわない。相手の攻撃の精度はそんなに高くない。
何回かミスって、攻撃を受けるも、致命傷には到らない。
さらに刀を振り続ける。ときどき突きや掴みも織り交ぜていく。全部が当たらない。ニューキッドに近づくほど強い力で逸らされる。
「だから無駄ですって。無駄ですって。無駄ですって。む、だ。あっ、えっ」
二十回を超えた辺りから、様子がおかしくなっていく。
「ひっ」
今までずっと棒立ちだったニューキッドが、背中を向けて逃げ出す。
油断せずにさらに攻撃を続けるがやはり当たらない。なぜ急に態度を変えたのか、こちらの狙いがバレたのか、何か事情が変わったのか。しかし、ここで手を抜けば逆転される可能性も充分ある。なにせ、相手の手の内が全部分かっているわけじゃないんだ。
「うわあああああ。助けてええええ!」
外に出られると面倒なので、進行方向に魔術を撃ちつつ全力で追いつく。さすがに足の長さでこちらが有利で、すぐに追いつける。
攻撃を続ける。
「ああ、ひぃいいいい。あっ、ああっ……………………」
もう後、二十回も攻撃を続けると、ついには悲鳴も上げなくなって、目が虚ろになっていく。もちろんその間も攻撃は当たっていない。
そして、とうとう五十六回目の攻撃は命中する。
最後の抵抗があるわけもなく、あっけなく、ニューキッドは血の海に沈んでいった。
「ああ」
胸糞が悪い。子どもを手にかけてしまったことも、子どもがこんなことをやらされているということも。
いや感傷はいい。早くこの場を離れないと。
機械的に自分の足を動かす。歩くという行為がぎこちない。
ニューキッドは途中から戦意がなくなっていた。それを僕は──。結局あれは、なんだったんだろう。何を思っていたのだろう。そして、あの魔術はいったい。
それはおそらく、記憶を代償にした魔術じゃな。
記憶? 魔術って確か、情報列を処理するんだろ?
そうじゃな、そして、情報列は変換した結果が一定の形であればよい。魔術の中にはランダムな情報列をかなりの長さ要求するものがあっての。
そう、か。音声や御札みたいな文字じゃなくても良いってことか。
まぁ、記憶を消費するというのはかなりコストとして重いよな。あやつはその辺のことを教えてもらっていなかったんじゃろう。
むごい話だ。
わしの生きていた時代は比較的あった話じゃよ。魔術が個人を使い潰す技術だった時代はあった。
僕はもうそれ以上考えないようにして、現実に頭を戻す。今更になってニューキッドの死に際の顔が頭の中にこびりつく。戦闘の熱狂から覚めてくると、死体を弔うことすらできてないことに気づいて嫌になる。
残り必要なトークンはあと一つ。僕は布越しに集めたトークンの感触をジャリジャリジャリジャリと確かめながら歩いた。
次の孤児院に辿り着く。この調子で上手くいけばここで終わり。いや違う、違う違う違う。ここからじゃないか、トークンを集めて神とやらの場所に行くんだろ。まだゴールじゃない。終わっちゃいけない。
最後の孤児院、新しくできたのか、お金があるのか、今までの孤児院よりも小綺麗だった。礼拝堂の外の壁は汚れのない白い塗料で塗られている。さあ、罪を積もう。
「お久しぶりですキャニーさん」
僕はこんな男を知らないはずだ。典型的な孤児院長の見た目をしていて、それが逆に今までのメンテナーとは違っている。僕の知り合いにそんなやつはいない。
「誰だ?」
つい聞いてしまうも、無意味なことだと思い直す。さっさとやってしまった方がいい。
「いや、関係ないな。さっさと始めよう」
「ちょっと待ってください。私の方に始める理由なんてないんですよ。まだ、分かりませんか? 私の名前はコンです。以前商隊の馬車で一緒でしたよね」
コン? コン……ああ、ああ?
「嘘だろ?」
コランとオペラと一緒に馬車に乗って、盗賊を返り討ちにしたあのときにいた……んだろうか、纏うオーラと言うか空気というか、まるっきり変わってしまっているせいで、確証が持てない。
「ああ、しょうがねーな。俺だよ俺。これで分かるか?」
「本当にコンなのか」
僕が盗賊を生かそうと言って、商人に訴えたときにフォローしてくれたあのコンか。と思うと同時に、僕はあの頃、忌避していた殺しを平然と繰り返すようになってしまったのだと思う。僕は変わってしまった。
いや、コンも変わってしまったのか、どうして教団なんかに所属しているんだ。それもメンテナーで。僕はこいつを殺せるのか。殺していいのだろうか。ここで殺すのを躊躇するなら、今まで殺してきたのはなんなんだ。それに、僕はこいつに多少の恩義はあれど、特別躊躇しなければいけない仲ではない。
「なあ、トークンってやつ持ってるか」
「ああ、持ってるよ。ほら」
驚いた本物じゃな。
僕の手の中に飛んできたそれは、確かにトークンだった。
「どういうことだ?」
「こんなもののために命張るのバカバカしいだろ。やるよ。だから、見逃してくれ」
「今までのメンテナーはそんなことはしなかった」
「知らねぇよ。俺は俺だろうが」
「じゃあ、なんでメンテナーになったんだ。教祖に心酔してるわけじゃないのか」
「それも、知らねぇよ。ちょっと借りがあるだけだよ。仕事でまずっちまってな」
「教団が何をやってるのか知ってるのか」
「当たり前だよ。仕事内容も聞かずに引き受けるバカがどこにいんだよ。それに、加入の条件で初仕事はやってんだ」
「何も思わないのか」
「思う所はないことはないが、まあ、仕事だしな」
「仕事ならなんでもやるのか」
「なんでもやるだろ。割に合うならな」
「お前に正義はないのか。信念はないのか」
「うるせぇな。くだらねぇよそんなものは。まぁ、いいや、今の俺は敬虔な聖職者だからな。聞いてやるよ」
「何を聞くっていうんだ」
「お前の話以外になにがあるんだよ。お前いったい何がしたいんだよ。ここに来るまでに結構なことをやったらしいじゃないか。それなのに、グダグダグダグダ言いやがって」
「僕は──」
そこで言い淀む。僕は何がしたかったんだろう。何がしたいんだろう。信念がないのは僕の方だ。僕にはもはや何が正しいのかすら分からない。ただ、ここで引き返せばすべてが水の泡だということは確かなのだと思う。
「普通はな。殺しだってなんだって、繰り返せば慣れるもんなんだよ。いくら嫌でも、いくらキツくてもな。痛みだって慣れるもんだ。お前みたいに一回一回躊躇してたら何も手につかねぇだろ。なぁ、お前は悩みたいだけじゃねぇか?」
「うるさい。お前に、お前に。オペラの悲しみが分かるのか、オペラの村の人達の痛みが分かるのか、アイロンの苦しみが、オキシの孤独が」
「そうか。分かるわけないだろ」
「なんだと?」
「お前だって分かってない」
「お前に何が分かるんだ!」
「分かってるやつは、そんな顔しないぜ。それは分かる」
「分かるって言ったり、分からないって言ったり、お前の言うことは無茶苦茶だ。そうやって悪いことを棚に上げて、煙に巻いて……僕は! 僕はなぁ」
僕は刀を抜いた。これ以上話してもどうしようもない。こいつも悪だ。殺して進まないといけない。オペラの村の人たちを解放するために、アイロンの魂を解放するために戦う相手なんだ。
「ぁああああぁあああ!」
バカ正直に上段から振り下ろす。
「おいおい。冷静になれって。お前の目的はトークンだろ? 俺を殺す気か?」
「ぁあぁああぁああ!」
逃げるな。逃げるな。逃げるなぁ。そうやって、のらりくらりと避けやがって、戦意を見せろ。
「ああ!」
他のメンテナーは戦ったぞ。
「ああああああ」
刀を横に縦に縦横無尽に振り続ける。
「くそ! くそが」
「なんだろうな。弱くなったな」
「うるさい!」
汗で手が滑る。息が切れる。体が重い。踏み込みのタイミングが合わない。手が足が頭が目が口が、何もかもバラバラになったみたいに、上手く体が動かない。ただ振り回している。
それでも、少しずつ相手を壁際の方へと追い詰めていく。
もう自分がどんな風に腕を動かしてるかも分からない。
どんな流れでそうなったのかも分からない。
突きの姿勢で刀を思いっきり壁に刺さるまで突き立てる。
相手の脇の方、ゆったりしたローブの布地を貫通しているが、手応えは到底人肉のそれではない。
結局、外した。
「ふん、それが殺す気で刀をふるったやつの目かよ。死んでなくてよかったって語ってるじゃねぇか」
「はぁはぁ」
「見逃してやるから、さっさとどっかにいけ。俺が急に真面目になって、お前を殺す前にな」
壁から刀を引き抜いて鞘に収める。
少し、代わるぞ。
体の主導権をハックに盗られた瞬間、背後で軽快な破裂音が鳴った。どうやらハックの魔術が発動したらしい。何のために?
ハックは僕の体で首だけ回して後ろの、ショートソードを抜いていたコンを睨んで言った。
「見逃してやるから鞘に納めろよ。わしの気が変わらんうちにな」
「ひゅー」
コンは言われたとおりに剣を鞘に入れて、その上で手の届かない場所まで放り投げた。
ハックに背を押されるように、僕は外へ出た。
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