15──立ちはだかる強敵たち その2

 リヒューズを殺したその夜。

 オキシは酒を全部吐いた。

 僕は酒に酔っている場合じゃなくなって、オキシの背中をさすった。吐瀉物の臭いに自分も吐きそうになるのをこらえた。

「人を殺したときの感触って残酷だよな」

 何を言っていいかも分からず、そんなことを言った気がする。本当はもっと明るい言葉をかけてやるべきだったのかもしれない。人によるのかもしれない。僕には分からない。少なくとも僕の場合、人を殺した感触を肯定なんてできるわけなかったから。

 あんな趣味の悪い感触に慣れることは、きっとないし、慣れたくなんてないと思った。

 でも、オキシがあまりにも酷い状態だったから、これなら慣れてしまう方が楽になれると思った。自分事以上に胸が痛む。

 パイライトを殺したその夜。

 オキシはどうしようもなく空虚な目をしていた。

 そりゃ殺しって慣れないさ。だけど、それだけじゃない。パイライトが死ぬ間際にアイロンの名を呼んだのが衝撃的だったんだろう。今思えば、パイライトはどこかアイロンに似ていた。そりゃないだろって思うけど、殺してしまった今となっては確かめる術はない。最悪だ。

「アイちゃんは生まれたときから孤児院だから」

 とか、聞きもしないのに、相槌もないのに、繋がらない思い出をまくし立てられる。

 これがまた、真実が分かってしまった方が、いっそ。とも思ってしまう。

 見てられない。見てられない。

 ああ、最低だ。

 僕の心は自分の中の正義に従って、眠り込んだオキシを介抱する。でも実は正義なんかじゃんくて、自分の代わりに泣いてくれたオキシを慰めたら、自分も元気になるんじゃないかって思ってるだけかもしれない。違うかもしれない、だって、どんどん僕の心は辛くなるんだから。

 だから僕は……。

 今更、そう今更取り繕っても遅いだろ?

 僕は最低だ。

 オキシを宿のベッドに寝かしつけた後、財布の半分を盗んで、彼女が起きない内に街を出た。

 僕はまた逃げ出したんだ。



 次に来た孤児院は平均的なサイズだった。ちょうど、アロのいたところみたいで。だけど、アロのいたところよりも、活気はなかった。まぁ、そんなことを描写しても仕方ない。孤児院の外観なんて、関係ない。僕がどういう風にメンテナーを殺害するかだけ書けばいい。そうだろ? 人を殺すのに場所なんて関係ないんだ。どこでだって有罪だ。僕のやることはそうだ。

 この先か?

 この先じゃな。大量に罠が仕掛けられておる。

 誰もいないから書斎まで入った。書斎には地下への階段があった。隠し扉が開けっ放しになっていた。いかにも入ってこいという見た目だった。こんなもの誰が入るんだと思った。

 思ったから、背中から蹴り飛ばされたんだ。

 意識が間延びする。

 空中で顔をひねって僕を蹴り飛ばした当人の方を見る、全身黒装束で年齢も性別も何も分かったもんじゃない。ああいや、そんなことを言ってる場合じゃない。

 ハックが魔術を発動する。

 そういえば、無詠唱で発動している?

 頭の中がチリチリと弾けるような感覚と、腰に差してる刀が薄く発光したような気がした。どうして鞘に入れたままそんなことが分かったのか。ただ感じたとしか言いようがない。

 僕は突風に包まれて、薄紙一枚の差で作動するトラップを弾く、避ける。長い階段を仰向けに滑空するように下へ進む。

 三半規管をシェイクしながら、ハックは魔術を詠唱する。

 仕留め損なった僕を追ってくるメンテナーに向かって牽制をしつつ、階段を下りきって、横に転がりながら不時着する。

 地下室への扉を開いて中に入る。さあ、来い。

 しばらく待つも来ない。なんだ? 何故追撃をしてこない。相手の目的は僕を殺すことのはず……、いや、違う。これまでのメンテナーの敵意が露骨すぎただけで、僕を無力化さえできればいいのか。だが、そうやって焦って出てきた場所を待ち伏せしている可能性もある。

 ハック探知だ。

 これは……、お主、外が燃えておる。

 なんだって。

 急いでさっき閉めた扉を開けて階段に出る。地上の書斎が見えないくらい通路いっぱいに炎が広がっていた。

 炎の中を突っ切るぞ。

 分かった。

 ハックの詠唱を待って、全身に空気の層をまとってから、全速力で階段を駆け上る。もちろん刀は抜いて、すぐに応戦できる状態にしておく。

 ここまで用心深い相手ならもちろん待ち伏せもしているはず。

 そこ。

 階段から書斎へ飛び出ると同時に、攻撃が来るであろう方向に防御姿勢を取る。

 が、その読み自体は当たったものの、飛んできたのは剣でも矢でもなく、水しぶきだった。顔にかかるのを防ぎきれずに、目がつぶされ、魔術の詠唱も中断される。この隙に本命の攻撃が……来ない。

 立ち上がって、刀を構える。

 黒装束は刀の間合いの倍以上の距離でこちらを観察している。すると、ハックが口を開く。

「毒なら効かんぞ。わしが解毒するからな」

 相手は何も答えない。代わりにその手に武器を構える。

 さて、そうは言ったものの、解毒の暇を与えてくれるかは分からんがな。

 なら、短期で仕留める必要があるわけか。

 しかも、この分だと全ての武器に毒を仕込んでおるじゃろうな。かすり傷すら致命傷じゃ。

 暗器が飛んでくる。

 とことんまで近寄らない気か。それならこちらも魔術で焼き払えばいい。

 ハックが効果範囲の大きい魔術の詠唱を開始する。僕はその間の時間を稼げればいい。

 部屋の中にあった机やらソファーやらを盾にしつつ、それ以外の場所は左右に動きながら敵へと接近する。

 流石にもう仕込みはなかったのか、暗器の数もしれている。いくつか鎧に当たるものの、傷を作るまでは至らない。正面戦闘は苦手か。なおさら近づくべきだな。

 後二歩のところまで接近、もう少しで刀の間合い。

 相手は懐からこれまでの暗器とは違う、球体状のものを投げてくる。

 魔術具か? だとすると不味い。どんな効果があるか分からない。

 体を急停止して、後ろに飛ぶ、不格好に防御姿勢をとる。

 追加で暗器が飛んできて、脇腹と首の皮一枚をかすっていく。

 その後に、球体から大量の煙が吹き出されていく。

 煙を吸ってしまえば詠唱が途絶えてしまう。

 必死で遠ざかりできるだけ部屋の隅へと移動するが、煙の勢いは増すばかり。これ以上時間をかければ、毒も回ってくるだろう。絶体絶命の瞬間。

 間に合ったのはハックだった。

 その魔術は、壁を走る。ちょうど最初に戦ったメンテナー、アロが部屋に仕込んでいた炎の壁のように。相手の逃げ場を塞いで、そしてそれだけじゃない、その火は床を伝って背後から相手を責め立てる。

 まるで生き物のように、一度敵の黒装束を捕まえると、周りの炎もそこへそこへと集まっていく。

 火炎によるなぶり殺し。

 逃れようとその場でジタバタと動き回るそいつに、僕は、刀を差し込む。

 一刀目、鎖帷子でも着込んでいたのか、全然刃が通らない。

 二刀目、今度はうまく首を刺せた。

 気が抜けると一気に毒が回ったのか、その場に大の字で倒れ込む。

「ハック~、解毒頼んだ~」

「そうじゃな、お主は少し寝ておれ」

 酩酊。

 解毒が終わって、表面がこんがりと焼けたそいつの体を物色して、トークンを回収する。

 あんだけ炎に巻かれたのに、あいも変わらず、不可思議な発色をしていた。やっぱり何か超常的な技術で作られているんだろうなと思わされる。

 ちなみに、全身の装備を剥いでも、メンテナーの年齢も性別も何もかも分からないままだった。

 最後まで何者なのか分からなかったが、殺してしまえば同じことだ。

 残り必要なトークンは、二つ。

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