15──立ちはだかる強敵たち その1

 次の目的地ケービーの孤児院は、小さく質素だった。これまでの孤児院の半分くらいの規模で、部屋数も十と少しくらいだろう。大きさ以外だと礼拝堂の装飾が少ない感じがした。それから、孤児の数が少ないのか、外で遊んでいる子どもはいない。

 まぁなんでこんな風にゆっくりと孤児院の外を見て回れているかというと、孤児院の入口にこんな紙が貼ってあったからだった。

『よく来たなクソ野郎。俺のところに喧嘩を売るとはいい度胸だ。お望み通り相手をしてやる。俺を殺してなんでも持っていくといい。俺は逃げも隠れもしない。次の場所に来い』

 到底孤児院の院長だとは思えない文体だが、その筆跡は意外にも綺麗に整っていた。なんだかちぐはぐな感じ。明らかに罠ではあるが、罠だとしたらあからさますぎる。正直この手の熱血漢的なやつは苦手だ。こちらの事情を土足で踏み荒らす。

「こうして書いてるってことは、やっぱり私たちのことは伝わってるってことですね。この置き手紙に従うべきかどうか」

「わざわざ孤児院の中で待つんじゃなくて、外に呼び出してるのはどうして」

「別の場所に呼び出してる隙に逃げ出すとか」

「それなら、僕たちが来る前に逃げればいいが。先に、孤児院の中を調べよう」

 ハック、警戒頼めるか?

 あい分かった。

 探知の魔術を発動させて、罠のたぐいがないのを確認しつつ、建物を探索する。礼拝堂への入口だけでなく、本館? への扉も鍵がかかっていなかった。二階建ての建物を端から見ていく。書斎、図書館、孤児のための個室、食堂、倉庫、一見すると本当に普通の孤児院で、特に怪しい部分はない。

 いや、怪しい部分といえば、孤児も職員も誰もいない。こんな状態なら空き巣に入られ放題だろうに。不用心すぎる。

 廃墟ではないし、むしろ掃除がされていて、食堂にも洗った後の食器がかごに置かれたままになっているのを見るに、最近まで使われていたはず。この手の大勢の人がいるはずの施設に人がいないのは、それ独特の気味の悪さがある。

 結局人っ子一人見つけられず、僕らはしぶしぶ書き置きにあった場所へと向かった。



 お主! 上から来るぞ!

 書いてあった場所に向かう道中、近くにあった木が揺れて、何かが降ってくる。

 とっさに横にそれると、上から落ちてきたそれは、真横に短刀を振ってくる。

 僕は姿勢をさらに崩しながら避ける。致命的な隙が生じるが、オキシが反対から斬りかかりヘイトがそちらに逸れる。

 そうしてできた隙に、ハックが魔術の詠唱を開始する。

 僕は刀を抜き取り、相手の背中に振り下ろそうとするが、短刀が飛んでくる。なんとか弾く。

 相手が大きく跳んで距離をとった。

 同時、さっきまで相手のいた場所でほんの小さな爆発が起きる。

 間に合ったか。

 どうやら相手が何か仕掛けてきたが、ハックが打ち消したらしい。

 僕らは間合いをとって、対峙する。

「こりゃ厳しいですね。あんまやる気じゃなかったですけど、お名前をうかがってもいいでありますか」

 距離をとれたところで、相手の全体が見れる。僕よりも頭二つ小さいが、軽装の鎧で武装した刺客がそこに立っていた。両手に持った短刀の握りを確認してから、後ろに縛った髪を振りながら名乗る。

「あ、名乗るときは先に名乗ってからですね。それがしはケービー町担当のメンテナー、リヒューズであります」

「あの置き手紙はお前か?」

 見た目の印象と喋り方、書き置きの内容が全然一致しない。なんなんだこいつは。

「そうであります。ということはやっぱり、あなた方がキャニーとオキシですね。いざ尋常に勝負!」

「分からないのに襲ってきたのか」

誰何すいかなんてしてたら奇襲にならないでしょう。でも間違って無くて良かったです。さすがの某も無関係の人を辻斬りするのは気が引けるであります」

「そうか」

 気が引ける程度か。これから殺し合いをするというのに、芝居がかった口調も気に障る。

「お前らが犠牲にしてきた人に対して罪の意識はあるか」

「それはもちろん。しかし、必要な犠牲であります。損耗を恐れていては戦はできぬゆえ」

「そうか」

 じゃあ殺すしかないな。

 間合いを詰める。詰める詰める。

 リヒューズとハックと、同時に発動した魔術が破裂して消える。

 短刀の間合いの外から横薙ぎに刀を振る。短刀に軌道を反らされる。

 その隙に懐に入りこまれる。左手を刀から手放して、掴む。至近距離で振られた短刀は鎧の表面を撫でていく。

 ハックによる次の魔術が発動して、僕の掴んだ部分から発火する。相手の鎧の中を焼く。確かな手応えを感じる。

 が、顔につばを吐きかけられ手を離してしまう。

 リヒューズは高速で地面を転げ回って火を消しながら遠ざかる。

 逃げ去りながら放たれた石弾はハックが魔術で逸らす。肩に軽い衝撃。

 続けざまに相手の魔術によって火炎が飛んでくる。

 対処するのに充分な距離、長めの詠唱、飛んできた炎はまったく逆方向に返っていく。

 さらに同時に、オキシの方からも火炎弾が飛んでいく。

 スライディングで下側にかわされる。そのまま、速度を上げてこっちに突進しながら短刀が投げ込まれる。

 僕は刀の側面を向けてガードしながら横に避ける。短刀が過ぎ去るのを感じた後、相手の突進に備える。この距離なら間合いに入る前にもう一発くらい魔術が飛んでくるかも。ハックも、それに備えて様子見している。

 相手が詠唱を開始する。詠唱と同時に……蹴り? 地面を蹴りつけて石と砂を飛ばしてくる。この距離で、いや、魔術を併用したからか異様な距離と速度で来る。

 中央に飛んできた石だけ避けて、他の砂や小石は避けきれずにぶち当たる。一瞬怯んだがダメージはない。

 そして、急転換。

 リヒューズは慣性を無視してるかのごとく、直角に方向転換。

 オキシの方へ小柄な体躯が駆ける。

「なっ」

 元々の進路を読んで僕の方へ寄っていたオキシが驚きながら剣を構える。

 剣戟けんげき幾閃いくせん

 金属同士がぶつかる音。

「うっ! ぐぅ」

 僕がオキシにぴったり張り付いたそいつを斬り払おうと刀を振りかぶるが、ステップで躱される。

 ちょうど相手とオキシの間に僕が割り込んだ状態。

 空振りした刀を戻すより早く、僕の脇腹へと短刀が迫る。

 腰を捻ってむりやり逸らす。

 体を回転させる。関節が悲鳴を上げる。

 そのまま相手を組み敷くように、相手と一緒に倒れるように、回転の勢いを制御せずに無理やり体を捻る。

 リヒューズの繰り出した短刀は革鎧を切り裂くにとどまる。

 鎧と引き換えに僕はリヒューズの片腕を掴み押し倒すことに成功する。

 刀を投げて、もう一方の手も掴んで、その場を転がる。

「おらああ!」

 声を張り上げながら、相手を地面に叩きつけるように、転がる。

 体格差で無理やり抑える抑える抑える。

「ああああ!」

 どちらが攻撃を受けてるんだか分からない唸り声を上げながら、力いっぱい手首を捻り上げ武器を落とさせる。

 後は、このまま抑えつけておけば、勝ちだ。

 いくらなんでも、この至近距離、自分と相手の位置がどう動くか分からない状態で魔術は使えない。

 目と目が合う。こんな状況でもリヒューズの目には戦意が滾っていく。

 明滅。

 頭突き、された?

 でも、意地でもこの手は離さない。

 代わりに踏ん張りが甘くなって、体が半回転する。

 逆にこちらが押し倒される。

 リヒューズは僕の両腿に足を突き立てるみたいに立てて、僕を引き剥がそうともがく。

 地面に押し倒された姿勢から、上体を起こされる。でも離すか。

「オキシ! やれ!」

 今なら、オキシが背中から斬れる。相手もそれを分かってるのか、全力でもがく、何度も頭を打ち付けられる。蹴られる。

「やれ! やれえええええええええ!」

「うわああああああああああああああああああああああ!」

 オキシが叫びながらリヒューズを背中から斬る。

「ぐ」

 まだ、殺れてない。リヒューズは歯を食いしばり大量の汗を掻きながらまだ、耐えている。口が動く。

「オキシ、とどめを早く!」

「分かってるっ!」

 今度は背中じゃなくて、首に刃を当てる。

 血がどくどくと、流れ出し、急激に力が弱くなっていく。

「やった。やったぞ」

 つい一瞬前までもがいていたそれが絶命しているのを確信できるまで、僕は、体温が抜けるまでそれを、離すことができなかった。



 私は未だに荒れて悲鳴を上げる胃をどうにか抑えつけながら、キャニーとともにエイルダーの街を歩く。

 エイルダーの孤児院は、巨大な図書館を持っている。OSC教団の教義の一つにあらゆる知識は共有されるべきというものがあって、だからその一環なのだろうと思う。その図書館は一般にも公開されていた。それがなんだか無性に許せなかった。裏であんなにひどいことをしておいて、表ではいい顔をしている。

 私は許さない。だから、この剣をとる。

 そう決意して、孤児院の扉を叩くも、出てきたのは車椅子に乗った優しそうな丶丶丶丶丶女性だった。

「お待ちしておりました」

 アイちゃんに似た優しい雰囲気を漂わせている。こいつが次殺す相手だ。

「私の体調のこともありますので、寝室でお話を伺いましょう」

 好都合だ。流石に、一般人にも見られる可能性がある入口で殺すわけにはいかない。隣のキャニーは忙しなく辺りを見回して、何やら魔術を使っているようだった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。戦うつもりはありませんから。私は見ての通りですので、荒事は向いておりません」

 一目、キャニーを見ると、軽く頷いたので、そのまま、孤児院長メンテナーの後ろに付いていく。名前をパイライトと名乗ったが、覚えてやる義理はない。殺す相手の名前をいちいち覚えていれば殺しづらくなってしまう。

 メンテナーは寝室に入ると、暖房器具に火を入れて、車椅子からベッドに移動した。傾斜のついたベッドに長く伸ばしっぱなしの黒髪が垂れる。

「それでは、ベッドの上ですいませんね。一日の半分も起き上がっていられなくって」

「お前らの神なら治せるんじゃないか」

 キャニーがそんなことを言う。皮肉に満ちた言い方だった。こんな会話に何の意味があるんだろうか。でも、率先して自分から剣を抜く度胸もなく。ただ、キャニーに合わせて、会話を聞いていた。

「我々のカミは全能でも完全でもありません。むしろ不完全なことを嘆いておられます。今なお修行中の身なのです」

「修行、ねぇ」

「ええ、ええそうです」

「その修行とやらは人を犠牲にすることか?」

「どういうことでしょうか?」

「人を攫ったり、弄くったりして、何か思わないかって聞いてんだよ」

「それは悲しい。ですよ。不幸なことです。ですが、そのような方々も最終的には救済されることでしょう。何も問題ありません」

 キャニーに合わせようと思っていたけれど、ダメだった。

 私は手を出した。

 グーで殴った。

「ああ! お前それを大切な人が犠牲になっても言ってみろ!」

 一発殴ると、相手は簡単に鼻血を出した。

 私は胸ぐらを掴んだまま、二発目をいつ打つタイミングを見計らう。今やこの女の命は私の手の中にあった。

「ですから。犠牲という言い方は違います。巡り合わせが悪かっただけなのです」

「お前らがやっておいて!」

「人は何もしなくてもいなくなります。ですから、仕方がないのです。教祖様の手にかかれば、最終的に救済されますから、何も問題はないのです」

 話が通じない。

 なんだこいつは。胸の内で燃えている、どす黒い炎のようなものが行き場を失う。

「落ち着けオキシ」

 二発目はキャニーに止められた。大人しく、する。

 私の代わりにキャニーが刀を抜いて、メンテナーの喉元に突きつける。

「こっちの目的は知ってるはずだ。命が惜しければ、トークンを出してもらおうか」

 完全に強盗のセリフだった。いや、私たちは奪われた分を奪い返さなくてはいけない。だから、強盗でも盗賊でもなんでもいい。

「ええ、そうですね。それは存じております。ですが、私たちの間には話し合いが足りていないとは思いませんか?」

「何を話し合うんだ?」

「私たちの教祖様について」

「話にならない」

「それでも、私の話を聞いてくださっています。でしょう」

 息が詰まる。決裂が決まっている問答。頭が茹だるようなぬるま湯のような。

 そういえば、この部屋は窓がないな。

 怒りの火がピークを超えて、徐々に小さくくすぶり始めている。

 ずっと眠れていなかったからか、眠い。なんでだろう、部屋が暖かい。私のいた孤児院はいつも寒かった気がする。こんなに暖かいのは、孤児院に入る前、まだ両親が生きていた頃。あの頃は、こんなことになるとは思ってなかったな。あれ? こんなことって──。

 水がぶちまけられる音がする。

 え。

 キャニーが暖房器具に魔術で水を打ち込んでいた。

 部屋が冷える。

 こんなに寒かっただろうか。

「おや、気づかれてしまいましたか。それでは」

「何もするな」

 キャニーが、メンテナーの右腕に刀を突き立てる。

 それを見た私は急いで、剣を抜いて首元に刺す。真ん中じゃないけど、太い筋が何本も切れた感触が手に伝わる。

 真っ白なベッドに血液がしみていく。

「痛い。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」

 暴れるでもなく、ただ小刻みに口を動かしてうわ言のように漏れ出ていく。その目は遠くを眺めていて、その顔は青白く変色していく。あれだけ救いだのなんだのほざいていても、こんだけ苦しんで死ぬのだ。お前らは何のために神なんてものに従うのだ。私には分からない。救済も、大義も。私にはアイちゃんさえいればよかったのに。

 そんなメンテナーは最後にこう言った。

「ああ、ここで死ぬの、ね。アイロン……会いたかった」

 私の記憶はそこで途切れている。



 私の悲劇はそこで終わらない。

 そう、次の日宿で起きると、キャニーがいなくなっていた。

 どうしてみんな私を置いていくの。

 ねぇ、キャニー、いっしょに復讐するんじゃなかったの。嫌だよ一人は。私はどうすればいいんだよ。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 部屋の隅で壁と壁に体を預けて、これ以上自分の中から何か出ていかないように必死で丸まって、足を抱えて、自分の体を抱えて、自分の手と手を繋ぐ。

 全身を毛布でくるんだって、私は私の居場所が感じられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る