14──強くならなきゃ。 その1

 名前も分からない小さな町の飯屋で、昼間っから酒を飲む旅人二人。酒なんて普段滅多なことじゃ飲まないから、飲み方が分からなくって、ぐちゃぐちゃになってしまう。頭がボーっとする。

 あの後、逃げるように(実際逃げてる)宿を引き払ってケービーの街の方へ進む道中の町。案の定また夜に移動して、早朝眠りに入り午後まで眠るといった行程を経た結果、僕らはまだ日の沈まない内に打ち上げ兼反省会をすることになったのだった。

「ちょっとキャニーさん。寝ないでくださいよ。こらっ! 寝るな。私の酒をのえ!」

「ぐーすぴー」

 この辺の記憶は曖昧だけど、精一杯頑張って再現して語らせてもらうとしよう。

「おいっ」

 木製のジョッキで頭をこづかれる。オキシも普段酒なんて全然飲まないタイプだったらしくて、かなり酔っている。大体、なんで酒なんてものを飲むことになったのか、その辺の記憶から曖昧だ。どっちが言い出したんだったか。多分僕なんだろうけれど。

 ああ、まだ頭が痛い。

「お酒はもーいりませーん」

「うっっく。キャニーさんも、私を突き放すの。みんなそうやって私から離れていくんだ。あー。私のなにが悪いんだー。なーなー。アイちゃんも私の言うこと聞かずにどっかいっちゃったんだしー。たいへんだーよ。ねぇキャニーさん。これから、あと何人? 5人? 倒さないとぉ。いけないんですよー。なんで。なんで私がこんなこと。あいつら……あいつらがぁあああぁああぁぁああぁあぁぁぁぁ」

「人殺しはこりごりだ」

「ぁえ? でも、キャニーさんちゅうちょなく殺っちゃったじゃないですか。すごかったですよ。もう。炎がぶわーって、きゅぴぴぴぴーんって。あれどうやったんですかー」

「それはねー。まぁ、おいおい話すよ」

「キャニーさんにたのんでよかったー。この調子で、全員ぶっころしましょー! キャニーさんがいれば余裕ですよー」

 そうだ、僕はまた人を殺したんだ。

「あっ、ああ、いや。分からない。警戒されているかも」

「だいじょうぶですってー」

「絶対に待ち構えられてるし、今回勝てたのだってマグレに決まってる。よく考えたら相手の使う魔術も、人数も何も分からないんだ。くそだ。ああくそだ」

「なに? ごちゃごちゃ言ってるんですかー。やるっきゃない。そう。やるっきゃないんですよ! 何が何でも道連れにしてやるぅぅぅ、う!」

「犬死にするかもしれない」

「うるさいなー。ほら! 酒を飲め!」

「お、おい、オキシ。いい加減もうそれくらいにしないと」

「今日は飲むの!」

「はぁ」

「ねぇ、ねぇ、キャニーさん! キャニさんは、わたしのことどう思ってんですか」

「どうって……」

「好きなんだったら酒を飲めー!」

「いきなりどうしたんだよー。好きとかなんとかって」

「だってー、好きじゃなきゃこんなこと一緒にしてくれないでしょー」

「はぁ。あー。そっちはどう思ってるんだ?」

「ん? んーすーきー。わたしのことすてないでー」

「ああそう」

 一瞬僕の心臓が跳ねるけれども、少し遅れて鎮静剤を打たれたみたいに、頭の中が冷めていく。なんか、違うな。僕は何をやってるんだろう。どうしてそんな簡単に好きなんて言葉を言えるのだろう。なんなんだろう。なんなんだろう。

「なんなんだよもう」

「いっしょに、ふくしゅうしよう、ねっ」

「なんかキャラが壊れてないか」

「いいんだよそんなことはー。キャニーさんは私から逃げられないからねー。なんてったってお金を貸してるんだからー」

 お金なんて人殺しに比べたら微々たるものだろうに。変な所で常識的なやつだな。

「まったく、どういう育ち方をしたのやら」

 僕が借金を踏み倒す可能性を微塵も考えてないんだろうか。

「育ち? 私の両親に文句あっか!」

「文句もなにも、というか両親いたのか」

「死んじゃったけどねー」

「それは……、大変だったな」

「憐れんでるのかこらー。えぇ!」

「僕も母親がいないから、さ。頼れる家族がいないって、やっぱり大変だろ」

「……優しいんですね」

「優しさなんかじゃない」

「照れちゃって」

「照れてない」

「素直じゃないな」

「別に」

「そういうところが、あー。あーいーちゃーん。なんで死んじゃったんだよー」

 んぐ。そ、れは。ぼくが、ぼくのせいだ。僕が全面的に悪い。僕が刺した。僕が。

「だからさー。キャニーさんは責任取って、アイちゃんの代わりにー。代わり、は無理だけど、私に一生尽くしてくれないと」

 誰かのために一生を尽くすなんて。僕はどんな気持ちでそれをすればいいんだろう。アイロンを殺したことに一生向き合って、せめてもの罪滅ぼしをすればいいのか。

 なぁ。

 あー。頭が痛くなってきた。

 僕は何を、すべきだろうか。

 オキシの言葉に返すのが億劫で、そう、とても面倒くさかったから、僕は目を閉じて。一人になった。



 さてさて、お待たせしました特訓パートその一。その二があるのかって? そんなの僕に聞かれても分からないよ。誰も特訓パートなんて待ってないって? そんなこと言わないでくれよ。少年漫画のお約束だろ。別にこれ、まったく少年漫画ではないんだけども。

 お主は誰に向かって話しておるんじゃ?

 気にするな。ここ最近暗い話が続いてるんだから、少し暗いふざけてもいいだろ。

 酷い誤字じゃな。ったく。人を殺したストレスでお主がおかしくなったのかと思ったぞ。

 心配するな。当面潰れたりしないさ。ひとまず神殺しをするまでは。

 そういう言い方をすると、かっこいいが、ようは復讐じゃろ。

 昔は神殺しなんていうと、それだけで胸が高鳴ったものだけどな。流石に、今はそんな風に思えない。とにかく、現実的な可能性を積み上げないと。

 そういうわけで、お主の要望もあり、わし目線でのアドバイスもあり、簡単な魔術講座をすることになったのじゃった。

 組み手とかの戦闘訓練じゃないんだ。

 その辺はある程度できとるからな。それよりも、アロとの戦闘中に余計なことを言って、詠唱を中断したのが痛かった。

 ……すまない。

 過ぎたことを言ってもしょうがない。今のところ、わしが魔術を行使することになっとるが、お主も使えるに越したことはない。

「そんなわけで、わしはハック。この、キャニーの頭の中に間借りしている魔導書じゃ」

「ほ、本当に別人格なんですね」

 オキシが言う。

 僕らは森の中の少し木々の開けた場所にいる。次の街へ行くまでの道中で、主要な街道から外れた場所だから、めったに人は通らない。

「ああ、そうじゃ。キャニーは魔術の知識がからっきしじゃから、わしが色々教える」

「今って、キャニーさんの意識はどうなってるんですか?」

「僕もちゃんと意識はあるし、こうやってしゃべろうと思えば話せるよ」

「えっ、気持ち悪いです」

 えっ、ひどい。

「キャニーは引っ込んでおれ、大人しくわしの中で聞いておれ」

 ひどすぎる。僕の体なんだけど。

「さて、魔術の基礎の話を少しだけ、キャニーが理解できるレベル……つまり小指の先くらいの内容を話してから、実践訓練を行う。よいかの」

 助かる。

「さて、わしらが当たり前のように使っている魔術。わしも魔術によって生み出されたものじゃが。オキシは、魔術とは何か知っておるか?」

「え、えと。有限の情報列で、それ自体を消費することで、意図した……えと、決定的な現象を起こすような、技術のこと、ですかね」

 ???

「そうじゃな」

 そうなんだ。なるほど技術ね。うんうん。

「もっと抽象的で包括的な定義をすると、世界の欠陥を付くことで魔術とは裏技のことじゃ」

「裏技……ですか?」

 なるほど裏技ね。

 お主ちょっと黙っててくれないかな。

「そうじゃな。例えば、空中に炎を出現させるような事象は、魔術を使わなければありえんじゃろ? 燃料と火種がなければ炎は燃えないし、一度ついた炎も燃料がなければ消えてしまう。しかし、魔術を使うと、何もないところに火を灯すことができる」

「は、はい!」

「なんじゃ?」

「で、でも、火を出す魔術なんて今どきありふれてますし、あんまり裏技って感じはしないです」

「もっともじゃ。そしてそれは、喜ばしいことじゃの。わしの生きておった時代は、こんな風に魔術は身近なものじゃあなかった。それはいいとして、魔術とそれ以外の違いというのは、本質的な問いじゃ。答えるのは非常に難しいが、魔術は人の意思が必要という点が違うの。人間がいなくても、燃料と火種があれば火事は起こるが、魔術は人がいなければありえない。それもそのはず、重要なのは情報列じゃからな」

 何も分からない。完全に置いてけぼりだ。学校の授業で似たような内容を聞いたような気もする……というのも、記憶の端に引っかかってるとかではなく、こんなふうな眠気に心当たりがあるという意味だけども。

「ああ、そうじゃった。実践のために知識をつけるのが目的じゃった。とにかく、魔術を発動するには、ある情報列コードを特定の方法で世界に作用させる必要がある。わしがよく使うのは、詠唱じゃな。音声とその音を発することによって頭の中に浮かぶイメージを、魔術事象に変換しているのじゃ。そして、その際必要になるのが……」

「コンパイラですね」

「ご名答じゃ。通常丶丶人の身では、狙った魔術現象を起こすだけの情報列を作成できないし、作用させることもできない。そこで、コンパイラを用いて人が紡げる情報列を、実際に魔術現象を引き起こせる情報列に変えるわけじゃな」

 ああ、そうだった。そう、コンパイラという人類最大の発明品の一つ。僕の喉にもその刻印が入っている。これがあるおかげで、僕にも魔術が……あれ、あんまり魔術を使った記憶がないぞ。授業じゃ実技のテストはなかったからかな。そういえば、よく見るとオキシの喉元にも刻印が入っている。僕の刻印とは模様が違うので、別の国で入れたやつだと思う。

「ここで重要なのは、ある現象に対応する情報列は一意に定まるということじゃ」

「えっ、そうなんですか!」

 せんせー、一意ってなんですか。

「ある現象を引き起こす情報列は、たった一つしか存在しない。ある情報列が引き起こす現象は、たった一つしか存在しない」

「で、でも、世の中には色んな魔術の発動方法があります! 言語も方式もたくさんあります」

「さっき言ったじゃろ。それらの、一般に使われるコード、情報列は変換されるのじゃ。同じ現象を起こすコードは、たとえどんなに違っていても、最終的にまったく同じ情報列になるのじゃよ。じゃから、少しでもコードを変えると、魔術は全然違う結果を生み出す」

 ほらこんな風に──と、二秒かそこらの短い詠唱が二回続く。二つの拳くらいの大きさの火球が宙にもわっと現れる。大きさは全く一緒で、位置はちょうど右手と左手の手のひらの上、そして色は、青と赤だった。

「単に色を変えるだけなら、簡単にできる。じゃが、そうじゃない部分。例えば現象の指定なんかは変えると魔術が発動せん」

 また短い詠唱。

「あっ、今度は詠唱が聞こえました」

「そう。魔術になれなかったコードは、音や模様となって人に届いてしまう。消えずに残ってしまう。ちなみに、今のはたった一音変えただけじゃ。ものによっては、音程やイントネーションを変えるだけで変わってしまう」

「私も魔術を一つ覚えるのにすごく苦労しました」

「詠唱の良いところはその場でいくらでも編集できるところじゃが、反面、その場その場で変わってしまうということじゃな。じゃから、あまり多くを覚えるのは得策ではない」

「はいっ、じゃあ! 御札や魔法陣を使った魔術はどうですか?」

「いい質問じゃ。前もって書いておけば、その場でのミスはないということじゃな。正直わしはその手の魔術に詳しくないんじゃが……問題は三つある。柔軟性に欠けること、いざというときに自分の身を守れないこと、準備が面倒で高くつくことじゃな」

「そうですね。付け焼き刃で覚えても仕方ないですし……私達に長い時間をかけて準備してる時間は……ないです」

「そういうことじゃから、これから一つ詠唱コードを教える。まずは一つ、たった一つの魔術を習得してもらおうかの。キャニーとオキシでは、使うコードは違うじゃろうから、ちょっと失礼」

「ひゃっ」

 ハックはオキシの首を触る。もちろん使ってるのは僕の体で、僕の手なので……うん。首、細いな。

 念入りに刻印のまわりをこねくり回しながら、ハックはいくらかの詠唱を続ける。指先に伝わる感触に慣れてくると、首の皮の感触が肉付きが鼓動が、その内部構造が手から透けて見えるように感じた。ここまでくると、異性の体であるというよりは、生きてるなーとか、グロテスクだなーという……あー気持ち悪い。

「んひゅ~。うぅ」

 指先の感覚が鈍くなるまで、ひとしきり触診し終える。二人立った状態で話していたはずなんだけど、いつのまにか、オキシが木の根元、根っこの間のくぼみに座り込んでしまっていた。

「ふむ、良い設計じゃな。作ったやつの几帳面さ……いや逆か? まぁ、どのような目的で作られたかが、明瞭に分かる」

「そ、それで、今のは何だったんですか」

 ん?

「ちょっと待て! もしかしてお前は今のが何かも分からないで、小一時間もされるがままにされてたのか?!」

「あっ、今のはキャニーさんですね。別に、私は信頼していただけですよ。ほ、ほんとに」

「それはなんか無防備すぎないか?」

「いいじゃないですか。それで、これは何だったんですか」

「ああ、今ので大体言語は分かった。次の詠唱をしてみるのじゃ。□を外してな『□■■■■ ●● ●●』」

「あ、えーと。■■■■ ●● ●●」

 オキシの手の平の上に小さな火炎球が出現して、五秒くらいで消える。

「えっ、すごっ。あの一瞬でコンパイラから言語を再現したんですか?!」

 え! つまりどういうことだってばよ。すごすぎて何がすごいのかも分からん。

「まぁ、わしレベルになると、こんなこともできるというだけじゃ。お主らも、いや、こんな曲芸、今の時代じゃいらんな」

 謙遜なのか自慢なのか。いや、そのどちらでもないかもしれない。ハックの目がすごく遠くを見ているようなそんな気がした。

「次はキャニーじゃな。最低限発動までは行って欲しいんじゃがの」

 はい、がんばります。

 そんな感じで始まった修行パート。

 現在時刻、およそ三時。

 最初の発動までかかった時間、およそ四時間。

 まだまだ先は長そうだ。

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