13──一人 その1
善は急げ。借りた宿から徒歩十分。街の端とも言えず、かといって中心部とも言えないそんな立地に、その孤児院はあった。
傾斜の強い三角屋根の建物に、平屋根の長い建物がくっついていて、建物の回りを子どもでも倒せるようなしょぼい柵が囲っている。
「確認します。あなたは新しくOSC教団に入信したい信者です」
「はい」
「入信理由は……」
「家出の旅の道中、オキシさんに助けてもらって、教団について聞き、孤児院を全国展開するなどの活動に感動したからです」
「大丈夫そうですね」
「それで、ちょっと半信半疑な感じを装って、教祖に会いたいって訴えかける」
「OSC教団は基本的に開放的な組織だから、断られることはあっても無碍にはされないはずです」
「もし、僕の素性がバレていて、敵とみなされたときは」
「戦うしかない」
オキシは腰に
汗ばむ手を強く閉じて開いて、閉じる。
「行こう」
色んな葛藤を心の底に折りたたんで、真正面から孤児院へと近づいていく。孤児院の敷地に入るまで、通行人を二、三人くらいだけ見かけた。人通りは多くない。それよりも、敷地内の庭で、四、五人の子どもがボール遊びをしているのが気になる。
もし戦闘になったら……。
孤児院に誰かが訪ねてくるのは珍しくないのか、子どもたちに気づかれることなく敷地に入り、礼拝堂の玄関まで辿り着く。
オキシが玄関についたベルを鳴らす。
「すいませーん。入信希望者を連れてきました」
「はいはい」
分厚い木の扉が開いて、全身黒ずくめでで頭にレース付きの被り物をした、おっさんが出てくる。ローブのような服装で体格が分からないが、こめかみに薄っすら傷跡の残る顔は、荒々しい雰囲気を感じる。
「えーと」
「お久しぶりですアロさん。オキシです」
そう言いながら、オキシは懐から紐付きのカードを見せる。
「ああ、オキシちゃんね。いつぶりだったかな」
アロはカードの図柄を確認してから、快活に微笑んだ。
「三年ほど前に、立ち寄らせてもらいました」
「そうかそうか、もうそんなになるか。ま、とりあえず入りなさい」
礼拝堂に入ると、以前アイロンと来た場所と似たような感じだった。デカい本の彫刻にステンドグラス、あとは長椅子が数列並んでいる。
「それで今日は、入信希望者……だったかな」
「はい。こちらの、キャニーさんが教団に興味があるらしくて」
「キャニーです。た、旅の途中で偶然オキシさんに助けてもらって……それで、ここの教団のことを聞いて、あの」
「落ち着いて。そんなに緊張しなくてもいいよ。ここに来る人はみんなワケありだから。私の書斎なら周りに音が漏れる心配はない。こっちだ」
言うやいなや、手で奥の扉を指し示しながら歩き出す。渡り廊下を通って別棟の方へ。木でできた素朴な廊下の右手に窓、左手に部屋の入口が十以上ある。教室のない学校のような雰囲気を感じた。
「ここの、一番奥の部屋だ」
アロはの後ろに黙ってついていく。ときどき床板が甲高い音を立てる。
「入信希望者なんて、私がここに来てから初めてだね。特に若い人は孤児院だとか宗教だとかに興味はないみたいで。孤児院の子たちもほとんど出ていっちゃうから。……キャニーさんは立派ですよ」
「いえ、そんなことは」
「世の中には、信心ない人たちが多いから。何かあったとき、信じるものがない人は酷く脆い。たとえ救いを求めての信仰であっても、それは歓迎すべきもの。さて、着きました。ささ、どうぞ」
片開きの簡素なドアをくぐり書斎へと入る。
部屋の中央には書き机、壁一面に本棚と箪笥。書き机の上は書類の束。
「ああ、ちょっと、片付けさせてくれ」
僕たちが見てる前で書類を束ね、ペラペラと流し見して、途中で一回手が止まり、なんだかんだあって書類を引き出しにブチ込んだ。
「すまないね。ちょっと、どうしても書類仕事を後回しにしてしまう
アロはこちらに背中を向けたまま箪笥の中に手を入れる。ガサゴソとゆったりしたローブが動く。何をそんなに漁る必要があるのかと思ったけれど──
僕の体が隣りにいたオキシを突き飛ばし、その反動でそのまま自分も床に倒れ込む。
何かが弾けたような割れたような音が聞こえたのと、床の感触を感じたのが同時だった。
お主、立て!
ハックの声で強制的に臨戦態勢に移行する。どうやら魔術による攻撃を受けたらしい。次の攻撃に備えるべくアロに向かって体勢を立て直すと、その手に、腕の長さほどの金属の筒が握られていた。
その先が、オキシの方へ向けられる。
どういう攻撃か分からないが、多分飛び道具。間に合わない。
二回目の破裂音。
同時に、筒の先端の少し上で火花。
どうやら攻撃は外れたらしく、オキシが無事に立ち上がる。
「どう、して」
オキシは近くにあった来客用の椅子の陰へ移動しながら言った。僕も書き物机の影に移動する。
「どうもこうも。それはこっちのセリフだ。裏切り者め」
筒状の武器に何かを入れながら言う。
こうなったら、どうにか無力化して神とやらの元へと案内してもらうしかない。
ハック、あの武器はなんだ?
知らん。わしの時代にはなかった。お主の方が詳しいんじゃないか。
変な教団が使う武器なんて知らないよ。
まぁ、見たところ何かを高速で発射する飛び道具のようじゃが。
「ちっ。まどろっこしいなぁ」
何かがこっちに投げ込まれる。
それは拳大の何かで、
「危ない!」
オキシが投げ込まれたものを剣の先で弾き返すべく飛び込んで、
「危ない!」
一回目はオキシ、二回目は僕の声。オキシが飛び道具の餌食になるのを防ぐべく僕も飛び出す。
爆弾はアロの方へ叩き出せたものの、強い衝撃を胸に受ける。
「おいおい、良い鎧じゃないか。端から戦闘する気だったな?」
幸い革鎧を貫通していないが、当たりどころが違っていれば……。
次を撃たせないために、刀を抜きながら踏み込む。
口はすでに魔術を紡いでいる。
破裂音、反れる筒。
「全然当たらん! クソっ」
相手は武器の持ち方を変えて、鉄パイプみたいに構える。
僕の突き出した刀が鉄パイプに弾かれて、反れる。
衝撃が強くて刀を握った右手があらぬ方向へ。リカバリーが間に合わない。
打撃を受けるべく、左足(後ろの方の足)重心を移しながら、左腕を構える。
上からの振り下ろし。
左腕に激痛。
そのまま振り抜かれないように、体の力を抜き、後ろに倒れることでダメージを軽減する。
腕が折れてないといいなーと思いながら、追撃を出させないように、右手の刀をやぶれかぶれに振り回す。
相手はローブの下に鎧などを着込んでないからか、こちらの攻撃を鉄パイプで防がざるを得なくなる。
ジリ貧。
徐々に押し込まれて、ほとんど押し倒された状態になる。
ハックの魔術が間に合う前に、肩越しにオキシが振りかぶるのが見えた。
「ぐぬぅ」
鞘付きの剣で一撃。
マウントポジションを取っていたアロが転がりながらどいていく。
「いってぇ。ちくしょう」
頭を擦りながら立ち上がる。決定打には足りない。
ハックの紡ぐコードが、風の刃に変わってアロに切り傷を作る。
浅かったか。
炎のやつじゃ駄目だったのか?
ここで使ったら建物まで燃えるじゃろ。
そうか。
続けてハックが詠唱を開始する。
その間僕とオキシは左右から牽制する。
「おい。お前ら! 何が目的だ」
「そんなの! アイちゃんの!」
「オキシっ」
「ん」
僕の呼びかけでオキシはすぐに冷静になったが、口を使ったせいでハックの魔術が中断されてしまった。
あっ。
破裂音。
いっっっつ。肩が熱い。幸い左の方だから刀を振るのに支障はない。
次が飛んでくる前に間合いに入る。
踏み込めぇ。
僕が踏み込んだのを見て、一歩遅れてオキシも動き出す。
上段に構えて思いっきり振り下ろす。
パイプにガードされるが、この体勢なら押し込める。
思いっきり力を入れて、押し合う。
その隙にオキシが横から鞘付きの剣でぶっ叩く。
「ぐっ」
今度はさっきよりも重い一撃が入ったようで、アロは頭を抱えてふらつく。
力が弱まった瞬間に合わせて蹴る。体重が重くてふっとばすまではいかないけれど、後退りさせることに成功する。
同時、タイミングを合わせてハックの魔術が発動して、圧縮された風が放たれる。
鈍い音とともに頭を壁にぶつけながら、相手は倒れ込む。
「やった……のか?」
念の為に相手が持っていた武器を蹴り飛ばし、軽く体をまさぐる。用途不明の物も含め、所持品をすべて剥ぎ取る。
「そういえばリュックにロープが入ってたな。取り出すから、オキシはこいつのことを見ておいてくれ」
「あ、ああはい」
僕が話しかけるまで、意識が半ば飛んでいたらしい。オキシはようやく息が整ったようだった。まぁ無理もない。
僕らの荷物は戦闘に入ったときに無意識に投げ飛ばしていたようで、ぐちゃぐちゃの状態で部屋の隅に転がっていた。
意識を失っているアロを縛って、間違って孤児が入ってこないようにドアに鍵を掛け、事情聴取を開始する。
「聞くのは神の居場所……でいいんだな?」
「そうですね。アイちゃんがどういう状態なのかは……聞けるとしても聞きたくないですから」
「おいっ、起きろ」
顔ペチペチ。
「おーきーろー」
「も、もしかして殺しちゃいました」
「いや、息はある」
ハック何かいい魔術を知らないか?
電気ショックでもすればいいかの。
短い詠唱。
首に当てた指からバチッと音がする。
「う、ううん」
「起きたか?」
「ああ?」
「聞きたいことがある」
「なんで答えないといけない」
僕、もといハックは無言で刀の切っ先をアロの首元に持っていく。
「俺は仲間は売らねぇ」
「ふーん、そんなに教団が大事か」
「そりゃ大事だよ」
「なんでだ? 金で雇われてるのか?」
「ふんっ」
ローブの裾を足で払いながら見せるように投げ出してくる。木目のついたそれは、これみよがしに指先を動かして見せるそれは、義足だった。
「
「それで、それで今まで何人の人間を犠牲にしてきた」
「ああ? 何が言いてぇ」
「お前らの言う神は人間を弄ぶクズだってことだよ!」
「箱入りの坊っちゃんがよ。正義マンのつもりかぁ。そりゃ割を食うやつはいるだろぉ」
「何を──」
「ふざけるな!」
殴る。オキシが殴る。
「何が! アイちゃんは! アイちゃんはなぁ! お前! ああ! なあああああああ! ああ! ああ!」
声が肌に突き刺さる。痛い。その痛々しい光景を僕は見ているだけだ。僕に向けられたはずの罵倒に返すはずの感情も奪われて、僕はただそれを見ていた。僕の中にここまで人を思って怒れる気持ちがあっただろうか。
「オキシ、それ以上やると」
聞いてる方が痛くなるような打撃音に耐えかねて言う。
「オキシ!」
声が届かないから、後ろから羽交い締めにして止める。
一幕の静寂。
こっからどうやって尋問しようかと、途方に暮れそうになった所を破ったのは、意外にもアロの方だった。
「そんなに復讐がしてぇか」
また暴れだしそうになるオキシを抑えつけながら言う。
「どうしたら神ってやつに会える」
「俺の持ち物に三角形で複雑な模様のやつ無かったか?」
「それがどうした?」
「うちの神様は普段一方的に連絡してくるだけなんだが、こっちから向こうに行く方法が一つだけある。それが、そのトークンだ。そのトークンを六個集めてパスを辿ると、神様の居る場所へ行くことができる」
先ほど取り上げた持ち物の中から、三角の破片を見つけ出す。親指の爪より少し大きいくらいの材質不明の板状で、表面が怪しげに虹色にたゆたっている。
これは……とんでもない情報密度じゃな。
角度によって模様の変わるそれを見てハックが言った。ただのガラクタではないことは確からしい。
「なんで急に話す気になった?」
「さてね。おまけに言うと、このトークンはメンテナー全員が持ってる。ケービーって街の孤児院長もメンテナーだったな」
「何を企んでいるんだ?」
「企むような知恵なんてねぇよ」
「おい。本当のことを話さないと、さっさと殺してしまっても良いんだぞ」
「そうだな。俺の命だって、神様の目的のための手段だからな。ああ、今なら何でも話しちまいそうだよ。全部思い出した。なんで神様が孤児院なんて作ってるか知ってるか。全人類を救いたいっていう慈悲であり……」
アロは芝居がかった口調で、自らやってきたことを自白していく。
孤児院の孤児たちを少しずつ神様の所に送ること。送られた孤児はなんらかの実験に使われること。古い集落を襲って、魔導書や歴史資料を略奪したこと。
「お前! 黙れ! だまれぇ!」
一言話すたびに、オキシが声を上げ、襟首を掴み上げる。
なんでこんな急に話しはじめた? 何が狙いだ? 所持品は没収した。話してるから詠唱はできない。義足に何か仕込んでいるのか。それとも単に時間稼ぎか? 他に職員がいる? この書斎に入ってからどれくらい時間が過ぎた? 孤児たちが異常を感じて見に来るのを待ってるのか? いや、それほど時間は経ってないはず。
相手の意図が分からないせいか、体中から汗が滲んでくる。暑い。暑い?
空間に違和感を感じて部屋を見回す。
四方の壁全面が一斉に発火した。
「……あー。間に合った。間に合った。はぁ」
アロは傷だらけの顔でそう呟いて、上半身を床に倒す。さっきまで、べらべら話していたのが嘘みたいに静かに、目を閉じてその場に横たわっている。
なんだ。なんなんだ。
何をそんなにやり遂げた顔で。
いやそんなことよりも。
僕は横たわる相手の腹を蹴りぬく。
「おい! どうやって止めるんだ」
「止める方法なんてあると思ってんのか? この仕掛けはな、俺が自ずから手掛けたんだ。この書斎には見られちゃまずい書類がいっぱいあるからな。全部、いっぺんに始末できるようにしたんだ」
お主よ。こいつの話を聞いても仕方なかろう。
「じゃあ、どうするんだよハック!」
ビクリとオキシは肩を上下させる。いきなり僕が怒鳴ったからか。
この規模の炎、しかも、今もなお魔術が発動し続けておる……これは……どうしたもんかのう。
炎が無理なら、さっさと脱出すればいい。すっかり赤い光の壁で覆われて見えなくなってるが、勘で扉の辺りを斬りつける。手応えが堅くて手首を痛めかけた。
「無駄だ。無駄だ。この部屋の壁は防音使用で分厚く作ったからなぁ。我ながらいい仕事だぜ」
「どうするのキャニー」
手持ちの荷物に炎対策なんてあるはずもなく──
「……わしが、な、んとかす、る」
僕の口でハックが話す。煙のせいで、普通に喋るのもきつい。視界を煙が覆っていく。こんな状態じゃ詠唱なんて。
なあに、詠唱だけが魔術じゃないのは知っておるじゃろ。
でも、魔術具もなにも準備してないじゃないか、今から書いて間に合うのか? そもそも、ハックは詠唱以外の魔術を使えたのか?
奥の手ってやつじゃ。
目を閉じ精神を統一する。
脳の中心の方を針で触られるような、痒いような痛いような感じになる。そんな刺激が小刻みに来る中で、目を開いた。
あれだけ燃え盛っていた炎が、僕の視界の中心の一点に流れ込むように、渦を巻いて収束していく。
新たに出現する炎も次々に、その一点に集められていく。
火炎も熱も何もかも圧縮して消し去っていく。
僕はこんな魔術を見たことがないし、魔術でこんなことができると聞いたこともない。魔術に詳しくはないけれど、これは言える。今何か、伝説的な技術を目にしているということを。
最後に残った、たった一点の光点。
それを、床に寝転がっているアロに当てる。
人の肉が焼ける最悪な臭いがした。
すごいな、ハック。
使いたくなかったんじゃがな。それよりも、さっさと逃げた方がいいぞ。
「おい、オキシ。さっさと行こう」
「えっ。ああ。そうですね」
僕らは何事も無かったかのように、その部屋を出て、宿へと戻る。
まだ日も高かったけれど、その日は全部を隠してしまうように眠った。
孤児院から出るとき、十三才くらいの孤児の一人とこんなやり取りをした。
「お話は、もう終わったんですか」
「ああ……おかげさまで」
「よく知らないですが、上手くいくといいですね」
「あ、ありがとう。……ああそうだ。アロさんは書斎で仕事を片付けるって言ってたから、しばらくは近づかないであげて」
「分かりました。院長、本当に書類仕事苦手みたいで、いつも期限過ぎてから焦ってやるし、届いた書類をすぐにチェックしなかったりするんですよね」
「そう、なんだ」
「でも、その分僕らとよく遊んでくれるんですよ」
「いいね」
「ねぇキャニーさん、早く行きましょう」
「ああ」
「さようなら。また来てくださいね」
僕がこの孤児院に来ることは二度となかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます