12──殺す。 その2
早朝、宿屋の主人が朝食の支度をしているくらいの時間に、どうにか宿屋に到着する。その間、結局背中のやつは起きないまま。もうなんか面倒くさかったので、二部屋じゃなくて、二人用の部屋を一つ借りる。朝食を勧められたが、それも面倒くさかったので、パンだけもらって、部屋に引っ込む。部屋に鍵をかけ、荷物を下ろし、そのままの体で寝床に横になり、就寝──。
起床したときには、すでに太陽は中天を少し過ぎたところだった。生活リズムが壊れてしまうな。研究室のときはそれで苦労したんだったか。遅刻したとかではなく、夜は店が開いてないという苦労を。
もう一つの寝床を見ると、転がしておいた連れは未だに起きる気配がない。昨晩に比べるといくらか顔色が良くなってる気がする。
さてと、色々話を聞きたいところだが、あまり外でできる話でもない。飯でも買ってきて、ここで聞くかな。
外に出て周囲を散策。五分十分ほど歩き回って具入りのパンをいくつか調達して部屋に戻った。準備完了。
ということで。
「ほら、起きろ」
寝ているそいつの肩を強く揺する。
「離して」
二、三回揺すってやると、シャッターが上がるみたいにきっぱりと目が開いて、ローテンションボイスで反応してきた。
「やっと起きたか」
「はい、目覚めは良い方なので。ここは?」
「あれから、道なりに進んだところの宿」
「それならラプタラですね」
「あー、そんな看板があったような気がする。ま、とにかく、飯を買ってきたから。食べてくれ。あと名前」
「あ、ありがとうございます。そういえば名乗るのを忘れていました。私はオキシ、アイちゃん……アイロンの幼馴染です」
「僕はキャニー。アイロンから何か聞いてるかもしれないけど──」
僕はこれまでの旅のことをかいつまんで説明した。話しにくいことをぼかしながら。
オキシは相槌も打たずにただ黙って僕の話を聞いていた。感情の雨戸を閉めたように、意図的に反応を返さないようにしている。そして、ひとしきり語り終えると、膝の上に置いた両手を強く握って、僕の目に視線を通した。
「まぁ僕の方はこんな感じだ。今度はそっちの話を聞かせてくれ。特に、復讐の
「はい」
僕はコップから水を一口飲む。
「元々アイちゃんと私は、OSC教団傘下の孤児院で出会ったんです。私が十才で孤児院に入ることになって、そこで、いじめに遭っていたアイちゃんに話しかけたのが始めで……ああ、そうじゃないですね。えーとえーと。アイちゃん、高校入ってもいじめられて、それを見かねた孤児院の先生……教団の構成員がアイちゃんを集会に連れて行っちゃって。そこから、色々おかしくなったの」
「それで、オキシも集会に参加してたのか」
「そうです。アイちゃんは正教団員、コミッターって言うみたいです。なんですけど、自分は入信まではしなくて、でもアイちゃんといつも一緒だったから。見学者も入れる集会は一緒について行きましたし、教団員としての活動も手伝ったり、してました」
「なるほど。それで、村を襲ってオペラを誘拐して、挙げ句、僕を殺そうと」
「違います!」
「何が違うんだ」
「アイちゃんはそんな酷い子じゃないんです。アイちゃんは……優しい子だから」
ああ。そんな風に泣かれると何も言えなくなる。卑怯じゃないか。悪いのはそっちなのに。
「そんな事情はどうでもいい。僕は神とやらに会えるのか。どうすればそいつを殺せる」
「確信がある……わけじゃないけど、私はまだOSC教団を裏切ってないと思われてるはず。だから、何か大きな成果を上げれば、カミの方から回収しにくるはず。私も一回しか会ったことないけど」
「成果って?」
「それは……」
「言えないこと、か。僕はお前もアイロンのことも許していない。
「そうだね」
お主、こやつ手が震えておるぞ。もう少し抑えろ。
なんだよハック。僕は別に。
「それじゃあ、地道に孤児院に潜入して情報を集めるしかない、ですね。幹部の人がどこの孤児院にいるかは大体把握してます。幹部の人はメンテナーって言って、カミにコンタクトをとる手段を持ってます。ただのコミッターだと一方的に指示を受けるだけで、こちらからはコンタクトできません」
「ちょっと待て。その、教団の幹部……メンテナーは孤児院にいるのか?」
「大抵は……というか、教団の表向きの活動が孤児院運営や子ども図書館の開放ですから」
「そんなやつらが裏で、村を襲ってるのか」
「はい」
「アイロンはそのこと知ってたのか」
「多分知らないと思います。薄々違和感は感じてたみたいなんですが、最終的に全ての人間が救われるからと。その部分は盲信してたみたいで」
「その気持ちを利用されていたと」
「私も……止められなかった」
「それで、これからどうするんだ。その孤児院ってのはどこにある」
「この町にもあるし、私が知ってる範囲だと八箇所。場所は……」
「いい、地図に書いてくれ。国全域の範囲でいいか?」
僕は荷物の中から二番目に範囲の広い地図を取り出す。一番広いのは世界地図。
「はい、基本的にこの国にしかないと思います。大きめの街に一つずつ。一つの街に複数とか、外れた場所にあるとかは聞いたことがないです」
適当なペン渡して、孤児院の大体の位置を記入していってもらう。
声とペンの滑る音だけが部屋に広がる。
「本拠地というか、本部みたいなのはないのか?」
「知らないです。教団員の間で上下関係があんまりなくて、等しくカミの下で動いている感じで。孤児院の規模の差はあっても、明確な本部はないです」
「となると、神は全然見つからないような場所にいる可能性が高いな」
「あ、そうですね。そういえば、カミと教団員がどうやって連絡をとってるところを見たことない……」
「となるとますます、直接聞きに行くしかないってことか」
「はい」
「この町にもあるんだったな」
「ここ、ラプタラですよね」
「ああ」
「だったらあります。前に来たことがあります。そこそこ大きい建物だったから、メンテナーがいるかもしれないです。問題は、どういう口実で聞き出すのか」
「それと、本当に裏切りがバレていないのか。じゃな」
「えっ?」
「オペラの首輪には居場所を知らせる機能があったからの。あの蘇ったアイロンが神とやらの仕込みなら、アイロン経由で情報を取れても不思議じゃない」
ハックが僕の口を勝手に動かしてしゃべる。
「口実は、こやつの……僕が入信したいってことでいい、だろ。新しい信者が神本体に会いたいと思うのは自然だ。あとは、裏切りがバレていた場合に備えて、戦闘になる心構えをすればよい」
「キャニーさん? なんかキャラが変わったような」
「んん。全然、そんなことないよ。僕は純度百満点の僕だよ」
「純度が満点って。まぁいいです。多分気の所為ですね」
良かったなんとか誤魔化せたみたいだな。よし。
はぁ、お主は相変わらずどっか抜けとるの。
うるさい。ハックが口調を揃えてくれなかったからだろ。
「とにかく、行くなら早いほうがいいな。それに、もし荒事になったときに目立たないように、日が沈んでから。準備ができたら今晩にでも行こう」
「賛成です。一分一秒でも早くアイちゃんを開放しないと」
当面の行動はこれでまとまった、まとまったはずだが、今のうちに片付けておくことがある。
「最後に一つ、言っておかないといけないことがある」
「なんですか」
僕はおもむろに席を立ち、その場に腰を下ろし、正座、そのまま頭を床へ。
「手持ちのお金がなくなってしまったので、お金を貸してください」
「えぇー」
廃品を見るような視線と、部屋の空気が灰色に濁ったのを確かに感じたものの、僕は当面の活動資金を手に入れたのだった。
曰く、
「アイちゃんのために貯めてたけど、もう必要ないですから」
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