12──殺す。 その1

 アイロンだった燃えカスを道の端に埋め、先の見えない林道を進もうとしたその時だった。

「ちょっとまって!」

 聞き慣れない声。

 道の脇の木々の間から金属の反射光が突き出され、それを、刀を横に構えて弾く。

 思考を挟まず、直剣が突き出された方向に向かって蹴る。思った以上にクリーンヒットして少し拍子抜け。

 出したままだった鬼火を移動させると、道の真ん中に淡い水色髪の女性が尻もちをついていた。

「誰だ?」

 聞くと同時に、脳裏にアイロンの隣にいた女性が思い浮かぶ。そもそも、アイロンがタイミングよく襲ってきたのも引っかかるし、アイロンと同時に来なかったのも気にかかる。と、そんな風に巡らせた思考はすぐにはじけた。

「頼みが……あります」

 それは土下座だった。

「あなたが殺したアイちゃんは、私の幼馴染なんです。ほんとは、あなたを殺したい……けど、そう思ってたけど、でも、もっと酷いやつがいて。ぐすっ。OSC教団のカミってやつが。全部あいつのせいなんだ。なぁ、一緒に……復讐してくれないか…………頼み……ます」

 相手の表情は見えない。ただ、もしこれが騙し討ちなのだとしたら、さっきアイロンと戦っている最中に仕掛けてきているはずだ。アイロンをあんな風にしたやつが憎いのは僕も同じ。

「神の居場所を知っているのか?」

「知らない。でも、教団員として教会に顔を出したことは何度かあるから」

「会ったことは?」

「……ない」

「正直、神なんていると思っていないし、いるとしても神を名乗ってるだけの偽物だと思ってる」

 とはいえ、殺したはずのアイロンが蘇ったあたり、並外れた力を持っていることは確かなんだ。協力者はいたほうがいい……のか。

「今の話だけだと何も言えない。顔を上げてくれ。詳しい話は後だ」

「協力してくれるんですか?」

 土下座したままの姿勢で僕の足首を掴んでくる。骨がかすかに声を上げた。

「まずは、手を離せ! 土下座をやめろ!」

 相手は手をビクリと引くが、土下座はやめない。まずい、町を出てからどれだけ経った? 早く移動しないと、エメリーに感づかれるかもしれない。

「こっちは早くこの場所を離れないといけないんだ。ここで言うことを聞けないならどのみち協力なんてできっこない」

「そ、そうか。そうですね」

 それを聞いて相手が立ち上がるのを確認しないままに、夜の闇へ歩き出す。僕が立ち止まる気がないのを察してか、ようやく立ち上がって僕の後ろへ。足音が二つになる。そのまま二人、黙って歩いた。ハックの魔術で作った小さな灯火を漂わせて、先の見えない道を歩いた。

 二十分か、それとも二時間か。時間間隔も溶けてしまった頃に、今まで一切なかった獣の気配が聞こえてきた。とても軽い足音がする。

 ハック?

 こっちに向かってきておるな。イノシシよりは大きいが……これはなんじゃろうな?

 自分の喉からハックによって短い呪文が漏れ出す。

 宙に一つだけ漂わせていた火の玉が弾けて、小さな無数の火花に変わって拡散。

 遠くから二体、何かが飛び込んでくる。

 四足歩行で体中が黒い線のようなものでできていて、そこら中透けていて、形は人の背丈ほどの狼のようで。

 似た魔術を前に見たような。

 そんな、僕の思考と並行してハックが魔術を紡いだ。

 僕の口からハックの呪文が発せられるとともに、その音の連なりが魔術現象へと変換されていく。

 二メートルくらい先に腰ほどの高さの炎の壁が──

     ──出現するとともに、僕は刀を抜ききっていた。

 二体の獣は炎に怯みもせず突っ込んでくる。その足を焼き切りながら、自らの身体を燃やしながら。

 僕は息を吐きながら、横に構えて一閃。

 四肢が短くなった獣たちは踏ん張りが聞かずにそのまま、刀に横一文字に引き裂かれていく。が、ここまで接近して気づく。こいつらでかい。

 右側のやつを両断する隙に、左側のやつが肩に噛みついてくる。

「いっっっぅ」

 悲鳴を上げかけるが、大丈夫。腕の感覚はある。

 そして、左側の獣も消失する。

「大丈夫?」

「ああ、幸い傷はそこまで深くない」

 荷物の中から綺麗な布を取り出して傷口を縛り上げる。手は普通に動くし、流血もすぐに止まるだろう。ああ痛い。

「あの、今の魔術……」

「もしかして、アイロンの?」

「……はい」

「進むぞ」

「えっ」

「進まないと、どのみちここで野宿なんてできない。日が昇る前に次の町に行っておきたい」

「分かった」

 なぁお主よ。もしかしたら。いや、もう遅いか。

「アー! やっと見つけたよ。キシちゃん、キャニーさん!」

 その声は……その声は……。

「アイちゃん……また、なの?」

 人の形をした影が走ってくるのが見える。小さな影が徐々に大きく、大きく、何か大きすぎるような。距離があるから気の所為かもしれない。

「あ、あっああ。いや、いやあああああ!」

「どうしたのキシちゃん。大丈夫だよ。私は、大丈夫だよ」

 灯りに照らされる範囲まで来たアイロンは、さっき見たやつよりも、1.5倍くらい大きい。それから、髪が長く地面に着くほどになっている。それ以外は何もおかしな所は見えないし、化け物になってるわけじゃない、少なくとも見た目の上は。それでも、およそ人間の限界と思われるような長身と、日常じゃありえない長さの髪の毛が、ひどく異物感をかもしていた。

「さてと、私はね、これから二人のことを、お仕置きしなくちゃいけないんだ。神様に言われてるんだー。だからね。ごめんね」

 アイロンに似たそれが、両手を振りながら走ってくる。両手に武器も持たず。

 後ろのやつは、ダメそうだし、避けるとまずいな。

 身長が少し伸びているとはいえ、リーチは刀を持っているこっちの方が長い。落ち着いて刀を大上段に構える。

 ハック、魔術でのサポートは任せた。思いっきり強火でいい。

 任された。

 アイロンが走ってくる。

 走ってくる。

 走ってくる。

 アイロンが、片方の手を振りかぶる。

 今。

 一歩踏み込んで力任せに刀を振り下ろす。

 血しぶきは、飛ばない。到底、肉を斬った感覚とは思えない。僕は何と戦っているのか。

「あああああああああああああ」

 目の前の怪物が鳴く。

 刀を構え直して次の攻撃に移る前に、ハックの魔術が発動する。

 その長い髪が燃えて、不愉快な臭いを撒き散らす。

 髪を服を肌を焼いてなお、その炎は燃え尽きない。

 まだまだ燃える。

 不快な臭いは消え、じきに木の焦げる臭いに変わる。

 まだ火は消えない。

 完全に動かなくなったのを確認して、火の中に刀を突き刺す。

 炭の割れるいい音がした。

 なあハック。これって。

 ほとんど木でできておったということじゃな。そもそも死者である上に、同じ人間がほぼ同時に出現したんじゃ。複製ということかの。

 複製って。

 詳しいことは燃えてしまったから分からん。どうしても気になるなら、直接元凶に問い詰めるしかなかろう。こんな魔術はわしも知らん。まぁ、知ったところでどうするという問題もあるがな。

 そう、だな。やることは変わらないし。これから先こんなアイロンの粗悪品と戦わないといけないことを想像すると、今すぐ引き返したくなるくらいだが。だけども、もう逃げない。僕が殺してしまったのだから。僕が眠らせてやらないと。

「先を急ごう」

 どんな手を使ってでも元凶を殺してやる。

「さぁ行くぞ……おい」

 後ろを振り向くと、青髪のやつが地面に顔をつけたまま固まっていた。息はしてる。

「はぁ、どうするんだよこれ」

 でも、今のところ元凶の元へ辿り着く唯一の手がかりだからな。背負っていくか。

 リュックを前に回して、背中にこいつを背負う。そういえば、名前もまだ聞いてないな。

 人の体温が背中に押し付けられる。荷物と一緒に運ぶには少し重い。揺れるたび首筋に髪の毛が触れて、我慢できなくなる。

 ハック首元の感覚を遮断できないか。

 嫌じゃ。めんどくさい。

 はぁ。そんなこと言うなよ。このままだと、歩くのに集中できないだろ。

 じゃあ、歩く方をわしがやる。お主は、今、女子を誘拐しているというのだという気持ちを噛み締めておれ。

 まったく。なんでそんなに反抗的なんだか。

 何はともあれ、そのまま刀が必要になることもなく、次の町の宿までたどり着けたのは、おおむね幸先がいいと言えるのだった。

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