11──何度逃げ出した? その2

 今日は久しぶりに意識がはっきりしている気がする。

 そして、意識がはっきりしてくると、あのときの光景を思い出して──。

「どうしたんですか、キャニーさん! 私とあなたの仲じゃないですか! それともこの短い期間に私のこと忘れたんですか。ねぇ。返事してください!」

 僕とオペラとエメリーは、例の宿屋の部屋に備え付けのテーブルを囲んで座っている。エメリーが注文したのか、飲み物の入ったコップまで……。味が良くわからなかったから、中身はただの水だと思う。

 エメリーのテーブルの叩く音に反応して、彼女の方を見てしまう。その顔は否が応でも、最初の街を逃げ出す前の生活を思い出させる。あの頃と同じように髪が少し跳ねていて、顔の輪郭は……若干痩せていて。あとは、服装が学芸員の制服ではなく、森に入る用のものになっていた。

「では、改めまして。やっ、お久しぶりです。キャニーさん。突然音信不通になって心配したんですよ。生きてて本当によかった。最近はどうですか? ここまでの旅の話を聞かせてください。こっちは、あの後王室の宝物庫に盗みが入ったとかなんとかで、ちょっとした騒ぎになってましたよ。今でも盗まれたものは戻ってないみたいですが……まぁ、それ以外は特段何事もなく魔導開放記念祭も終わったみたいです」

 この人こんなに一方的に話してくるような人だったっけ。なんて感想をぼんやりと思う。一体この人はなんでこんなところまで来たんだ。まさか本当に、僕を追って来たんじゃないだろうな。そういうのは……騎士団の仕事だろうに。

「わざわざ、こんなところまで、なんで来たんだ」

「それは、キャニーさんが心配だったからですよ。そうじゃなきゃ用もないのに街を離れたりしません」

「そうか……」

 何か、思おうとして、めんどくさいからやっぱりやめて。

「僕は、大丈夫」

「ボルタには戻るんですか?」

 今更どの面下げて戻れるっていうんだ。僕は魔導書を持ち出した盗人なんだぞ。

「いや」

「では、このまま旅を?」

「いや……」

 そんなの分からない。

 少しだけ目線をそらしてオペラの方を見る。オペラがこちらを見上げて固まっていた。オペラからも目線を外す。

「ふぅむ。なかなか頑固ですね。場所を変えますか。この近くで良さそうなご飯屋さんを見つけたんですよ。お姉さんがおごりますので食べに行きましょう。その分だとどうせ部屋にこもりきりなんでしょう。オペラちゃんもそれで良いですよね?」

「あっ、はい!」

 エメリーとオペラが立ち上がる。僕は──。

「こらっ、キャニーさんも行きましょう。なんで、オペラちゃんよりも聞き分けが悪いんですか。みっともないですよ。こらっ、キャニー」

 抵抗する気力もなくて引っ張られるままに立ち上がり、囚人のようにトボトボ歩く。

「っふ」

 今、オペラが笑った? そういえば最後に笑顔を見たのはいつだろう。ここ最近は、いや、ここ最近のオペラの顔なんて覚えてない。何も分からない。

 宿屋の外に出ると、一度来るときに通ったはずの町並みが、初めて見たものに感じられて居心地の悪さを感じた。知らないうちに知らない場所に迷い込んでいたみたいな。初めて来た町ではあるけど。

「いらっしゃい。注文何にする?」

 テーブルが五席以上あるレストランに到着する。昼時から少し外れているのか、人は少なくて、すぐに店員が注文を取りに来た。

「ここのオススメはなんですか?」

「そうだなぁ。今日はちょうど、豚が良いの入ってるよ」

「じゃあ、それで適当に~、あっ、2~3本でいいので串焼きにしてください。それから、サラダも付けてください。それ以外は適当に三人前で」

「はいっ。串焼きとサラダとあと適当だね

 手元のメモに注文をとって厨房へと引き返していく。

「おいっ、じじい! 注文!」

「ああ? 今何時だと思ってんだよ」

「営業時間内だろうが!」

「しゃーねーなー。作りゃいんだろ」

 客に聞こえちゃ駄目な会話が聞こえるが、聞かなかったことにして。

「あはは。そうだよね、もうおやつの時間だよね。あとで何か甘いものも食べに行きましょうか」

 テーブルの向こうにエメリーが、すぐ右にオペラが座ってる。長椅子の左が壁にくっついているので、僕がこの場から立ち去るにはオペラを押しのけないといけない。

「甘いもの」

 隣からよだれをすする音がする。

「そう、オペラちゃんは甘いもの好きですか? 今日はお姉さんのおごりでなんでも食べていいですよ」

「なんでも! ほんとになんでも、いいんですか?」

「ええ、ええ。こう見えてもお姉さんはお金持ちなのです」

「お金持ち……。王子様と結婚してるんですか?」

「んん? お金持ちと王子様が何か関係が?」

「あの、お金持ちだと、ドレスでパーティーで、王子様と結婚するんじゃないの?」

「そのお金持ち像はどこから……。えーと、そうだね。王子様っていうのはね、数人しかいないから、お金持ちだったら誰でも結婚できるわけじゃないんですよ」

「それじゃ、ドレスでパーティーは?」

「ドレスでパーティーは、一応、行ったことはあるかな」

「すごい! どんなやつ着たの?」

「水色でスカートにフリルがいっぱいついてる。フリフリなやつ」

 女子2人の会話が頭に流し込まれる。エメリーがドレスでパーティーなんて、全然想像がつかない。おしゃれとか無縁のやつだと思っていた。ドレスを着るときは、万年寝癖も直るんだろうか。

「いいなー。わたしもドレス着たい。それで、一緒にダンスしたり……教会でー」

「オペラちゃん、ウエディングドレスと、ごっちゃになってませんか?」

「えっ」

「ドレスにも色んな種類があって、見た目とか、いつ着るかとか、色々違うんですよ」

「じゃあ結婚式のとき着るやつは?」

「それはウエディングドレス。ウエディングって部分が結婚式って意味で」

「エメリーさんは着たことあるの?」

「ごふうぅぅぅぅぅぅっ────。すぅー。はぁー。私は、着たことないかな。結婚してないから……」

「そうなんだ。結婚って意外と難しいのかなぁ」

「うーん」

 丸メガネ越しに険しい視線がこちらに向けられる。それは資料を見聞してるときの目だろう。

「僕の入れ知恵じゃないぞ」

「分かってます。キャニーも恋愛に縁がないタイプですからね」

「そういえば、キャニーって」

 少女が物陰から様子を伺うみたいに、上目遣いで一瞬、こっちを向いて言うも、その言葉の続きが出ないままに、顔の向きが元に戻る。オペラはそういうことに興味津々な年頃なんだろうな。

 そんな感じで話している内に、料理が運ばれてくる。お任せで注文した分は、豚肉の炒め物とパン、それから根菜たっぷりのトマトベースのスープだった。

 料理が届くと、エメリーは手慣れた感じで皿の位置を調整して、料理を取り分ける。そして、僕の目の前には豚の串焼きが。

「はい、串焼きはキャニーさんの分ですよ」

「?」

「? じゃないですよ。キャニーさん串焼き好きでしょう? 何度か職場に来るときに持ってきてたじゃないですか」

「ああ」

 言われると、なるほど確かに、僕は度々串焼きを持ったまま職場に行っていたし、弁当に詰めていったときもあったな。

「別に、特別好きなわけじゃないよ。大家さんが串焼きの店をやってて、それで何回も持たされてただけ」

「そうなんですか。数日連続で続いたときなんかは、よっぽど好きなんだなぁ、好物とかあんまりなさそうなのに意外だなーって、思ってたんですよ。そういうことでしたか」

 好物ねぇ。母がたまに作ってくれたハンバーグだろうか。

 差し出された串を持って、そのまま頬張る。うん。

「ご感想は?」

「おいしいけど」

「それなら、もっと美味しそうにたべたらいかがですか。いつまでもそんなに辛気臭い顔して……本当に何があったんですか? お姉さんに話してみてくださいよ」

「………………」

 僕は黙々と目の前にある料理を口に運び続ける。ただ作業のように。

「はぁ。ここのお代、私が出すんですけどぉ」

「それは……ありがとうございます。でも……」

「はぁぁ。ま、いっか。しょうがないから、オペラちゃん、キャニーなんかほっといてお話しましょうか」

「うん」

 もごもごと頬が膨らんだまま返事が返ってくる。

「おいしいですか?」

「おいしいよ!」

「お口にあって良かったです。キャニーがあんまりにも目が死んでるから、てっきり私だけ味音痴になったのかと思いました」

「キャニーはね。最近ほとんどご飯食べてなかったの。だから、よかった」

「そうですか。キャニーがこんなになった理由、オペラちゃんは知っていますか?」

 オペラは黙って僕の方を見みてくる。

「……いい?」

 僕は良いとも駄目とも言わずに、視線をそらす。そして、カウンター席が何席あるか数える。

「この反応は大丈夫って反応です。キャニーさんは本当に駄目ならちゃんと否定できる人ですから」

「じゃあ……えっとぉ。キャニーがわたしの村に行ったせい? あっ、でもその前からなんか落ち込んでたし」

「話しづらければ、キャニーさんと出会ったところから順番にお願いします」

「うん。キャニーはね、わたしのこと助けてくれたの、えっとー、たしかねー」

 時計の秒針の音とともに、二人の会話を聞き流していく。

「それで、キャニーにおんぶされてて」

「ハックさん? には後で挨拶しないとですね」

「コランに会って、首輪を外してもらって」

「キャニーさんが自分から面倒事に首を突っ込むなんて」

「キャニーはときどき強いんだよ。かっこいいんだよ」

「見てみたかったですねー」

「それでヘタレで、どんかんで」

「そうそう、私が知ってるキャニーさんはそんな感じ」

「それから」

「うんうんそれで」

「で、気づいたら抱っこされてて、急いでここまで」

「そうでした、か。それは……、大冒険、でしたね。お疲れ様です」

 ペコリとお辞儀して、ズレたメガネをかけなおす。それから、彼女は一回手拍子を叩いてからこう言った。

「さて、では、次はデザートを食べに行きましょう」

 テーブルにたくさん並んでいた料理が嘘のように片付いていて、ソースの汚れがついた皿だけが残されていた。

 有無を言わさずにカフェへと連行される。

 窓が縦長で、さっきの店よりも明るい色をしたテーブル席につく。

「オペラちゃんはパンケーキ食べたことあります?」

「あるよ。お母さんが焼いてくれたやつ」

「こういうお店のは?」

「ないよ。そもそも、村にこんなお店ない……」

「じゃあ、ちょっとビックリするかもね」

「飲み物は……私はホットコーヒーかな。はいメニューどうぞ」

「えーと、リンゴジュースで」

「キャニーはどうしますか?」

「なぁ、本当にパンケーキ食べるのか?」

「むむ。どういうことですか? もしや、パンケーキに何かトラウマでも?」

「違う。あれだけ食べたのに、まだ食べるのかという意味だ」

「愚問ですね。甘いものは別腹じゃないですか。もしかして、甘いものはお嫌いですか?」

「そういうわけじゃないけど。食欲があまり……」

「ふむ、しょうがないですね。後で一口だけって言ってもあげませんからね。で、飲み物だけでいいので、決めてください」

「あー、えーと、じゃあココアで」

「ふーん」

「なんだよ」

「キャニーさんって結構子ども舌ですか? 苦いもの苦手とか」

「そ、そんなことはないよ」

「コーヒー飲めないんですか?」

「ココアの方が好きなだけだ。それがどうかしたか」

「いーえー全然。ちょっと意外だなーって思っただけです。あっ、すいませーん! 注文いいですかー」

 ほどなくして、香ばしかったり甘かったりする匂いとともに、注文したものが運ばれてくる。

「うぁー、いただきまーす」

「どうぞどうぞ」

 運ばれてきたパンケーキは、半径が小さくて分厚いタイプのやつだった。上には蜂蜜といっしょにバニラアイスとハート型のチョコレートが乗っかっている。

「はむっ、んん! ちべたい。これなに! はむっ」

「ふふふ、オペラちゃんはアイス食べたの初めてですか?」

「冷たいの初めて! こんなふわふわのパンケーキも初めて!」

 僕の隣の金色の髪がぽろぽろ弾けるように光った気がした。小さなお姫様は、一心不乱にパンケーキを口に運んでは、甘さとか楽しさを押し込めきれずに、目から幸せが溢れてるようだった。それを見ながらココアをすする。べたべたする。

「何見てるの? やっぱり一口ほしいの?」

「ああいや」

「オペラちゃん別にキャニーさんにはあげなくても良いんですよ。いらないって言ったんですから」

「はいキャニー。あーん」

 甘い匂いとともにパンケーキを乗せたスプーンが向かってくる。その上には、ハート型のチョコが乗っかっている。一口分の切れ端にも乗り切る小さいハートが。その圧に負けて、幸せのお裾分けにかぶりつく。

「甘いな」

 甘すぎて逆に喉が乾いてくるような、そんな甘さだった。

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