09─肉を切るのってこんなに大変なことだったんだ
眠っているところを襲われるなんて、しばらく前にもそんなこと、あった気がする。さっきまで、クランクさんと話していたはずなのに。
ポッケに入れていたお守りが割れる音で、僕が目を覚ます。
暗闇にぼんやりと、奇抜な仮面が浮かび上がる。
木目がむき出しの板のような仮面。
くり抜かれた部分から除く目と目が合う。
衝撃。
短剣が胸に突き立てられる。お守りのおかげだろうか、剣先は刺さらない。
殺意。
血流が沸き立つ。全力で飛び退く。暗くて何も見えない。ただ、暗闇の中に仮面が二つ浮き出ている。
相手の位置は分かる。なら、刀を振り抜けばいい。
とにかく刀を振り回す。
脳内に思い浮かんだコードを詠唱する。
明かりが灯る。
黒髪の女が、仮面を着けた女がいる。
こいつが。
足元に黒い線だけで構成された、犬たち。こいつらは追っ手の──。
飛びかかってくる。
詠唱が間に合わない。
半分を切り払う。半分は無理やり手足を振るって、弾き飛ばす。少し噛みつかれた。
痛みを感じる暇もなく、女に迫る。
向かってくる短剣を弾く。弾く。弾く。
いくら弾いても止まらない。
もう一つの、水色髪の仮面が加勢に来る。
そいつの手が血でまみれている。
誰を殺した? クランクさん? オペラ? 僕も殺られる? 殺し合いだ。これは殺し合いだ。間合いに入る。早く早く早く。刀を振るう。
片方の仮面の短剣を弾き飛ばす。続けざまに蹴り込む。もう一人に向かう。
こいつか? こいつが。
振るわれる剣を弾く。さっきのやつより強い。重い。
刀を振る。
押され気味になる。下がる。距離を取る。
無我夢中。詠唱。
口から紡がれるコードが、魔術へと、炎へと変わっていく。
怯む相手。
さらに距離を取る。
向かってくる相手。
しつこい。
刀を突きの姿勢で構えて、突撃。
避けられる。
すぐに、体勢を変えて、その勢いのまま蹴りを入れる。
吹っ飛ぶ感触。
やったか。
「ああああああああ」
これは僕の声──肩が熱いあついアツい。あっつ。
「クソがっ」
黒髪の仮面の方が戻ってきて僕に短剣を刺したんだ。
状況を意識が把握するのと、僕が刀を突き立てたのは同時だった。
堅い感触。恐らく上着かなにかに刺さった感触。
「まだ、やらなきゃー!」
頬を爪で引っかかれる。線が一筋。全身をアドレナリンが駆け巡り、危険信号を増幅させる。
刀を押し込む。
相手が倒れる。
僕は馬乗りになる。
殴られる。何発も。殴られる。
だから僕は僕の体が動く限り、刀に力を体重をかける。
ゆっくりと沈んでいく刀。
人体の軋む音。
一番上の堅い層を貫通すると、まるで、行列が進むときのように、刀が進む。
この感触に近いものを僕は知っている。何度か野生動物を狩った時の感触。
『よいか、一人で全部捌けるようになるまで練習させるからな』
そんなことを言っていた気がする。
もっと押し込む。
獣を捌いたときの記憶がフラッシュバックする。皮が脂肪が筋肉が内蔵が……。
あーグロいな。
吐き気を抑える。
「そうだ、オペラは……あぁ、良かった」
周囲を見回すと、オペラは僕が寝る前と同じ場所にいた。まだ眠っている。
僕の下に横たわってるそれが誰なのか、気になってその仮面に手をかける。
そうだ、僕はこの人に見覚えがある。
確かめずにはいられなかった。
仮面の下には、青ざめたまま固まった。アイロンという名の女性の顔があった。
目は開いたままで、血色は悪く、目に隈もできている。その目はどこを見ているのだろうか。
「あっ、ひっ、あっ」
彼女の上からどいて、墓標のように突き立った刀を抜く。簡単には引き抜けなくて、傷口をえぐる、えぐる、えぐる。抜けた。
何かの間違いであってほしかった。
彼女とは、仲直りしたはずで……、親切な彼女、そんな彼女がオペラを奴隷に?
真実を確かめようにも、肝心の彼女はこうして死体になってしまっていて。僕は、僕はなんてことをしてしまったんだ。
嫌だ考えたくない。
ああ、ああ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
魔術で灯していた光が消える。
この場に漂う濃密な血の臭いから離れたくて、僕は、オペラを背負って、持てるものを片っ端から持って、反動だけで立ち上がって。
ああ、くそ。
足が震える。靴が滑る。
重い。荷物が、足が。
一歩踏み出すと、一歩つまずく。一歩踏み出すと、木にぶつかる。
前が見えないのも気にする余裕はない。
とにかく、その場から遠ざかった。
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