06─あなたは間に合った。私は間に合わなかった。 その3

 村に来てから、三泊して四日目。村人に薬草を上げたり、薬草の場所や薬の作り方を教えたり、隙間時間にオペラに文字を教えたりして過ごした。病のことがなければ一泊ですぐに出発するつもりだったけど、薬草が本当に効くのか経過をみるために、数日は滞在する必要があったのだ。

 まるで自宅かのように馴染んだ手つきで、今日も部屋の窓を開ける。太陽が眩しい。

 あれから、薬草はかなり効いたみたいで、僕が来てからは死者0人、流石に全員とはいかないが、何人かは病が全快している。

 村を歩けばほうぼうから感謝の声が……なんてことはなく、というのも、必要なやり取り意外は、甲斐甲斐しく看病に従事したりしなかったからである。だって病気怖いし、あんまり積極的に人に話しかけたりするタイプじゃないし。

 村人を代表してアンブリーさんがお礼をしたいと言ってきたので、当面の食料品などをゆずってもらったが、それ以上は何ももらわなかった。お金が欲しくてやったわけじゃない。なにより、病気が治るようになってよかった。

 来たときは静かだった村も、ほどほどに活気が戻ってきており、無事にいつも通りの生活が戻ってきているように見える。これなら、もう僕は必要ないな。

 何もなければ明日に出発しようか。と、今後について話し合っていた朝。

 僕とオペラの家に珍しく、客人が一人訪れた。

「おはようございます。こんにちは。旅の医者をしています。本名は理由わけあって明かせませんが、パラケルススと名乗っております」

 白衣、丸メガネ、長髪緑髪のやつが一息茶をすする。見た目からでは、性別も年齢も判別しづらい。ただ一つ言えるのは、こちらが迎え入れた途端に自前でお茶を入れ始めたこいつは、それなりに肝が太いということだ。

「旅の医者ですか」

 出されたお茶を飲む。変わった風味のお茶だった。

「そうです。この村のような、都市の医者がカバーしきれないような、田舎や辺境を回って、微力ながら医療行為を行っています」

 パラケルススが背負っていた箱を開けて、様々な医療道具や薬を見せてくれる。どうやら本当に、医者らしい。なんとも酔狂な人もいたものだ。わざわざこんな山奥まで来て人助けなんて。

 でも、良かった。こいつに任せておけば、この村も安泰だろう。僕がこれ以上滞在する理由はなくなった。

「なるほど。では、この村の流行り病のこともすでに聞いてますか」

「ええ、先に病人のいる方にお邪魔してきました。幸い、薬草が足りてるみたいで、本当に良かったです。聞けば、あなたのおかげだとか。ありがとうございます」

 目の前で起きたことに理解が遅れる。パラケルススが当然というように、自然な流れで頭を下げた。

「どうして、あなたがお礼を言うんですか」

「ああ、すいません。もしあなたがいなかったら、もしかすると死者が大勢出てたかもしれない。そう思うと、お礼を言うべきだと思ったので。この村を救っていただきありがとうございます」

「そういうことじゃなくて、パラケルススさんはこの村と関係ないですよね。それなのにどうして」

「どうもこうも、この村も私のテリトリーというんですかね。私が救うと決めてる範囲なんですよ。数年おきに寄るようにしているんです。だから、これも本来私の仕事なんですよね」

「はぁ」

「どうして、分からないみたいな顔をしているんですか? 人を救いたいというのは自然な気持ちでしょう。あなただって、そう思ったからこの村を救ったんですよね」

「それは……まぁ」

「助けられるなら助けたい。そして、私はそれを一生の仕事にしています。だから、あなたに感謝するんです」

「でも、僕は、その、たまたま知っていた薬草について教えただけで、大したことはしてないですよ。あなたの方がもっと、上手くやっていたんじゃないですか」

「それは、私の方が知識も経験もあるでしょうから。それでも、人が助かったというのが大事なのです。実際にしたことの大小ではありません。私はこのように、あなたよりも遅れて到着した。私では間に合わなかった命がある。それだけ、それだけ大事なのです」

「そうですね。僕がこのタイミングでこの村に寄ったのも何か意味があるかも」

「……ふむ。何か後ろめたいことがありそうですね」

 まるで自分の中を見透かされているような。背中に冷や汗が流れる。

「すいません。責める気はないのです。ただ、あなたはあなた自身が思うより、上等な人間だと思いますよ。所詮、人間にできることなんて、たかが知れているのです。それは、どんな天才だってそうです。もし、人間の枠を超えられるなら、もっと大きく世界中に届くような手を持つことができるなら、それは人間を辞めるということです。だからどうか、あまり自分を卑下しないように。あなたがやったことは私にはできなかったことなのですから」

「あなたはいったい……」

「ふふ、こう見えても、色々な経験をしてきましたからね。おせっかい老人の長話だと思ってください。それに、あなたには必要な話に思える。私はお金持ちではないので、せめてもの感謝の気持ちとして、受け取ってください。あまり、自暴自棄にならないように。周りにいる味方をないがしろにしないように」

 僕の何を知っているんだ──。そう思っても、反論の言葉は上手く形にならかった。一般論のようでいて、どこか的をいている気もして、分からない。

 大きなお世話だと思う。初対面で言われることじゃない。僕は僕の思いでここにいる。自暴自棄じゃないし、別に、逃げてるわけじゃない。

「は、はい! わたしにも、何か、アドバイス、ください」

「いい子だねお嬢さん。人の話が聞ける子はいい子です。そうですね。じゃあこういうのはどうでしょう。未来はきっと明るい。諦めないことが大事です。ときに、全然気持ちが伝わらないことも、人を疑いたくなるときもあるでしょう。でも、信じるんです。信じて、そして諦めない。幸せになるんだって気持ちは馬鹿にできないですよ。病は気からとも言います。実際、生きたいと強く願う人が、九死に一生を得るのです」

「うーん、なんだか難しい」

「ふふ、すいませんね。回りくどくなってしまいましたか。お嬢さんにも、大事な人ややりたいことはありますか?」

「う、うん! ある、あるよ」

「それを大事にしてください。これからも、これまで以上に」

「大事にする!」

「パラケルススさん、あなた本当に何を知っているんですか?」

「何も知りませんよ。ただ、患者さんの困り事をきちんと受け止めようと努力していたら、少しばかり勘が効くようになっただけです。あなたは、どこか危うい」

「気をつけますけど……」

「まぁ、若さに失敗はつきものです」

「子ども扱いですか」

「そうではありません。年長者からの助言です。聞いておいて損はないですよ。ああそうだ。ついでといってはなんですが、いくらか傷薬とお守りでもいかがですか。お安くしておきますよ」

 そう言うと、パラケルススは箱の中からいくつかの包と、小さな石の装飾品を取り出す。薬の類はいくらあっても良いので、とりあえず購入することにした。薬の品質は後でハックにでも聞けば分かるかな。

「あっ、そうそう。最後に、どうやらお礼を言わないといけない相手がもう一人いると思うので、その方にもありがとうと、お伝えください。それでは、私はこれで」

 パラケルススは眼鏡の位置を調整して、お茶を注いでいた食器を律儀に洗って、帰っていった。この掴みどころのない旅の医者とは、またどこかで会うのか会わないのか。できれば会いたくないな。

 よし、出発だ。

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