06─あなたは間に合った。私は間に合わなかった。 その2

 前回の振り返り。

 村に到着。空き家を確保。一晩明ける。周りから警戒されるような目を向けられながら村を散策する。第一村人のアンブリーさんを問い詰めて病気の詳細を聞き出す。病人が集められている家に凸して症状を見る。病気をどうにかできると安請け合いする。ハックに土下座をする。今ここ。

「ハック、ハック様、どうかこの病気の治し方を教えて下さい」

「うっそじゃろお主。どうしてそう安請け合いしてしまうんじゃ」

「いやー、やっぱり困ってる人を見捨てられないというか……ハックならどうにかできるかなーと」

「愚か者が。せめてわしに相談してからにしろよ。ハッ。滑稽じゃったな、あの不安そうな瞳。あの場の誰もお主に医術の心得があるとは思っておらなんだよ。お主、気づいておったか? 冷めきった視線を。かわいそうな人を見る目をしてたやつもいたな」

「そ、それで、どうにかできるんでしょうか」

「ふむ、お願いする態度は合格ってところかの」

 そりゃそうだ。僕の安い頭で人命が助かるならいくらでも、地面に額を擦り付けてやる。

「小刻みに擦り付けるな。気持ち悪い。もしやしてお主、マゾとかいうやつなのか?」

「マゾって何?」

「こらハック、オペラに変な単語を教えるんじゃない」

「ああ、そうじゃった。流石に教育に悪いか……いやでもそんなことないんじゃないか。案外あの年頃の娘は」

「ねぇ、どういう意味なの?」

「それは、オペラがもう少し大きくなってから、自分で調べるんだ。間違っても男の人に聞いちゃだめだよ。その時が来たら自ずと分かることなんだ。だから今は知らなくていいんだよ」

「ふーん」

「そ、それでハック。どうなんだ、あの病気に心当たりはあるのか」

「そうじゃの」

 ハックは両手で頭の側面を人差し指でつつく。僕の記憶をローディングしてるんだろうか。

「そもそもこの村を経由する理由が二つ、いや、三つか、あっての。中継地点としてちょうどいい場所にあったというのと、あやつの研究拠点ラボがあるからなんじゃ。それと、どうせなら見ておきたいものもあって」

「じれったいな。結局あの病気に心当たりはあるのか」

「そう急かすなよ。物を頼む態度を忘れて来ておるな。まぁいたずらに不安がらせても、得るものはなさそうじゃ。お主は反省せんからの」

 風が古い木造家屋の戸を震わせる。僕の真横でオペラが少し身を固くする。目の前の、少し宙に浮いている少女は、何食わぬ顔で斜め上の方、思い出の方へ視線を向けながら、言葉を紡いだ。

「わしの記憶が、いやデータが正しければ、あの病気には特効薬となる薬草がある。というか、本来あれはあんなに流行するものではない。一度罹れば二度目は、ただの風邪程度で済む病気じゃ。一度目も子どものころに罹るから、それほど重くならない。じゃが、稀に大人になるまで罹らなかった者は、ちょうど今朝聞いたような症状になる。腹痛、及びその部位に黒ずみが発生する。一度高熱を発したあと、一ヶ月かけてゆるやかに弱っていく」

「それで、その、特効薬はどこに?」

「それも心当たりがある。生えてる場所も昔の通りなら、分かる。だからこそ分からない。なぜ、あれほど流行っているんじゃ?」

 今朝見た光景。ベッドが足りずに、一つの部屋に十人以上の人が詰め込まれている状況。村全体で活気がなくなっていた。薄っすらと漂う絶望。

「まぁ、うじうじ考えていても仕方ないからの。さっさと薬草を摘みに行こうか」

 善は急げで、早速村から徒歩で一時間くらいの場所にある採取場所へと出発した。

 村を出る途中にアンブリーさんと会ったので、しばらく森の中に入ることを伝える。再度、病気の人を助けてあげられることを伝えると。笑顔でお礼を言ってくれた。必要なものがあれば言ってほしいとも言われた。

 いや、あれは愛想笑いじゃろ。

 僕の中の捻くれ者がそんなことを言うけれど、僕は人の善性を信じてみることにした。

 何を大層な。

 捻くれ者の声を無視して、道なき道を切り拓きながら進んでいく。さっき、一時間程度と言ったが、実際に進んでみると三倍の時間がかかった。それは、まったく道がなくて、草を掻き分けながらの移動だったからで、つまり、薬草の場所まで誰も行っていないということだった。

 こういうとき、ハックに僕の体を使って進んで行ってもらいたいんだけど、当の巫女服少女は浮遊しながら僕の数歩先をナビゲーションしているだけだ。なんかズルい。

「この辺り、のはずじゃが……これは、酷いな」

 道なき山道を進んだ先、ちょっと平たくなっている部分に出た。もののみごとに、下草が剥げ、土が、山肌がむき出しになっている。その土の斜面の上の方へ目線をやると、頂上付近の木が、ごっそり無くなっているのが見えた。何が、あったんだろう。

「なぁハックこれって」

 言いながら一歩踏み出す。オペラが砂で滑り落ちてしまわないように、強くその手を握る。

「大丈夫じゃ。薬草はこの辺に広く分布しておる。奥の方は残ってそうじゃな」

「よかった」

 比較的平らになっている部分を選んで、山の斜面を横切るように歩く。

「ほら、この草じゃ。この草の葉に病気に効く成分が入っておる。取り過ぎるとダメじゃから、一株につき一枚だけとれ。いいか、この形状の葉じゃぞ。わしはちょっと野暮用があるから、少し離れる」

「ん? お前、僕から離れて行動できるのか?」

「基本は無理じゃし、わしだけだと現実へは干渉できないが、まぁ魔術を介すれば干渉できるからな。細かいことはいいじゃろ。気にするな。後で分かる」

 この辺のデータは消費しても大丈夫そうじゃからな。これで、開けば良いんじゃが。なんて、そんな考えを感じた気がした。

 ハックが土の斜面の方へ行ってしまったので、僕たちは薬草摘みを開始する。いくら摘めばいいか分からなかったので、手持ちの袋がいっぱいになるまで摘み続けた。

 目的の薬草は、パッと見は普通の草花だったが、よく見るとそこかしこに蕾がついていて、やけに蕾の色が明るい。

「こんなのが特攻薬になるんだな」

 ハックのことを疑っているわけではないが、ちょっと気になったので、葉っぱを一枚、口に含んでみる。

「もしゃもしゃ」

 意外と肉厚だな。ちょっと青臭い。これくらいは野草にしては食べやすい方かな。

「もしゃもしゃ」

 あっ、徐々に苦みが増してきた。それに、ちょっと酸味も感じる。なんだこの味、あんまり葉っぱぽくない。

「う、うげぇ。変な味だ。オペラも食べてみる?」

「すごくまずそう……苦い?」

「苦い」

「じゃあ嫌」

 僕の苦そうな顔が移ったのか、オペラの顔がくしゃっとなる。

「ねぇねぇ、キャニー。シャクトリ見つけた」

「シャクトリ?」

「ほら、これ」

 オペラが木の枝を突き出す。

「うわっ芋虫じゃん」

「違うよー。シャクトリだよ。芋虫はモゾモゾ動くけど、シャクトリはニャッキニャッキって動くんだよ。ほらよく見て」

 言われてよく見ると、シャクトリは体を「へ」の字に折り曲げながら木の棒の上を動いていた。変な動きだな。

「シャクトリはレアなんだよ。芋虫とは違うの」

「そうなのか」

「そうだよ。芋虫より速いから、何匹も捕まえてきて、レースさせるの」

「オペラの村ではそんな遊びをするのか」

「そうだよ。後は、花冠作ったり。釣りしたり。あと鬼ごっことか隠れんぼもしたかな。蝶々を見るのも好き」

「本当に田舎なんだなー」

「キャニーは何をして遊ぶの?」

「僕はー、うーんそうだな。最近は、何もしてないかなぁ。仕事があるから」

「つまんないの」

「子どもの頃は、冒険小説を読んだり、探検をしたりかな」

「わたしも小説読んでみたい」

「いいよ、そのうち買って持っていてあげる」

「文字の練習しなきゃ」

「ああそうか、オペラの村に学校とかなかったの?」

「うん? 知らない」

「子どもたちが集まって、お勉強をする場所だよ。まぁ、いかなくても文字は読めるようになるから大丈夫かな。流石に、文字読める人くらい村にいるよね」

「たぶん……お父さんがたまに文字を書いてたよ。お仕事で」

「じゃあお父さんから教えてもらおうね」

「キャニーは教えてくれないの?」

「そうだね。機会があれば、ね」

 剥げた山肌に背を向けて、僕たちは薬草を摘む。すっかり草の色と臭いが染み付いた手を見て笑い合ったりしながら、少し先の未来のことを話し合った。このときの会話を、ささやかな約束を、この草とともに思い出す日がくるのだろうか。その時は、全部が解決しているといいな。未来のことは何も分からない。何も。

 ハックが用事を済ませて戻ってきたのをきっかけに、僕たちは帰ることにした。帰りはハック、僕、オペラと横並びになって、行きよりずいぶんと楽になった道を戻った。夕焼けに背を向けて。

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