06─あなたは間に合った。私は間に合わなかった。 その1

 辛うじて道と言えなくもない山道。はぐれないように、オペラの手を握り、ときどき草をかき分けながら、太陽の位置を確認しながら進んでいく。コランこと暴風ツインテールは、冒険者ギルドの依頼で、木の大移動を調査するだのなんだの言って分かれた。植物が動くわけないのに。

 そんなこんなで、旅立った当初みたいに、僕とオペラだけの二人旅に戻っている。目的地も近づいてきたので、街道ではなく、山の中を突っ切っての移動だ。目印がなくて、同じような木ばかりなので、実質遭難してるんじゃないかという感じで不安だけど。ハックが道を分かってるらしいので、きっと前進しているんだろうという気持ち。

「で、ハック、今日の予定だとどの辺りまで進むんだ?」

「このあたりじゃな」

 ハックが地図を指差しながら言う。ちなみに、地図上には森であることと、いくつかの地名が書き込まれているだけである。目印なんてない。

「この調子で進めば、ちょうど日が暮れる頃に、村にたどり着くはずじゃ。そこで、一泊させてもらおう」

「そうか、村があるのか。今もあるのか?」

「今もあると思うぞ、現にいつ埋まってもおかしくない道が、こうして残っているんじゃからな」

「オペラは見覚えあるか?」

「分かんない。村から出たことない」

 僕はオペラの薄黄色の髪を撫でる。

「まぁ、大丈夫だろう。ちゃんと進んでるし。追っ手も来てなさそうだし、順調順調」

「うん」

「何かあればすぐに言ってくれ」

「うん」

「なんか元気ないな」

「そ、そんなことない。大丈夫」

 オペラの手を握る力が強くなる。まぁ、大丈夫か。とにかく、先を進まないと。今日も野宿っていうのは、流石に避けたい。最初に野宿したときは、一杯一杯になってることもあって気にならなかったけど、流石に野宿は辛い。コランが旅慣れていたってのもあるが、我ながら贅沢になったものだ。

 少しでもオペラには元気でいてもらいたいよな。せっかくもう少しでゴールなんだから。

「ところでお主よ。目的地に着いた後のことは考えておるのか」

「オペラを助けた後の話か? なんとかなるんじゃないか」

 冷静になって考えると、オペラを助けたところで、僕の問題は解決しないのだから、実家に帰るわけにはいけない。魔導書を持ち逃げしてる状態なんだよな。ぐぬぬ。ま、そのまま旅を続けるさ、世界中を旅するのは小さいころの夢だったからな。

「そんなに簡単に済むかの。そもそも、目的地に着いた後も。いや、今はやめておこうかの」

「頼りにしてるよハック」

「そう面と向かって、丸投げするなよ。ったく」

「ねぇ、キャニーはわたしの家に着いたら、どっか行っちゃうの?」

「ずっと同じ場所に留まれないからねぇ」

「わたしの村、あんまり人来ないから大丈夫だよ。お母さんもお父さんも歓迎してくれるはず」

「それでも難しいんだ。僕も人に追われる身だからね。同じ場所に居続けていたら、見つかっちゃうよ」

「大丈夫。本当に人来ないからバレないよ。季節の変わり目に商人のおじさんが来るくらい。いざとなれば、おじさんを始末すれば……」

「物騒! 暴力ツインテールの影響か」

「コランお姉ちゃんを悪く言わない。お姉ちゃんが、欲しいものがあるなら手段は選ぶなって」

「やっぱり、影響受けてんじゃないか。やめなさい、コランから聞いたことは全部忘れるんだ。そうじゃないと、村の生活に戻れなくなるぞ」

「もーいいもん。お母さんもお父さんも大事だけど、あんな村に戻っても何も無いんだもん」

「言っていいことと悪いことがあるだろ。村に帰るって、お母さんとお父さんに会うんだろ」

「会うよ。会って、その上でキャニーとも一緒に過ごすんだよ」

「欲張りだなぁ」

「コランいわく、大事なものには優先順位を付けなさいって。お母さん、お父さん、おもちゃ箱、コランお姉ちゃん……キャニー」

「それ僕、かなり下の方なんじゃ。コランの方が上なのショックなんだけど」

「コランお姉ちゃんも来て欲しかったけど、お仕事じゃ仕方ないよね。それに、後で絶対に来てくれるって約束したもん」

「僕だってオペラにまた会いに来るよ。定期的に通うつもりさ。だから、そんなに心配しなくて良い。なんなら、コランよりも頻繁に。ヒエラルキーが一段、二段変わるくらいには通うつもりだから」

「だめ。キャニーはお仕事ないんでしょ。そんなんじゃ、上げられないよ。もっと精進しなさい」

「なんか、どんどん暴風ツインテールみたいになってないか。そのうち髪型まで似てしまったら、もうどうすればいいか」

「良いでしょ?」

「よくない! オペラがあんな風になったら僕は悲しい」

「そうなの? じゃあ、キャニーは私にどうなって欲しいの?」

「そりゃ……幸せになってくれればそれで」

「ふーん」

 な、なんだ、その目は。

「キャニーって好きな人いる?」

「好きなヒ、ト?」

「コランお姉ちゃんが言ってたの、男はみんな女好きだって。だから、好きな人の一人や二人いるって」

「い、いやいない。大体僕は恋バナとは無縁の人生だったんだ。考えたこともない」

 それは流石に嘘じゃろう。

 しーっ、ハックお黙り。お前が出てくると、なまじ僕の心の中を見れるせいで、洒落にならなくなる。

「オペラにそんな話は早いんじゃないかなぁ」

「そんなことない。恋に早い遅いもないって」

「それも、コランが言ってたのか?」

「ううん、これはお母さん」

「はぁ」

「で、どうなの?」

「どうって言ったって……。やっぱりそんなの考えたこともないよ。僕が唯一親しかった異性って、母くらいだし」

「マザコンなの?」

「マザっ、いや違う。親とは親しくするものだろう」

「でも、ともだちとか、キャニー? どうしたの? お腹痛いの?」

「だ、大丈夫だ。何にもない」

 ゲフンゲフン。

「と、とにかくだ。オペラは僕のことなんて気にしないでいいんだ。僕のことなんてきっぱり忘れて、好きに生きたらいい。それができるように手伝うから」

「じゃあ、やっぱり村に来てよ」

「うーん」

 だめだこりゃ。

「分かった、分かったから」

 これ以上断り続けたら暴力が飛んでくる気配を感じたので、適当に折れておく。オペラに暴力を振るわせるわけにはいけない。そうしたら、ますます、ツンツンツインテールルートだ。なんだこの字面、読みにくっ。

「そんなことより、好きな食べ物の話とかしないか。あるいは、好きな遊びとか。僕はね、小さい頃はよく、ごっこ遊びや探検をして遊んだんだよ」

「友達いないのに?」

「う、うるさーい」

「ほんとに情けないのう」

「ハックも、うるさい」

 こんな感じで道中が過ぎていく。こんななんてことない、道中の風景を延々と描写し続けても退屈なので、村までスキップ。断じて、ぼっち弄りが効いたとかではない。紙幅しふくの都合なのだ。

 閑話休題。

 木々の間から、紫色の空が垣間見える頃合い。おおむね予定通りに、途中の村に到着したのだった。

 そして、第一村人いわく。

「旅のお方ですか。これはまた珍しい。こんな辺鄙へんぴで何もない場所にいらっしゃるなんて。ただ、非常に残念ですが、今この村では病が流行っておりまして。こんなところでよろしければ、ここから少し離れたところに空き家があるので、どうぞ泊まっていってください」

 そんな感じで、まだまだゴールまでに一悶着ありそうなのだった。

 いや、お主が首を突っ込むせいじゃろうが。

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