05─ショタだの坊っちゃんだのと その4
翌朝。ジャンゴは次の試合に向けてコードを書き溜めるために缶詰に、ツインテールは冒険者ギルドに招集されてギルド受付へ、先を急がないといけない僕とオペラは、なぜか孤児院にいた。
補給を済ませ、すっかり少なくなった所持金を見て諸行無常を感じつつ、街の外へと歩き出したそのときのこと。記憶の片隅に追いやっていた人物に遭遇する。
「先日は、すいませんでした! 初対面の人に信仰を強要するなんて。本当にご迷惑おかけしました!」
宗教に関わらないことを信条にしているの僕なので、オペラの手をとって無視して歩き出す。結構です結構です。
「あっちょっと。すいませんすいません。あの、覚えておられないのですか? 以前二人でショッピングしたじゃないですか。アイロンですよ!」
うちのお姫様がピクッと足を止める。コラッ、知らない人は冷たくあしらいなさい。
「お姉ちゃん。キャニーの知り合いなの?」
おどおどしている宗教家は、しゃがんでオペラと目線を合わせる。
「え、ええそうよ。ちょっと迷ってたみたいだから、道を教えるついでに買い物を手伝ったの。でも、最後に失礼なことを言ってしまって。だから、謝りたくて」
「キャニー?」
「……なんでしょう」
「ごめんなさいしたら、許してあげなきゃ。めっ!」
「はいぃ」
まったく、幼女に説き伏せられるとは……。なんとも情けないやつじゃ。お主は。
そんなこと言うなよハック。僕はオペラを優先してるだけなんだ。フレンドリーに接してるんだよ。
「あの、えーと。もう気にしてないですから。あのときは、買い物付き合ってくれてありがとうございました」
「はいっ。あのときは、本当にごめんなさいでした。で、その、お詫びも兼ねて、もし良かったらなんですが……孤児院を案内できないかなと」
孤児院……孤児院って、もしかして、この人が入信してる教団が運営してたりするのかな。行って大丈夫だろうか。
「ご心配しなくとも、もう勧誘とかしませんから。お詫びなので。子供が多いので、その子もいっぱい遊べると思います。ちゃんとしたところなので、子供用のおもちゃも、いっぱいありますよ」
くっ、オペラを懐柔しにかかるとは卑怯な。だが、このパーティーのリーダーは僕だからな。いくらおねだりされたって、ダメなものはダメだ。ここで時間を潰していては、追っ手に追いつかれるかもしれない。ハイリスクだ。
「遠慮してお」
「キャニー? 行こう」
「よし、行きます。お邪魔させていただきます」
なぁ、お主、どんどん情けなくなっていっていないか。
うるさーい。僕はキャニーにせめて楽しんでもらいたいだけなんだよ。キャニーの曇った顔が見たくないだけなんだよ。ふん。
そんなこんなで、国内の主要な街には一つづつあるという、アイロンの信仰する宗教が運営している、フランチャイズ孤児院へと移動する。アイロンとオペラがそれなりに女子トークを繰り広げているのを横目に、ときどき話題を振られたときは答え、そうじゃない時間は歯ぎしりをして時間を埋めた。少しでも手を出す素振りを見せたら、こっちはいつでもヤれるんだぞという態度、牽制の歯ぎしりである。
そんな感じで、十分だか数時間だか歩いた末に、とうとう孤児院に到着した。
感想はデカい庭付き、以上。孤児全員分の個室があるんじゃなかろうか。
「ただいまー」
彼女の身長の倍以上ある扉をくぐり中に入る。奥にはステンドグラスと巨大な本の像が見えた。礼拝堂という感じだが、祈りを捧げている人は誰一人おらず、代わりに子どもたちが男女の集団に分かれて遊んでいる。
アイロンが中身が溢れそうな買い物袋を下に下ろすと、一斉に子どもたちが群がってくる。「アイロンおねーちゃん、おかえりなさい」の輪唱。比較的年長の子が、小さい子を跳ね除けながら、荷物を奥へ持ち去っていく。ちびっ子の波をかき分けて、職員らしき人が歩いてくる。
「アイロンちゃんおかえり。買い出しありがとねー。そちらの方ははじめましてね。こんにちは。シスターです」
そう言いながら、全然シスター服ではない彼女が腕を差し出してくる。
「はじめまして。キャニーです」
シスターと握手する。手の感触が異様に堅い。指の形などは人間の手そのものだが、この感触は……。
「びっくりさせちゃった? すごいでしょ。これ義手なんですよ」
「こんな義手があるんですね」
義手や義足は見たことはあったが、こんなふうに自在に動かせるようなものじゃなかった。実家でも見たことないようなものが、なんでこんな孤児院に? まぁ、いいか。突っ込んで聞くのも失礼だし。
「キャニーさんは、ちょっと前寄った街で知り合って、色々あってね。お詫びを兼ねて遊びに来てもらったのよ」
「そうなのね。もしかして彼氏?」
「なっ、違うよ。全然そんなんじゃないから。キャニーさんも困ってるでしょ。ごめんね、シスターこういう人だから」
「いいじゃない。あなたの年頃なら色恋の一つや二つしても、楽しいわよ。それに、キャニーさん優しそうな目をしているわ。孤児院に来ても、私の義手を見ても、全然冷たい目にならないもの」
「いい加減にして!」
「はいはい、それじゃ、キャニーさん。孤児院は誰でもウェルカムですから。ごゆっくりしてってくださいね。アイロンはちょと抜けてるけど、仲良くしてくださいね」
そう言ってシスターは腰をかがめる。
「こんにちは。お嬢さんも好きなだけ遊んでいってね」
「こ、こんにちは」
オペラは僕のズボンを掴んだまま返す。人見知りだなぁ。
「私は書斎にいるから、何かあったらいつでも言ってね」
そう言ってシスターは奥の部屋へと去っていった。
シスターが去ると、一時的に止んでいた子どもたちの波状攻撃が再開する。僕を一目だけ見てどっかいくもの、一撃いれてどっかいくもの、人形で殴りつけてどっかいくもの、本を片手に話しかけてくるもの。色んなガキども。僕が子どものころは、こんなクソガキじゃなかったぞ。
「なぁなぁ、お前、冒険者マトン知ってるか?」
少年の一人が本を両手で掲げて突撃してくる。冒険者マトンだと。僕の愛読書だ。
「誰にものを聞いている。無論、全巻読んでいる」
「えっ、全部! マジで! 今持ってる?!」
「いや、流石に荷物になるから実家に置きっぱなしだけど」
「ちぇっ、図書室に三巻までしかないから、続き読みたいんだけどな」
「初期三作か。四巻以降は、世界が広がるから」
「ネタバレするな!」
袋叩きにされる。なんだこいつら、チームワークばっちりか。
「おい、ふざけんな。寄ってたかって、マトン好きとして恥ずかしくないのか」
お主は、子どもにも舐められるんじゃのう。どうしてわしは、こんなやつのものになってしまったんじゃろうか。契約解除できないかな。
「そこのお前! マトンのカッコいいところを言ってみろ」
子どもたちの中でも、後ろの方にいて僕いじめに加担していない大人しそうなやつを指差して言う。
「うーん、強いところ。負けないところ」
「その回答じゃ、三十点ってところだな。マトンのすごいところ、それは、たとえ仲間がいなくても、その身一つで、世界中どこでも恐れを知らず、踏み込めるところだ! つまり、大人数で一人を叩くなど、マトンファンとしての風上にもおけない。お前らはその程度ってことだ」
言ってやった。流石のクソガキたちも、僕の言葉に手を止める。どうやら分かってくれたみたいだな。まったく、こうやって子どもを導くのも大人の役目だからな。冒険者とは、先を行き道標となる者だからな。
「ふふ、あはははははははは」
僕とガキどもの攻防をすぐ横で見ていたアイロンが笑い出す。
「何を笑っている」
「だって、子どもたちと打ち解けるのが早すぎて、あー、おかしい。ふふ、すいません。でも、ふふ、すいません。すいません。子どもと接するのがお得意なんですね。意外でした」
なんだか馬鹿にされてる気がするけども、まぁ褒め言葉として受け取っておこう。まんざらでもないからな。
その後、冒険者ごっこに付き合ったり、オペラが他の女の子と内緒ばなししているのを見てハンカチを噛んだりして、日が暮れるまで過ごした。
カラスの声を背にして宿へと帰る。その日は珍しく上を見上げながら、赤く染まる雲を眺めながら道を歩いた。
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