05─ショタだの坊っちゃんだのと その3

 ジャンゴ・ニシキによる乱入戦の直後、なぜか僕たちはその打ち上げに参加していた。

 ボックス席があるタイプのレストランで、僕とオペラが横並び、向かい側にジャンゴとコランが座っている。ジャンゴの隣、通路と反対側の角っこに、二メートルあるオートマタ、その膝上にジャンゴそっくりのオートマタが座っていて、完全に電源が落ちている。こうして近くで見ると、確かに作り物だというのが分かるが、そうは言っても見た目そっくりの人形が隣にいるのは、気味悪い光景だった。

「さて、僕の華々しい勝利に乾杯!」

「か、乾杯」「かんぱい」「かんぱーい」

 僕の斜め前に座ってるちびっ子が、ジョッキでミルクを飲み干す。成長期真っ只中の少年といった見た目をしているが、実際の年齢は分からない。座高が足りずテーブル中央の皿に手が届いてないところは、マジで子どもだな。

「はぁー、くやじぃ、くやじぃ」

 向かいの席では、暴のツインテールがシナシナになって、発泡酒をすする。ちなみに、ここの会計はジャンゴ持ちなのだが、そんなこと気にせずにコランは酒を注文していた。珍しくしょんぼりしているが、その実、遠慮なく料理を注文しまくっているから、かなり厚かましい。大会参加者として面識があるかと思いきやない。正真正銘の初対面。

「さてと、本日集まってもらったのは他でもない。この僕の華麗なる第一回戦、しかも、ベスト4戦士撃破だ。もっと祝え」

「ぱちぱちぱち~」

 気の抜けた拍手でお祝いする。ジャンゴには借りができてしまっているので、少しでもおだてて返しておかないと。僕の左に座っている小さな天使は本気で祝っていて、ほっこりする。

「「すごーい」」

「どうどうどう。もっと褒めてもいいぞ! あっ、これ美味しいな。すいませーん、これもう一つください」

「ぐぬぬぬぬ」

 左と右ですごい温度差だ。お互いに一歩もゆずってない感じがほんとにすごい。

「それでは、感想戦は手の内をさらすことになるのでやらないとして……おいおい、コランこっちを睨むなよ。ツインテールに張りがなくなってるじゃあないか。ちなみに君に足りないのは決め手だ、火力だ。もっと踏み込みを鍛えるか、御札たまをケチらないことだね」

 一瞬立ち上がりかける暴風ツインテール。意外とキレない。

「ご指導どうも。私の懐じゃあ……これが! 限界なのよ! だいたいあんた、おかしいのよ。常時稼働とか正気じゃない。金持ちのボンボンめ」

「金がかかってるのは確かだが、それだけじゃあないんだな。まぁ詳しくは企業秘密だから、知りたければ、量産品が出たときに買っておくれ」

 えっ、この人形って量産されるのか。ショタ人形が棚に並んでいる様子を想像して、妙な気持ちになる。なんだろうな、何に使うんだそんなに。

「いや、お主、量産されるのはデカいほうじゃろ。戦闘用のほうじゃろ」

「ああ、もちろん分かっている。さっきのは冗談だ」

「ほんとか? それよりも、あの人形の仕組みはちょっと気になるな。かなり複雑なシステムを組んでいるんじゃないか。コードも超大そうじゃ」

「そういう話は頭が痛くなるからやめない? 飯が不味くなる……」

「はああ、お主はもう少し知的好奇心というものを持った方がいいんじゃないかの」

「ねぇ。キャニーはさっきから一体誰と話しているんだい?」

 あっおー。まずい、ハックがあまりにも自然と横にいて話しかけてくるものだから、忘れていた。僕とオペラ以外には姿も声も分からないんだった。

「え、えー。気のせいじゃないかなぁ。ひゅー、しゅこー」

「なんだいそれは、それじゃ口笛じゃなくて、ただ呼吸音が仰々しい人じゃないか」

 小さき少年が、足を組み肘を付き体を乗り出してくる。実際には背が足りなくて、あんまり乗り出せてないが。

「バカ」

 これはツンツンツインテール。

「……」

 この視線はオペラ。

「わしに対しては心の中でこっそり思うだけで、話すことができるぞ。なんてたってわしとお主はメモリ空間を共有する仲じゃからな」

「ハックお前! おまえぇ」

「だから、声に出すなって、間抜け」

 心底呆れた声がする。やめてくれ、僕を見捨てないで。大体ハックが実体化して話しかけてきたのが悪い。僕の心の声をしててくれればよかったんだ。

「ようやく尻尾を出したということで。本当に君には色々聞きたいことがあるんだよね。今日はこうして僕の奢りな訳だし、極力答えるのが筋ってものじゃないか。大丈夫、君が何かから逃げてるらしいことは聞かないであげるよ。僕は優しいからね」

「な、なんだ。何が聞きたい」

「僕は優しいからね。聞きたいことは、大きく二つだ」

 優しいを連呼するな。くそう、一回助けてもらっただけで、まさかこんなことに。

 ただより高いものはない。じゃな。

「一つ目。君はさっき、誰と会話していたのかな。まさか、ただのイマジナリーフレンドというわけじゃないだろう。人形遣いとして、その手の趣味に理解がないわけじゃないが、流石に堂に入りすぎている」

「も、もくひ」

「黙秘は無しだよ。そうだな。幽霊……というのは非現実的か。霊魂の存在については、議論の余地があるが」

「魔導書らしいわ。それも第一のウィザードの」

 のらりくらりもごもご作戦でタイムアウトを狙っていると、短気なツインテールが話してしまう。ちなみに彼女のツインテールはロングだ。

 それを聞いてジャンゴが神妙に、十秒ほど沈黙する。

「そうか」

 そして、オペラの方を見る。オペラも神妙な顔してジャンゴを見つめ返す。

「中身が気になるところだが、本じゃなく、今は君の頭にインストールされてるみたいだからね。非常に残念だ」

 では、と、指を二本立てる。

「二つ目。オペラが使った魔術、あれはなんだろうか。少なくとも僕が知らない系統の魔術だ。現代の魔術形態に属さないものに見える。君たちは、首にあるコネクタを介してコードをコンパイルしているはずだが。オペラにはコネクタの刻印が見当たらない。インタプリタやコンパイラなしで声だけで魔術現象を起こしているのであれば」

 すやぁ。専門用語が出てきたところで、僕は眠るを選択した。

 足を蹴られた。こんなことできるのは、僕の前に座っていて人を人と思わないあいつしかいない。

「その様子だと、君に聞いてもダメそうだね。オペラも意識して発動したわけじゃないんだっけな」

「ハックに聞けばいいじゃない。もう隠しても仕方ないと思うわ。ほら、早く出しなさい。私も聞きたいことあるのよ。かわれー。かっわれー」

「分かった、分かったから蹴らないで」

 容易に暴力に屈して、ハックに体を明け渡す。痛いのは嫌です。はぁ、なんだか昔の嫌な記憶を思い出しそう。

「ったく、情けないのう、お主は。わしがいなくなったらどうするんじゃろうなぁ……のう」

 僕の口から、僕のじゃない言葉が話される。この感覚にももう慣れたものだ。そのうち完全に乗っ取られるんじゃないかと思う。いや、流石にそんなことないか。ダメ、乗っ取り。

「それで、オペラの魔術についてじゃったか」

「その前に自己紹介をお願いしてもよろしいかい。はじめまして、僕はジャンゴ・ニシキだ」

「わしのことはハックと呼んでくれ。第一のウィザードの妻じゃ」

「ほう。それはまたビッグネームだね。彼が結婚していたとは……ふむ、ふふ。いや、レディに根掘り葉掘り聞くのは礼を欠くな。オペラの魔術について聞かせてくれ」

「そうじゃな。まぁわしも直接関わったわけじゃない。が、あれは恐らく第一のウィザードによる、魔術を一般化する実験によって生まれた個体の子孫じゃな」

「なんと! それは興味深い」

「まぁ、いくつかやった内の一つじゃな。あやつは色々やっておった。そのうちの一つというわけじゃ」

「なるほど」

「これ以上は答えられんぞ。わしにも知ってることと知らないことがある」

「まぁそうか。ひょっとすると、第一のウィザードの研究記録が全部あるのかとも思ったけど。そういうわけじゃないんだね」

「まあの。研究記録なら別にあるんじゃないか」

「それが、意外と見つかってないらしいんだよね。なんせ、千五百年も前の文献だし、当時の魔術は一部の人間だけが使える秘されたものだからね」

「そんなものか。研究拠点もそこかしこに残されてるんじゃが、案外開けられてないのかもな。それとも、野盗に入られて何も残っていないか。寂しいの」

 僕の? ハックの胸が切なさで締め付けられる。時間は残酷だ。いくら自分に重りを付けたって、その場にとどまることはできない。たとえ自分が変わらないとしても。

 それでも、未だに歴代のウィザードたちの遺産を探すために、探検家や考古学者になる人はたくさんいる。きっと、第一のウィザードの遺跡はまだまだ残っているはずだ。場所の見当や、あるべき研究記録がないというのは、何度も議論されている。それこそ新しい遺物が発見されたという論文よりも、そういう穴を推測するような論文の方が多いくらいに。

 ハックについての話はそのくらいで、あとは、普段使っている魔術具の話だったり、オペラがデザートでほっぺを落っことしたり、コランが酔いつぶれて眠ったり。まぁ、なんやかんやで、平和な時間が過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る