05─ショタだの坊っちゃんだのと その1

 ラッパの音とともに大歓声が上がる。前から横から後ろから、野次が飛ばされる。まるで音の壁の中に入ってしまったみたいで、頭がガンガンする。

 馬車で揺られて二泊三日。僕たちは闘技場の客席にいた。真ん中ちょい後ろくらいの無難な席に。ちなみに、コランは出場者として戦士控室にいる。なので、ここには僕とオペラしかいない。オペラは僕の隣じゃなくて膝の上、小さく丸まって猫みたいだ。

 中央のリングでは、戦士一覧が掲示され、司会が今回の大会について説明中。観客席ではいたるところで、飲み物や闘技場グッズの販売人が巡回している。もちろん、賭博も行われていて、誰も司会の話なんて聞いちゃいない。この喧騒だと声なんて届かないよな。

「…ぁ! …たあっ…ね」

 左の席に人が来たみたいだったので、少し横にズレる。オペラが左上だか後ろだかを見ている。慣れない場所だからか、周りが気になるのかなと思っていると、僕の肩が叩かれた。

 周囲の喧騒が比喩でなくボリュームダウンする。

「おい! 無視するなよ。助けてやった仲じゃぁないか。たしか、キャニーとオペラ……だったかな」

 隣を見ると、二メートルほどの大きさで、不吉な仮面を付けたそれが、人形が座っていた。

「そっちじゃない。こっちこっち」

 僕と人形の間に、ちんまりとしていて、気品は高そうな少年がいた。声が少年と人形の両方から聞こえる。どっかで見たような気がするが、僕にこんな年齢の知り合いはいない。というか、友達が……。

「もう忘れたのか? まだ一週間とかだろう。ほら、森の中で会ったじゃないか」

「あぁ、あのときの……えーと、ディスコさんでしたっけ?」

「違う、ジャンゴだ。ジャンゴ・ニシキだ。多少は覚えていたみたいだな。お嬢ちゃん……オペラはあのとき意識がなかったんだったな。おや? 見たところ刻印が無いんだね。てっきり、この国の人で、声で魔術を発してるのかと思ったが。いや、興味深いな。それはそうと、君たちはこの大会に出場するのかい?」

 オペラが不安げな表情で僕を見上げる。人見知りかな。かわいいやつめ。頭を一撫でする。

「オペラ、この人は、オペラの魔術が暴走したときに、止めてくれた人だよ」

「そうなの?」

 暴走したこと自体覚えていないのか、首をかしげる。とはいえ、僕が嘘を言っていないのが分かったのか、ジャンゴの方に向き直り言った。

「ありがとうございます」

「いやいや、大丈夫さ。レディーを助けるのは紳士の嗜みだからね」

「みゃっ。レ、レディー……」

「大丈夫か? オペラ」

「だ、だいじょぶ」

 ふむ、オペラは俯いてしまう。そうか、レディーに憧れる年頃なのかな。昔クラスの女子が、恋愛小説片手に色々言っていたような。オペラも、白馬の王子様とか好きなのかな。一方で、あの頃の僕はもっぱら冒険譚に胸を踊らせていた気がする。そんな僕が、今や普通の地図にない集落を目指す旅をしているとか、人生分からないものだな。

「おーい、なんか、自分の世界に入ってるけど。オペラ、キャニーはいつもこうなのかい?」

「うーん。そうかも。キャニーは変」

「キャニーには色々聞きたいこともあるんだが。まぁ今はこの大会に集中するか。そろそろ一戦目が始まるぞ。キャニー、キャニー! 君の目当ては誰だい? 武術大会を見るのが趣味ってわけじゃないだろう。君はそんなやつじゃなさそうだ」

「うん? あ、ああ。連れが出場するんだよ。凶暴で良い年してツインテールのやつ」

「おっ、それなら、早速みたいだよ。ほら」

 ジャンゴと人形が中央を指差す。右側の入口から、コランがいつもの姿で入場する。大会に合わせて、装備を増やしたりなどは特にしていないらしい。

「彼女、どうやら前回大会ベスト8らしいよ」

「詳しいですね」

「そりゃそうさ。前回大会は僕も出場したからね。そのときは奇しくも、こいつが完成していなくてね。バッテリーが安定しないもんだから、途中で降参せざるをえなかったんだ」

 ジャンゴはポンポンと人形をはたく。

「少々無理やりだが、今年は調整が間に合った」

「間に合うって何にですか?」

「そりゃこの大会に決まってるじゃないか」

 脳裏で間抜けな効果音が鳴った気がする。

「出場者は全員控室ですよ」

「ふっふっふ」

「あのー、もしかして戦士登録間に合わなかったんですか?」

「いーや、間に合っている」

「それは、どういう」

「なぜなら、この大会は第一回戦の前後に限り、飛び入り参加が、認められているからな!」

 うーん、それって結局間に合ってないのでは……。前に会ったときも、迷子になっていたみたいだし、この人結構抜けてるのか?

「もうそろそろ終わりそうだね」

 見ると、コランがリング端に追い詰められている。姿勢が崩れているのが、この距離からでも見えた。対する相手、チェストプレートと籠手こてをはめた騎士のような男が、剣を構えている。この距離からでは判然としないが、あの鎧についた文様はまさか。

「兄貴?」

 まさか、まさか、そんな、まさか。騎士団に就職したっていうのに、こんなところで、こんな大会に出てるはずないじゃないか。いや、そうだ、この距離だし、まだあれがうちの家紋だと確定したわけじゃない。もし、本当に兄貴だったら……まずい。本当にまずい。

「どうした。顔色が悪いじゃないか」

「キャニー?」

「連れが心配ってわけじゃなさそうだね。対戦相手に何かあったかな」

「う、ん。ちょっとまずいかもしれない。相手の名前分かるか?」

「ああ、もちろん。相手はクラウス・バーナーズ。前回大会ベスト4だ」

 確定だ。これだけ客席に人がいれば、相手から気づかれることはないだろうが。もしバレたら──。世界が遠のく、現実感がなくなる。

 コランがリングの縁で膝をついた。

「コラン、大丈夫かな」

 オペラが心配するが、僕は兄貴がこちらに気づかないでくれと思うので精一杯だった。

「さてと、じゃあ、飛び入りするかな」

 隣で、人形と少年が立ち上がる。軽く肩を叩かれる。

「相手としては申し分ない。ま、そこでみていてくれ、この僕が勝つところをね」

 ジャンゴの魔術で抑えられていた喧騒が、僕の周りに流れ込む。その背中は、野次をもろともしない、この空間からどこか浮いていた。

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