04─盗みを楽しむのだって才能なんだぜ その2

 笛の音が弛緩した空気を切り裂く。

「後ろの方。盗賊ね」

「ああ」

 コンとコランがうなずく。

 中央で威張り散らしていた商人が、すぐさま立ち上がって馬車の中に入り込む。

 周りの護衛は盾を構えて、周囲を警戒する。

 コランが御札を取り出して魔術を発動するのと、荷台のほろに一本目の矢が当たるのは同時に見えた。

 ハック、任せた。

 任された。

 僕の腕が体が、ひとりでに動いて刀を抜く。体の感覚が遠のき、世界がスローモーションで動き出す。ハックの見えてる世界は、ちょっと速い。

 ハックが魔術のコードを紡ぐと同時に、その音の並びが即座に現象へと変換されていく。

 トン、トン、と数秒の間を空けて矢が降る。

 その矢の軌道を風か何かで逸らしながら、オペラを抱え、ひとまず馬車の荷の隙間へと押し込む。

「ここなら大丈夫だからな。じっとしてろよ」

 再び馬車の外に出ると、コンは慎重に矢をやり過ごしながら笛の鳴った方、後方の馬車へ、コランは森の方へ魔術を打ち返していた。ざっと見回した感じ、賊の姿は見えない。

 矢の密度からして、わしらの足止めがメインかの。休憩で人が一箇所に集まったタイミングで、手薄なところを襲撃、物資を奪う腹づもりか。反撃があっても動揺しとらんあたり、かなり手慣れておるな。さて、どうするか。

 どうにか全員追っ払えないかな。

 というものの、姿も見せんような慎重なやつらじゃし……。ふむ。

「小娘、少し時間を稼げ」

「分かった」

 矢を払う係を交代。ハックは足元にあった石を拾って詠唱に入る。

 数秒の詠唱の後、うっすらと森の中にいる何者かが見えるようになった。なんだろうこの、目には見えてないけど、相手の居場所が光っているような。

 前に二人、後ろに二人。四人か。後ろの方で戦ってるのも四人じゃろうか。

 息を深く吸って、二つ目の魔術が紡がれる。

 手に持っていた石を真上に高く投げ上げる。石が四つに割れて、森の中に潜む賊へと落ちる。

 矢が止んだ。

「ナイスショットじゃな」

「色々と聞きたいところだけど、先に生死の確認ね。行ってくるわ」

「ちょっと待って」

 すでに走りかけていたコランが、急ブレーキする。

「何よ」

「できれば、その、トドメはささないで」

「はぁ。何いってんのよ。その言葉はキャニーの方ね。ったく。ああ。できればね」

 そう言って、コランは森の中へ駆けていく。

 本当に、甘ちゃんじゃな。

 いいんだよ。人が死ぬのは気分が悪いだろ。

 こっちの命を狙った相手じゃろに。お主、死ぬぞ?

 ハックがいれば大丈夫だよ。ハックなら殺さずになんとかしてくれるだろ?

 はー。はーー。はーーー。

「無事か? 状況はどうなってる?」

 矢が止んだのを見てか、商人の護衛が二名こちらに寄ってくる。

「とりあえずは対処しました。あとは多分最後尾の馬車が」

「そうか」

「確認してきたわ。賊は四人とも意識不明、命に別状はなしね」

 ふむ。意外と頑丈じゃな。

 次も手加減頼んだぞハック。

「ほんとに大丈夫そうなので、後ろの加勢に行ってきます。コランはオペラをおねがい」

「えっ、いいのかい? 全員でここを離れるのもよくないし」

 護衛の人は僕の頭から爪先までを、瞬き一つの間に品定めする。

「分かった。お願いする。後で報告してボスにボーナスを付けてもらうよう言っておこう」

「ありがとうございます」

 そして、後方へ走る。

「それで、カッコつけたくせして、肝心の戦闘は、わし頼りなんじゃよな」

 いいじゃないか。頼むよ。僕の魔導書さん。後でなんか好きなものでも買うからさ。

 はぁ。まぁ、わしは、お主の魔導書じゃからな。



 五秒だか十秒だか、それくらいの時間走ると、後方の馬車が見えてくる。

 戦っているのは三人、馬車の入口のところで、睨み合っている。というか、コンと盗賊二人だ。

 ハックはそのまま足を止めずに、刀を逆に持って、左側の盗賊に振り下ろす。

 同時に詠唱。

 ギリギリで賊が後ろに避けるも、その直後に火炎が放たれる。

「あっつあぁ! あっち! あっつ! あっつ!」

 賊は転がりながら、後ろへ下がっていく。

 すぐには反撃が来ないだろうと、判断し、もう一人の方へ向く。

「おらぁっ」

 すぐ隣では、コンが短刀を賊に向けて突き出す。

 突然の乱入者に気を取られた賊は、一瞬遅れて回避。

「まだまだ」

 ハック、コンを止めてくれ。

 しょうがないやつじゃなっ。

 そう言いながら、コンと賊の間に割り込むと、刀の腹で盗賊を打ち据え、空いた手でコンの手首を弾いた。

「おいっ! なぜ邪魔をする!」

「それは……殺しはだめだからだよ。殺さなくたっていいだろ」

 コンは僕の肩を押しやり、賊が二人とも延びているのを見ると、短剣を鞘に収めた。

「はぁ、しゃーねーな。ふん縛るのが先か……」

 なぁハック、賊はこれで全員か?

 そう、じゃな。

 ハックが詠唱、先程と同じように、頭の中に点が浮かんでくる。周囲に倒れている人の数と、点の数は一致した。

 大丈夫そうじゃ。既に逃げているやつは分からんがの。

 そうか。

 じゃ、わしは少し眠るとするかの。

 警戒を終えた僕は、賊の捕縛の手伝いへ。

 こちら側の損害は死者0人、軽傷3人、護衛の馬3頭、あとは、荷車に射掛けられた矢のせいで、いくつかの商品に傷がついた程度だ。それに対して賊は、八人中二人が死亡、六人を捕獲だった。

 賊たちを一箇所に集めた後、商隊のオーナーが今後の方針を発表する。

「時間が惜しい。これ以上ここで足止めを食らっていては、次の野営地に到着しない恐れがある! 即刻賊共の息の根を止めて廃棄。終わりしだい出発する」

「ちょっと待ってください!」

 周りの視線が僕に集まる。商会の人たちは場違いなものを見る目を、コランは……なんだよその呆れた目は。で、コンは他の商人たちと同じような目をしている。オペラは、コランに隠れて見えない。

「なんだね」

「ええっと、殺しはよくないんじゃないかなぁーと、思うんですけど」

「だったら、そのままここに置いて行けと? やつらの仲間が助けに来たらどうする?」

「それでも……です。流石に、一度コテンパンに負けた相手を再び襲うってことは無いと思います」

「話にならんね。はぁ、さっさと殺れ」

 そう言って商人は、気だるげに賊を縛り付けている木の方へ指を向ける。

 僕は、剣を持った二人の護衛と賊たちの間に割り込んで両手を広げた。昔の自分なら絶対やらない。思ってもやらない。力を入れて、足が震えないようにする。

 一瞬だけオペラの方を見た。オペラは状況が分かっていないのか、困った顔をしていた。間違ってもこの子の前で、人が死ぬ姿を見せられないな。

「どきなさい。邪魔をするなら、あなたもろとも斬りますよ」

「こいつらだって、人間なんだ。今、無力化した状態で……何も殺さなくても」

「何をいって……」

 護衛が剣に手をかける。ああそういえば、ハックは眠ってるんだっけ? まずいな、どうやって、切り抜けるか……。

 一触即発の空気。

 そんな空気を払う一声が上がる。

「オーナー!」

 コンが姿勢を低くしながら、話す。

「なんだ」

「オーナー、オーナーの懸念はもっともです。罪人は処罰すべきなのです。しかし、一方で、彼みたいな旅慣れていない人が殺人に忌避感を覚えるのも事実。皆、あなた様のように英断できるわけではないのです。なればこそ、今回くらいは、あなた様の懐の大きさを示すためにも、彼の意見を汲んでもらえないでしょうか。商隊内の不和を避けるために……。それに、彼は今回、盗賊を五人も倒しました。こちらの被害が最小限に済んだのは彼のおかげなのです」

 言い終えると、彼は僕の方を向いて、ハンドジェスチャーを繰り出す。

 僕は刀から手を離して、足を揃え、頭を下げる。

 何を言っていいのか分からない。

 オーナーが折れるまで、長い長い沈黙が続いた。

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