04─盗みを楽しむのだって才能なんだぜ その1
程よい日差しに包まれながら、僕たちは商隊の馬車とともに移動をしていた。普通に徒歩で移動するよりも、商隊と一緒に移動したほうが安全だし楽に遠くにいけるとのことで、コランが色々と手配してくれた。
馬車は森の中の開けた道を走る。すぐ横に積荷があって狭いものの、荷物を持たなくて良いのは非常に楽だ。あとは、この揺れさえどうにかなれば言うことはない。馬車に乗りなれていないからか、地味にきつい。気持ち悪い。吐きそう。
「そこの兄ちゃん。そんななりして馬車は初めてかい?」
僕たちの向かいに座る軽薄そうな男、コンが話しかけてきた。
「初めてではないんですが。前に乗ったのが随分昔のことで」
最後に乗ったのは、母親の葬式のときだっただろうか。
「キャニー大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、吐くほどじゃないから」
「ったく、馬車の上で吐くんじゃないぞ。しっかし、男一人に女子供一人で、へばってるのが男ってどうよ。情けねぇ」
「いいんですよ。僕は。大体、酔うのは性別関係ない」
「とは言うがねぇ。もしものときに、そんなんじゃ、守れるものも守れねぇぞ」
「僕が駄目なときは、代わりがいますから」
「そっちの、ねぇちゃんか?」
コランがきつい目でコンを見る。この無愛想ツインテールは、馬車に乗ってからずっと、荷台の外の方を向いているのだった。コランは一瞬男の方を見て、また顔を外へ向けてから聞いた。
「この道って出るの?」
「出るさ。乗せてもらうとき聞かなかったか?」
「そうね。ここまで護衛が多いとは思わなかったけど」
僕たちが乗せてもらっている商隊は、積荷の馬車が四台、それ以外に護衛の馬に乗っている人が十人、要するに、各馬車につき二人以上の護衛が付いている。この道沿いはある盗賊のテリトリーらしく、なにかしらの荒事は避けられないということだ。
「まぁ、いるのは間違いないからな。それも結構な人数だって話だ。正直足りねぇくらいじゃねぇか」
馬車の揺れが止まる。
「三十分休憩だ。護衛は交代しろ」
御者台の方から声がして、人が駆け回る音。
「もうそんな時間か。ちょっくら行ってくるわ」
コンがさっさと馬車を降りて、護衛の人や商人の集まっている方へ走っていく。
「私たちも降りるわよ」
半ば四足歩行気味に、流れ落ちるように外に出る。束の間の揺れからの開放を喜ぶべく、外に出て大きく深呼吸する。いやー、地面が揺れていないって素晴らしい。
「そんなに辛いなら歩けばいいのに」
「僕だけ歩けって?」
「ええ、そうよ。ちょっとは、たくましくなるんじゃない」
「うっ」
「まったく。オペラはこんな情けないやつでいいの?」
「ん? んー。分かんない。キャニーはキャニーだよ」
「なんだか。慰めになってるのかなってないんだか」
大丈夫じゃよ。いざというときは儂が鍛えてやる。なんなら今晩からやるか?
ハックの声が頭の中に響く。今晩はいいかな~。馬車に揺られるので精一杯だから、夜はぐっすり休みたいんだよな。いざとなったらハックがいるし。
物理的に存在しないはず瞳から、冷たい視線を感じる。
「そういえば、僕たちはあっちに行かなくていいの?」
四台並んだ馬車の中央付近、人が集まっている方を指差す。ほとんど全員が立っている中で、商隊のオーナーが一人だけ、上等な椅子に座ってくつろいでいる。そのオーナーの横で、コンが飲み物をついだり肩を揉んでいる。
「何やってるの、あの男」
コランがしょうもないものを見る目で吐き捨てる。
あっ、コンが商人からチップをもらって、ヘコヘコしている。
こちらと目が合ったからか、チップをもらったからか、コンが揉み手をやめてこちらに向かってくる。
「おいおい、何見てんだよ」
「ああいやそのー」
「ふん。あんたにプライドってものはないの?」
「プライドォ? なんだってそりゃあ。それで金が稼げんのか?」
「そんなみみっちいことして金稼いでみじめだと思わないのかって言ってんの」
「喧嘩なら止めとくぜ。トラブルが起きると給料が減るからな」
「腰抜け」
「プライドでも食って生きるんだな」
コランがバチバチに飛ばした火花を、コンはなんでもないように受け流したり煽り返したりする。オペラの教育を考えて、オペラの耳と目を塞ぐ。
「キャニー何?」
「だーれだ」
「ええ! そんなんじゃバレバレだよ」
「ほんとにキャニーだと思う?」
「えぇ」
すまないなオペラ、これも君に悪い大人のレスバを見せないためなんだよ。
「何やってんだよ」「何やってんのよ」
あっおー。なんだか視線が強いな。
「これは……オペラに汚いものを見せないようにと」
「へー」
「ほーん」
「揉め事を起こすのはマズイが……」
「一方的にやるのは揉め事じゃないわよね」
僕の第六感がとっさに回避行動を取らせる。これは、殺気だ。オペラから手を放し、二人と距離をとる。ハック、頼む代わってくれ。
僕の中のハックは答えない。
「さて、傷が残らない拷問って知ってる?」
コランの魔の手が迫る。
次の瞬間。最後尾の馬車の方から、甲高い笛の音と、命からがらひねり出したような野太い悲鳴が僕らに届いた。
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