03─神はいるのよ その3

 親切で道案内してくれた彼女と、嫌な別れ方をしてから、およそ一時間後。結局、最後の店は自力で見つけ、こうして無事宿まで戻ってくることができた。

 お礼を言いそびれたものの、気まずいからもう会いたくないな。

 宿は女子部屋と僕の部屋とで、二部屋とってある。オペラとコランが同じ部屋なあたり、徐々に僕の役割がコランに取られて、旅の途中で捨てられるんじゃないかと不安になってくる。

 特に宿の前やエントランスで、コランが待っているということもなく、僕はコランの部屋の前まで来て、扉をノックする。なんだか軽い音のする扉だった。

「遅い!」

「こんだけの量の買い物押し付けておいてよく言うよ」

「ちょっと待ってて」

 やれやれ。わがままなお嬢さんだこと。

 声と同時に扉が開きコランだけが出てくる。扉の隙間から、一瞬だけオペラが見えた。「オペラちゃんの新衣装お披露目にようこそ」

「新衣装?」

「そうよ、普段着からちょっとした狩りのための装備まで、色々買ったんだから。ほんと、どっかの誰かさんは、気が利かないわね。女の子をボロ布一枚で歩かせるなんて」

「ぐっ。しょうがないだろ。そんな余裕なかったんだ。ずっと移動続きだったんだよ」

「それにしたって、もうちょっとキレイにしないと、目立つし、なにより、オペラちゃんが可哀想よ」

「あーそれは……」

「とにかく、今からお披露目だから。今から気の利いた感想を用意しておくことね。見違えるわよ」

 コランが、さも自分の手柄を自慢するみたいに言い放ったのもつかの間、彼女の声のトーンが一段階落ちる。

「あの子の耳、特徴的よね。冒険者としていくつか国を見て回ったけど、ああいう人種に会ったことはない。聞いた感じ、家族ぐるみで奴隷になったわけでも、売り飛ばされたわけでもない。人さらいにあった可能性が高いわね。にも関わらず、人探しの依頼が出ていない。この国では奴隷が認められていないことを考えると、外国から連れ込まれた可能性がある。なんか妙なのよね」

「何が言いたい?」

「ワケアリってこと」

「そんなのは当たり前だろ」

「そうじゃないわ。ただ、あなたはあの子をどうしたいのってだけ」

「決まってる。故郷まで送り返すんだ。その故郷の当たりもついている。だから、僕が……」

「旅慣れてない。首輪のことも気づけなかった。あなたが、ね」

「それは」

「おっと、暗い話はそこまでよ。準備できたみたい。ちゃんと感想言うのよ」

 キーっと蝶番の擦れる音をたてながら、ゆっくりと扉が開く。

「えっと。キャニー。どうかな」

 手を後ろに組んで、上目遣いでこちらを見上げるオペラ。髪は軽く整えられて、ハネている毛はなく、ボロボロだった服は造りの良さそうな革製のベストなど、しっかりしたものに変わっている。まとっている雰囲気が別人みたいだった。

「ほらほら! とりあえず部屋に入る。廊下だと邪魔になるでしょ」

 背中を叩かれて部屋の中へ。

「はいっ、キャニー感想をどうぞ」

「いいんじゃないかな」

「もっと他に言い方あるんじゃない?」

「似合ってる」

「もう一声」

「他にか?」

 ドスッっと、肘打ちされる。

「女の子がオシャレしてるんだから、言わなきゃいけないことあるでしょ」

 圧のあるヒソヒソ声だった。

「あーと。かわいいよ」

「──///」

 健康的なのに色白の頬が、うっすら赤みを帯びる。

「で、でしょ」

 何を照れているのかオペラの視線が下を向く。

「オペラちゃんハイタッチ!」

「はいたーち」

「いえい。と、さて、じゃあどこが可愛いか、キャニーに一つずつ言ってもらおうかしら」

「なに?」

「可愛いんでしょ? なんで可愛いとおもったか。ちょっぴり説明してほしいなー。オペラもそう思うでしょ」

「うん」

 そんな無茶な。人の見た目を褒める経験なんてないんだけど。くっ、どうすればいいんだ。

 頭の中の使ったことのない回路をぶん回しながら、オペラの格好を上から順に見ていく。

「えーと、まずは、そのヘアピンが似合ってる。髪もきれいになってる」

「そう。このヘアピンかわいい。赤いお花の」

「オペラちゃん、あんまりアクセサリーつけたことなかったみたいでね。好きなの選んで良いよって言ったら、めちゃくちゃ悩んでたのよ」

「私この花好き」

「それで、他には」

 うーん。ほかぁ。他かぁ。他はだって、実用を考えた革のベストや籠手とかだし、その下に着てるのも特には……。ってあれ、ベストに何かマークが付いている。なんだこの、太ったイモムシは。きもっ。

「な、なぁ。そのマークって」

「そうこれ。今流行りのブランドなのよ。実用性をもたせつつ、ワンポイントに可愛い入れてさりげなくアピールできる。アウトドア系女子の味方」

「イモムシ可愛い」

「ええー」

「何か文句でもあるの?」

「コラン、イモムシ可愛いよね」

「ね、このでっぷりしてて、何も考えてなさそうな顔がなんともいえないわ」

「さ、さいですか」

 なるほど。なるほど。これは確かにかわいいのじゃ。

 ハックまで、そっち側なのか。どうやら、僕に女心は分からなさそうだな。うん。僕は考えるのをやめた。

「はい。というわけで、第一回オペラちゃん新衣装お披露目はおしまいです」

「えーもう」

「こういうのは、一回でいっぱいやるんじゃなくて、定期的にやるほうがいいのよ」

「そっか」

 上機嫌なオペラ。まぁでも元気になってよかった。首輪も外れたしな。

 オペラと目線が合うようにしゃがみ、頭を撫でる。薄い金髪の髪がサラサラと揺れる。

「んー?」

 首周りにあの黒い首輪はない。幸い、首輪の跡のようなものない。

 オペラが撫でられて嬉しそうにしているので、調子に乗って顎を撫でたり、首周りを撫でたりする。本当に良かった。

「おい。ベタベタ触りすぎ。気持ち悪い」

 隣りにいる粗暴ツインテールがなんか言ってるが気にしない。うちのお姫様は何一つ嫌な顔なんてしていないからな。よしよしよし。

「みゃっ」

 あのまま首輪がついたままで、敵に位置が追跡されていたらと思うと……。その恐怖心を誤魔化すように、オペラを触りまくる。

「ね、ねぇキャニー、さすがに長いよ」

 よしよしよし。

「あっだめ。そこ痛い。優しくもだめ。みゃー」

 ん? あれ? おやおやおや?

 すっかり首輪がなくなった嬉しさで違和感を覚えなかったが、オペラの首はきれいすぎるな。

「オペラ、後ろ向いて」

「えっ、何? はい」

 オペラの後ろ髪を上げて、後ろの首筋も確認する。うん、何も書いてない。

 手で首の周りをぐるぐると、まさぐる。なんか変な位置に喉仏があるな。なんだこれ。

「だから、そこさわらないで!」

「なぁオペラ。コンパイラの刻印はどこにあるんだ?」

「へ?」

「あぁ、その。魔術を使うのに必要な刻印だよ。覚えてないかもしれないけど、オペラは前に魔術を使ってるんだ。声で発動するから、たいてい首筋に刻印が出るんだけど」

 かくいう僕も首の後ろあたりに刻印がある。この国の人で魔術教育を受けるような人は、全員埋め込んでるんじゃないかな。人が作り上げた魔術体系を、実行可能に変換してくれる魔術的大発明。それこそ、第一のウィザードが生み出した、万人が魔術を使えるようになる技術。

「別に今どき、刻印を埋め込む必要はないんじゃない。私のとこだと宝珠としてアクセサリー形式で持つのが普通だし」

 コランが言う。

「この国だと伝統もあって直接埋め込むのが主流なんだよ。それに、前にオペラは声で魔術を発動している」

 そう確か。最初に犬みたいなやつと戦ったときに。今にして思うと、あれは何だったのだろう。

「それなら変ね。もしかしたらその辺りが、オペラちゃんの攫われた理由なのかしら」

「えー、でも、魔術なら。お母さんも村のおじさんも、みんな使ってたよ」

 じゃあ村ぐるみで伝承されている、テクノロジーがあるのか。

「興味深いわね。確かに、未開の村で違った魔術体系が発展している可能性はありうる。そういう研究もないではない……ただ、実例を目にするのは初めてね」

「まぁ細かいことは気にしないでおこう。村に行けば分かるんだから」

「それもそうだけど、これはかなりの発見よ」

「いいよ。そんな小難しいことは。僕はとりあえず、オペラを無事に送り届けられればそれで。オペラも難しい話嫌だよな?」

「え、うん。お勉強は嫌い」

「はー。まったく、向上心が無いわね」

 むしろ、こんだけ暴力的なコランに学があるのが意外というか、しっくりこないんだよな。知能と脳筋度はトレードオフじゃないということか。

「なんか言った?」

「いいえ何にも」

「はぁ、馬鹿言ってないで、明日の準備をするわよ。昼までには出発しないと」

 そう言って、僕が買ってきた物資を確認していくコラン。僕もいっしょに物資を確認したり、次の行き先や、移動手段の確認をする。その間、オペラが暇そうにベッドに座って足をぶらぶらさせていたので、ハックを召喚しておく。ハックはコランには見えないんだよな。でも、オペラには見える。これも説明しないといけないか。

 作業を始めてみると、存外やることがたくさん残っている。そんな色々に追われながら、今日という日が終わっていくのだった。

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